小説 1−10
紅茶の行方・前編 (大学生・同棲・モブ→アベ)
「阿部センパーイ」
語尾にハートマークでもつきそうな弾んだ声がした途端、向かいでメシ食ってた三橋が、うろたえてうつむいた。
声の主は三橋の態度に気付くことなく、混んだ学食の中、こっちにドタバタ駆けて来る。
大学の野球部の、1年生マネジの1人だ。
デカい胸が薄手のシャツ越しにどいんどいん揺れてて、男子学生の視線をひっきりなしに集めてる。
高校ん時の野球部の女監督くらいデカい。マスクメロンより確実にデカい。
けど、そういやモモカンの胸は、あんなふうに無遠慮に揺れてなかったよな。そう考えると、わざと狙って揺らしてんのかも知んねぇ。
オレの恋人は三橋だし、オンナの胸なんかに興味はねーからどうでもいいけど、三橋がうろたえんのも分かるような気がした。
「阿部センパーイ、探したんですよぉ?」
どいんどいんと胸を揺らして駆け寄って来たマネジは、わざとらしくむくれた顔して、上目遣いにオレを見た。
「何か用?」
メシ食いながら短く訊くと、「これ」つって小さなビニール袋に入った茶っ葉みてーなのを差し出される。
「何?」
「どうぞ」
ぐいっと差し出されたけど、質問の答えになってねぇ。だから、それは何なんだっつの。つーか、メシ食ってる最中だろ。
「だから、それ何?」
もっかい訊くと、紅茶だって言われた。
「私のスペシャルブレンドです」
って。意味ワカンネー。つーか、いらねぇ。
「私ね、今ぁ、紅茶専門店でバイトしててぇ……」
そんなどうでもいいことをさんざん喋り、1年生マネジはオレらのメシが終わるまでずっと、学食のテーブルに居座った。
紅茶の入った袋をしっかりオレに押し付けて、一体何がしたかったんだろう? うるせーし邪魔だし、何度怒鳴りつけてやろうかと思ったか。
「元気な子、だね……」
眉を下げ、マネジの背中をじーっと見送ってた三橋に、イラッとする。
「ティーパックじゃねぇ紅茶なんか、どうやって飲むんだっつの」
ぽいっと紅茶の包みを三橋に投げると、三橋は難なくそれをキャッチして、それから「さあ……」と首をかしげた。
その次の日も、さらに次の日も、あの騒がしい1年マネジはオレに紅茶を持って来た。
正直、飲む予定もねぇ紅茶の茶葉なんて、押し付けられる分迷惑だったけど、さすがにオレも、後輩の女に面と向かって迷惑だとか、言わねぇだけの分別はあった。
「セイロンティー多めです」とか「アールグレイメインです」とか、紅茶を差し出すたびにアピールされたけど、ちっとも頭に入らねぇ。
飲めりゃどれも一緒だろ。
何個も溜まってく紅茶の包みもウゼェけど、マネジが顔を見せるたび、うろたえる三橋もウゼェ。
そりゃ、男としてあんだけの爆乳に目ェ奪われんのは仕方ねーけど、お前の恋人はオレだろっつの。
「あのさ、もう紅茶いらねーから」
後輩マネジにそう言ったのは、茶葉の包みが5個を越えた頃だった。
「貰ったって飲まねーし、もったいねーだろ」
するとマネジは「えー」と不服そうに唇を突き出して、それからパァッと笑顔になった。
「そうだ、だったら私、紅茶のお菓子作ってあげますよ」
にっこにこしながら言われたけど、それもいらねーっつの。よく知らねーヤツの手作りなんか食いたくねーし、甘いモンだってそんな言う程好きじゃねぇ。
「材料買って来ますから、センパイんちで作ってもいいですか?」
「はあ!?」
ぐいぐいと来られて、今更だけどぞっとする。
紅茶アピールばっかしてると思ってたけど、もしかしてオレにアピールしてたんだろうか? 分かりにくい……っつーか、いや、そもそも「好きです」も何も言われてねぇ。
告白もされてねー内から断んのも変な話だし、どうすりゃいいのか分かんねぇ。
側にいる三橋の顔を、ちらっと見る。
あからさまにうろたえてる上、顔の表情に覇気がねぇ。
「……独り暮らしじゃねーから、家には上げらんねーよ」
ズバッと言ったけど、マネジはちっとも気にしてねぇようで、また不服そうに「えー」とぼやいた。
「知ってますよぉ、三橋センパイとルームシェアしてるんですよね。でも三橋センパイ、紅茶も淹れられないんでしょぉ?」
その言い方に、カチンと来た。
本人がいる前で、その言い方はどうなんだっつの。
紅茶が淹れらんなかったとして、何か困ることがあんの? オレをバカにしようがどうでもいいけど、三橋を侮辱されんのは我慢できねぇ。
「私だったらぁ、紅茶も淹れられて、紅茶クッキーや紅茶ロールケーキも焼けるし、お買い得ですよぉ」
マネジの自分勝手な発言に、どんどんとイライラが募る。
無防備で、あからさまに男を誘って、どいんどいん揺れるように作られた服がムカつく。
「好きだ」とも「恋人にしてくれ」ともハッキリ言わず、自己アピールを繰り返すのは、断りにくいようにするためだろうか?
まるで、「買ってください」とは決して言わず、くそ高ぇ商品をアピールして興味をそそる、セールストークみてーだ。
「オレ、付き合ってるヤツいるから」
強引に話を切り、1年生マネジをじっと見る。今度は「えー」とは言われなかったけど、簡単に諦めなさそうだなって、その顔を見れば想像ついた。
(続く)
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