小説 1−10
隣国の女王と結婚したら相手は男でタチだった・5 (完結)
結婚祝賀舞踏会とはいうものの、実際は王族貴族たちとの挨拶顔見世パーティだった。
王城に着いた後、しばらく休憩を挟んで夜会服に着替え、きらびやかな大広間で挨拶を受ける。
「○○公△△と申します。こちらは妻の××です……」
「このたびはおめでとうございます……」
定型文での型通りの挨拶と祝辞ばっかだけど、ぼうっとした頭では、名前も顔も覚えられる気がしない。
ミホシの王族らしい、堂々とした態度で遂行したかったけど、結婚式のあれこれとパレードとで、オレの気力はもうゼロだ。
「ありがとう……」
短い言葉と共に、顔に笑みを張りつかせて、立ってるしかできなかった。
一方のタ=カヤ女王は、まだまだ気力十分みたいで、元気に言葉を交わしてた。
オレの左ひじを掴んだ手が、ふらつく上体を力強く支える。
女王が右に動けば右、左に動けば左、と、ぶんぶん振り回されるみたいに移動しながら、挨拶ラッシュは過ぎてった。
オレの祖父の隣国の国王とも、女王は堂々と挨拶してた。
「レン様は本当に素晴らしいお方ですわ。私たち、きっと幸せになりますわ」
金色の扇を口元に当て、金糸銀糸で豪華に刺繍された華やかな黄色いドレスをまとった女王が、低い声で「ほほほ」と笑う。
「レン……」
心配するように声を掛けられ、大丈夫だよって思いを込めて、にへっと笑う。
ホントは全然大丈夫じゃなかったけど、国同士の結婚なんだから、ここで「帰りたい」なんて弱音は吐けない。
「お、オレは、もう、幸せ、です。こ……こんな、素っ、敵な方と、結婚、できました、から……」
タ=カヤ女王にちらりと目を向け、白々しい言葉を口にすると、女王が嬉しそうに笑い声をあげた。
「まあ、いやですわ。レン様ったら!」
ぎゅうっとヒジに抱き着かれ、その力強さにひぃぃってなった。女王が「ほほほ」って笑い声を上げるたび、生命力が削られる。
……帰りたい。
か、帰るのは無理、だから、もう寝たい。
1曲踊ったら、もう下がっていいんだよ、ね?
けど、この大広間から下がったら、次、どこに連れて行かれるかちょっと怖くて、言い出せなかった。
それに、オレ1人で下がっていいのかどうか、それも分かんなかった。
こういう舞踏会っていうのは、未婚の貴族のお見合いパーティも兼ねてるから、無礼講にするためにも、主役はさっさと下がるのがマナーなんだって。
それは知ってるけど……どうなんだろう?
パレードを終えて王城に戻った時、休憩にって案内された部屋は、幸いにも昨日泊まった客室だったけど……さすがにもう、違うよね?
大広間に長居したくない、けど、「夫婦の寝室」にも向かいたくなくて、頭の中がぐるぐるする。
笑みを張り付かせたままぼうっとしてると、ようやくダンスの時間になったみたい。軽やかなメロディが大広間の中に響き始めて、あちこちで談笑してた人々が、ざーっとオレたちの周りからいなくなった。
「レン様」
女王に促され、ギクシャクとおじぎをしてダンスを申し込む。差し出した右手をぎゅっと掴まれ、その力強さにビクッとする。
間近に向かい合う女王の笑顔が眩しくて、直視できない。
口紅に彩られた形のいい唇が、今にも迫ってきそうでコワイ。
体に叩き込まれたステップは、こんな状況でも間違うことはなかったけど、正直、頭の中が真っ白になって、何も記憶に残らなかった。
「レン様、お疲れのようですわね」
いたわるような言葉を掛けられ、ドキッとした。
「い、え。まだ……」
震え声で否定しようとしたけど、「じゃあ、下がりましょうか?」って低い声で囁かれ、ぎゃーって心の中で叫ぶ。
大広間を下がって、そんで、その後は!?
