小説 1−10 VR白迷宮・後編 「三橋、三橋?」 名前を呼んでも、返事がねぇ。 ダッと路地を駆け抜けて、白い迷路ん中を手当たり次第に覗き込む。 たかがVRゲームの迷路だ、脱出できるかどうかとか、そんなのどうでもよかった。何をムキになってたんだろう? 何が何でもクリアしようとか熱くなってて、今更ながらに恥ずかしい。 せっかくのVRゲーム、せっかくの共通体験だ。もっとのんびり、和気あいあい、迷路攻略を楽しめばよかった。 「三橋! さっきはごめん!」 大声を出して、どっかにいるだろう三橋に謝罪する。 隠れてんのか? それとも、同じくオレを探してるだろうか? 「もう怒ってねーから、出て来いよ」 呼びかけて探し回りながら、前にも似たようなことあったな、と思い出した。 あれはいつだっけ? どことの試合の時だった? 「三橋!」 野球以外では、気が合わねーだろうなってずっと思ってた。 一緒にいるとイライラするし、ぼけーっとした言動が気に障った。投手なんて変なヤツばっかだし。友達になりてぇとも思ってなかった。 意見が合わねぇんだって仕方ねぇ。オレの方こそ、三橋に合せる気なんて最初からなかったよな。 野球では、そういうのやめようって思ってたのに。反省して、はあーっ、とため息をつく。 「ウメボシしねーから、顔見せてくれ」 その声は、我ながらちょっと弱々しく聞こえた。 胸をじわっと痛くしながら、白い壁の通路をきょろきょろと見る。 どこまでも続く白い迷路、その白壁の切れ目のどこかから、おずおずと顔を覗かせる三橋を期待する。 けど、どんだけ待っても、三橋は顔を見せなかった。 ……まさか、手ぇ放したから? ぞっとして心臓がぎゅうっと引き絞られた時――。 『タイムアップです。オフラインまで3秒』 頭ん中に、そんなアナウンスが響いて、ギョッとした。 「待ってくれ」 頼んでも、通用するハズもねぇ。 『3、2、1、終了』 無慈悲なカウントダウンと共に、視界にざざっとノイズが入り、ぞくぞくするみてーな浮遊感に襲われる。 シートに座ってる感覚、背もたれや座面の感触がふいに強くなり、左手に三橋の手の感覚が戻って来た。 そうか、ゲームか。ゲームだよな。 繋いだ手に力を込め、起き上がって片手でヘルメット式端末を外す。 「三橋!」 三橋は行方不明じゃねぇ。ここにいる。オレはホッとして、脱力しながら呼びかけた。 けど――。 「……三橋?」 呼びかけても、手を引いても、三橋は起きて来なかった。 「おい、起きろ、三橋!」 オレの声に気付いて、すぐにスタッフも駆け寄ってくる。 「どうされました?」 「連れが起きねーんだ。三橋、三橋!」 不安に声がデカくなる。 慌てた様子でヘルメット式端末を調べ始めるスタッフに、ますますこっちの不安が募る。 「オレが手ぇ放したからっスか!? まさか、このまま起きねぇなんてこと……!?」 思わず大声で詰問すると、「落ち着いてください」ってスタッフに言われた。 「大丈夫ですから、お待ちください。危険はありません」 肩を優しく叩かれ、静かな口調でたしなめられたけど、落ち着けって言われたって落ち着けるモンじゃねーし、周りを気にしながら「大丈夫です」って言われたって、信用できなかった。 だって現実問題、三橋は目ェ覚ましてねーじゃねーか。 「くそっ、三橋!」 強く罵って、一旦外した端末を、無理矢理もっかい装着する。 「あっ、ちょっと……」 スタッフの静止も聞かず、リクライニングシートにもたれると、さっきと同じアナウンスが脳に直接響いてきた。 『10秒前。10、9、8……』 唐突なカウントダウンが始まり、ぐっと左手に力を込める。 ムカつくし、気ィ合わねーし、何考えてんのか分かんねぇヤツだけど、そんでも二度と目ェ覚めねぇかもなんて、絶対に考えたくなかった。 迎えに行かなきゃって思った。 取り残されたままにしたくねぇ。 リアルに繋いだ手を放さなけりゃ、きっと向こうでまた会えるって期待する。 『3、2、1。出発です』 そんなアナウンスと共に、再び襲い来る浮遊感。 カラフルな砂嵐とノイズの後には、元のあの白い小部屋があって――。 「うお、阿部、君」 三橋がビックリしたみてーな顔で目の前に立ってて、気が遠くなるくらいホッとした。 「よ、よかった。会えた」 三橋の方もホッとしたみてーだ。にへっと笑われ、そっと手ぇ繋がれて、腹の奥がほんわかする。 なんでさっき呼んだのに返事しなかったのか。どこにいたのか。どんだけ心配したか、分かってんのか? 小1時間くらい問い詰めて泣かしてやりてぇって、嗜虐心が黒く湧く。 けど、今すぐウメボシしてぇ訳じゃねーし、二度と離ればなれになんのは御免だから、説教も尋問も、今は抑えることにした。 代わりに目の前の体を片腕で抱き締め、少し低い肩に頭を預ける。 「ご……ごめん、ね?」 ひそりと囁かれ、「いや」って言いながら苦笑した。謝ることねーのに、つい謝っちまうのはコイツの悪ィ癖だ。 けど、そんな欠点さえなんか愛おしくて、腹も胸も温かい。 両腕でしっかり抱き締めてぇ。柔らかな頭を撫でまわしてぇ。ヴァーチャルなこっちの世界じゃなくて、現実で。 何つーか、居ても立ってもいらんねぇくらいドキドキすんだけど、なんでかな? 「……じゃあ、迷路の攻略するか?」 オレの言葉に、三橋はこくりとうなずいて、自信たっぷりに「花!」と言った。 また花か、とは思ったけど、口には出さなかった。 「お、オレ、分かったんだ。花」 「何?」 素直に訊くと、たどたどしく目印を教えてくれる。 「色はねっ、関係なく、て。分かれ道で、3輪が正解、1輪が間違い、のしるし、だよっ」 「マジか?」 不思議と、反発も疑問も浮かばなかった。三橋の勘違いでも間違いでも、何でもいい。手を繋いだまま、足元を見ながら歩き出す。 もう真剣に、俯瞰図の地図を作る気にはなんなかった。 頭ん中にマッピングしてねーから、迷ったら最悪だろうけど……別に、ただのゲームだし、どうでもいい。 今は2人を楽しもうと思った。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |