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小説 1−10
三猿の悩み (三猿の母の続編・三橋母視点)
 野球部のお母さん方とランチを食べに行ったときのことだ。
「ねぇ、息子、エロ本持ってたりする?」
 誰かのお母さんが、唐突に言った。
「えー、分かんない」
「部屋を探せばあるんじゃない?」
「ああいうのは家で読まないんじゃないの?」
 みんなが口々に言って、「やだぁ」と笑う。日頃はためらうような疑問や相談も、この面々の前では口にできた。
 やっぱりみんな、息子のシモ事情は気になるらしい。
「三橋さんのとこは?」
 話を向けられて、「さあー」と濁しつつ首をかしげる。今のところ廉の部屋で、その手の雑誌を見たことはない。
 子供の部屋を家探しするような趣味はないから、うまく隠してるのかなーとも思うけれど、もしかして必要ないのかなぁと思えて、胸の奥がどよんとした。

 あの子、大丈夫なのかしら?
 息子の廉と、野球部のチームメイトで相棒の阿部君とが、お風呂で何やらやってるのを聴いてしまってから、1週間。
『ほら、イケ!』
『阿部君っ、あああん!』
 そんな2人のやり取りが、まだ耳に残ってて居たたまれない。
 家の中で鉢合わせするのも気まずくて、阿部君がうちを出てくまで車で待ってようとしたら、なんと2時間も待たされた。
 2時間の間に一体何をやってたのか……気になるけど、訊けない。
 きっと勉強の続きだろうとは思うけど、お風呂のアレの後、さっと気分を入れ替えることなんてできるもの?
 いや、でも、男性と女性の脳の機能は違うっていうし、「一発出してスッキリして、勉強に集中」なんてこともあるのかも?

「ねぇ〜、みんなのとこは、精通っていつだった?」
 思い切って話題に乗せると、お母さん方が「きゃあ」と笑う。
「うちは早かったわ。必死で取り繕って、こっそりパンツ洗ってるの見ちゃった」
 誰かの暴露に、「やだぁ」とか「可愛い」とか言って、笑い合う。
「今の子は早熟よね」
「情報だけなら、簡単に手に入るからねぇ」
「昔みたいにウブな子なんて、いないんじゃないかしら」
 そんな感想を聞いて、そうなのか、と思った。この間女子学生から聞いた話と真逆にも思えるけど、実際のところはどうなんだろう?
 知識だけは立派だけど、それを実践に移すまでのバイタリティがない。心と体の成長が、アンバランスだったりするんだろうか?

 ぼうっと聞いてると、「三橋さんのとこは?」と訊かれた。
「うちは分かんないのよ〜。中学の時、一緒に住んでなかったからさ……」
 私の話に、その場のみんなが「ああー」とうなずく。どうやら廉の事情は野球部のみんなに周知されてるみたいだった。
「男子校だっけ? 男子校なら女子の目もないから、そういう話題に詳しそうねぇ」
「ええー、うちの子純情なのよぉ?」
 正確には「純情だった」って過去形になりそうだけど、そこまではちょっと口にできない。
 阿部さんの方をちらりと見る。
 息子たちのこと知ってるのかどうなのか、気になるけどやっぱり訊けない。
 現実もちょっと、まだ直視できそうになかった。

「阿部君はしっかりしてそうね……」
 いろいろ思い出しながら、ぼそりと呟く。
 野球でも、プライベートでも、廉をぐいぐい引っ張ってってそうな阿部君。仲がいいのに越したことはないけど、この先彼らはどこに向かうんだろう?
「うちのもまだまだ子供よー」
 コーヒーを飲みながら、阿部さんが言った。
「阿部君はエロ本、どうなの?」
 そう訊いたのは、誰だっただろう?
「うちはねぇ……多分、証拠の残る雑誌より、跡形もなく履歴を消せるWeb映像の方を、見てると思うのよ。あの子」
「ああー、イマドキはそうかもねー」
「ケータイで動画も見られるもんねぇ」

 お母さん方の話を、時々照れながらふむふむと聴く。
 洋モノとか和モノとか熟女モノとか、様々なジャンルがネット上には氾濫してて、より取り見取りできるって。
「そういえばうちの子、この間幼女アニメ見てたわ」
「やだぁ、ロリコン?」
「あら、でも、10歳くらいの年齢差なら普通よぉ」
 誰かの無責任な慰めに「ええー」と笑いながら、男の子同士ってどうなのかしら、と心の中で呼びかける。
「どんなタイプが好きそう?」
 他愛ない質問に、答えられない。
「うちの子、即物的だから。その時手に入る何かでいいんじゃないかしら」
 阿部さんの言葉に、ドキッとした。

 即物的!? その時手に入る何か!?
 あの子たちのこと、知ってる? それとも知らないで言ってる?
 即物的な子が欲情した時、普通にあんな感じにぐいぐい押してくるものなのだろうか?
 お宅のお子さん、うちで息子と一緒にお風呂に入ってましたけど……なんて、さすがにちょっとみんなの前では言いにくい。
「あら、妄想しないの?」
「うちの子は妄想バリバリよ、きっと」
 きゃきゃきゃ、と笑うみんなに合わせ、口の端に笑みを浮かべる。胸の奥がぐるぐるで、どんな顔すればいいか分からない。

「うちは、いつどこで自慰してるのか全く分かんないのよねぇ」
「自分の部屋でじゃないのぉ?」
「お風呂場の可能性もあるわよ」
 そう言ったのは、誰だっただろう? お風呂場、と聞かされて、再び心臓がドキーンとした。
 そうなの、お風呂場なのよ!
 お風呂場で、うちの廉と阿部君は……!
 言いたい、打ち明けたい、心の中のモヤモヤを、早く踏み潰してしまいたい。誰にも相談できない辛さを、阿部さんに半分渡したい。
 廉は阿部君にとって何? その時手に入る何かなの?
 本気なのか、遊びなのか、少年時代特有の「うっかり境界線を越えちゃった」系なのか、ひとりで考えてても分からない。どっちがいいのかも分からない。
 けど、まさか妙な現場に居合わせちゃったなんて、とても正直には言えなくて――。

 廉と阿部君とが、またお風呂場で何やらやってそうなところに遭遇し、大いに悩むことになるのは、その数週間後のことだった。

   (終)

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