「きょっ、きょっ、きょう、は、別々、に……」
けど、そんなささやかな牽制は、あっさりと却下される。
「もう夫婦なのですから、遠慮はいけませんわ」
って。遠慮じゃないんだけど、そうとは言えない。
女王の合図を受け、宰相がこくりとうなずく。
「後はお任せくださいませ」
まっすぐに目を向けられ、生温く微笑みながら頭を下げられて、ええっ、と思ったけど撤回できない。
ヒジを掴まれ、引きずられるように大広間を後にさせられ、気が付いたら見知らぬ部屋の中だった。
「さあ殿下、湯あみを」
「お召し替えを」
世話係の侍従たちに畳み掛けるように世話されて、あっという間にガウン1枚にさせられる。
えっ、これからどうするの!?
まさか……初夜!?
冷静に考えても、考えなくても、夫婦の寝室に放り込まれれば、その先はそういうコトしか残ってなくて、今更ながらにゾッとした。
タ=カヤ女王は、素晴らしい人だよ? 頭がよさそうだし、女王の品格にあふれてるし、確かに評判通りの有能な女王陛下だ。好きか嫌いかって言われれば、嫌いじゃない。
そ、尊敬できるし、すごいなぁって思う。
けど……それとこれとは、別、だよね?
あの女王を抱けるのかって訊かれたら、答えは「No」だ。一択だ。
ガータートスの時にまざまざと見せつけられた現実が、レースの下着から透けてたブツが、オレから覚悟を奪ってく。
どうしよう?
謝るしかない?
キィッと小さな音を立て、女王の居室に繋がるドアが開かれる。真っ白なガウンをまとった女王がちらっと眼の端を掠めた瞬間、オレは勢いよく土下座した。
「ご、ごめん、なさい! あ、あ、あなたを抱くこと、は、できま、せん!」
夫婦の寝室に気まずい沈黙が漂った。
「まあ」とも「困りますわ」とも言わない、黙ったままの女王が不気味で怖い。
外交問題になったら、どうしよう?
ズキーンと胸を痛めながら、土下座したまま固まってると、女王の笑い声が「ふふふ」と響いた。
「あら、問題ありませんわ」
楽しそうな声にホッとしながら顔を上げると、化粧を落とした男らしい女王が、オレの目を見てニヤッと笑った。
「問、題、ない?」
震え声での質問に、「ええ」と女王がキッパリうなずく。
「問題ありません。だって――」
「――オレが抱く方だからだ、レン」
いきなりの男言葉に驚く間もなく、女王が縦巻きロールの髪を掴んだ。すぽんとそれが抜けた後には、短く刈られた黒の短髪が現れる。
「か……っ」
カツラか、と驚いてる間もなかった。
黒く短い髪の女王が、バッと男らしくガウンを脱ぐ。その下から現れたのは、均整のとれた見事な体。
手を掴まれ、土下座から引き起こされて、次にベッドに押し倒される。
「手紙に書いたよな、『前向きな気持ちで、オレの全部をお前に見せる』って」
ニヤッと笑われて、体の芯から震えあがった。
そんな前向きはいらない。
「大丈夫、手加減するから……多分」
響きのいい低い声で囁かれ、ぶんぶんと首を振る。
「オ、レ……っ」
予想外の事態に、言葉が紡げない。ぱくぱくと口を開け閉めしても声にならなくて、叫ぶこともできなかった。
帰りたい。
全部、なかったことにしたい。
じたじた暴れても、1ミリも逃げることはできなくて、裸の男に覆いかぶさられる。
すね毛も、臨戦態勢のナニかも、とても直視はできなかった。
「幸せになろうな」
女王夫婦の寝室に、低い男の哄笑が響く。
その後、オレの悲鳴も響く訳だけど――それは多分、女王以外には聞かれていないハズだった。
(終)
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