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小説 1−10
隣国の女王と結婚したら相手は男でタチだった・4
 予想を裏切らない、すごい力だった。
「む、むむむー、むむ、むー」
 いきなりの強引なキスに慌てて、突っぱねようとしたけどビクともしない。無理矢理ねじ込まれた肉厚の舌が、オレの口中を遠慮なく舐め回す。
 ようやく解放された時は、酸欠で目が回るかと思った。
 ついでのようにちゅっと頬にもキスされたけど、抵抗する気力もない。
 倒れそうになりながら、焦点の定まらない目を枢機卿に向けると、そっと視線を逸らされた。
「主よ、祝福をこの2人に与えたまえ」
 胸元で手を組んで祈ってくれたけど、なんでか見放されたような気になった。
 呆然としたまま式が終わり、ガシッと左ひじを掴まれて、ビクッとする。
「さあ、レン様」
 オレを促す、響きのいい低い声。
 ひじを曲げ、エスコートの形を取ってギクシャクと歩き出すと、半歩遅れて真っ白なウェディングドレスの「妻」が続いた。

 まっすぐ歩けてるか、自分でも分かんないヴァージンロード。フラワーシャワーを浴びながら、入って来た扉を抜けて大聖堂を後にする。
 結婚って、こういうものなの、かな?
 幸せに……なれるんだろうか?
 しばらくぼうっと、現実逃避してたみたい。ふと気付くとオレたちは国教会の中庭にいて、真っ白なポーチの上に立たされてた。
「では、花婿であらせられる王配殿下から、愛のガータートスを……」
 よく響く声でそう言ったのは、誰だろう? もう確かめる余裕もない。
「ガ……っ」
 ガータートス、すっかり忘れてた。
 普通は花嫁のブーケトスだけど、この国では女王の結婚式の場合、花婿によるガータートスが普通なんだって。女王と結婚できる幸せに、あやかろうって意味らしい。

 それ聞いたときは成程って感心したけど、今はちょっとどうだろうって思う。
 お、オレにあやかりたい人っているの、かな?

 国にいるときに、ガータートスの作法は勿論勉強してきた。
 花嫁のウェディングドレスのスカートの下に潜り込み、花嫁の太ももからガーターベルトを取って、それを後ろ向いて投げるんだ。
 その際、手は使っちゃダメなんだって。口でくわえて脱がすんだって。
 カヤ姫の正体を知る前までのオレは、それを聞いて大いに照れたものだった。交換した肖像画の美女を見て、この人のスカートの中に……って考えるだけで、ドキドキした。
 楽しみにしてなかったって言ったら、ウソになる。
 けど――現実は、残酷、だ。
「ふふふ、恥ずかしゅうございますわ」
 低い声でこそりと笑われ、純白の扇越しに流し目を向けられて、逃げようがないことを悟る。
 恥ずかしいって言ってるけど、それ、恥らってる顔じゃない、よね?

 ドレスの足元に片ヒザを突くと、「わーっ」と歓声が沸き起こった。鳴り響く拍手にあおられ、おずおずとドレスに手を掛ける。
 豪華なレースをふんだんに使った、純白のドレス。
 たくさんのひだをかき分け、ドレスのスソをつまみ上げてえいっと顔を潜らせると、目の前にどーんと現れたのは、新婦・タ=カヤ女王の長い足。
 白くて大きなハイヒールの上に、見事なすね毛の群生が見えて、ふうっと意識が遠くなる。
 すね毛、って――何だろう? 処理しておこうとか、そういう気遣いはなかったのかな?
 太ももからガーターベルトを抜き取るべく、そろそろと視線を上に向けると、うっかり股間を見上げてしまって、うぎゃー、ってなった。
 白のレースの下着から、ナニかが透けてるっぽいのが、見たくもないのに目に入る。
 ひいっ、って目を背けると、誘うようにちらっと腰を揺らされた。
 お願いだから、見せつけるのやめて欲しい。すごい大きい。いつか貰った手紙と同じ、バラの香水がふわっと香る。

 太ももにしっかりハメられてたガーターベルトは、白いレースに水色のリボンのつけられた可愛らしいものだった。
 そっと太ももに顔を寄せ、ガーターベルトをえいっとくわえる。
 目を閉じても、ナニかの気配をむんむんと感じて、どうすればいいのか分かんなかった。逃げたい。
 現実を直視できない。
 息もできない。
 ようやく脱がせ終わったブツを、口にくわえたままドレスから抜け出すと、また「わーっ」と歓声が上がり、拍手が上がった。
 後ろを向き、ガーターを投げたときにはまた「わーっ」と声が上がったけど、どよめきと悲鳴も同時に上がった。
 受け取ったのは、オレの国に来てた外交大使で、気のせいか笑顔が曇ってたけど、気の毒だとは思えなかった。

 にへっと笑いかけると、再び逸らされる大使の視線。
 大使以外はみんな笑顔だ。いや、一応、大使も笑顔だ。
「あら、いやですわ」
 扇の陰で、女王が笑う。いやとか言いつつ、ちっとも嫌がってなさそうな声。
 すっごく楽しそうな女王が信じらんない。女王だけじゃなくて、なんでみんなも楽しそうなのか、意味が分かんなかった。

 分かったのは、パレードの馬車に向かう寸前だ。
「殿下、こちらをお使いください」
 従者に濡れたお絞りを手渡され、手鏡を見せられて、思わず「うおっ」と目を見張る。鏡に映るオレの顔には、唇と頬とにべったりと赤いキスマークが付けられてた。
 誰が犯人かなんて、考えるまでもない。
「う、ひ、ひどい……」
 泣きたい。
 逃げたい。
 お絞りで念入りに顔を拭き、鏡の中の眉の下がった、情けないオレをじっと見る。

「あら、お似合いでしたのに」
 馬車の隣に座った時、女王にくくっと笑いながら言われて、ぞくっとした。
「に、に、……」
 似合ってないって言い返したかったけど、それより先にピシィッとムチの音が高らかに鳴って、馬車が軽やかに走り出す。
 槍を持つ近衛兵がずらっと2列に並ぶ間を、手を振りながら通過した。
 近衛兵たちの後ろから、王都の民衆が「わあっ」とか「きゃーっ」とか叫びながら、馬車上のオレたちに手を振った。
 みんな笑顔なのは嬉しいけど、「キレイー!」って叫びは納得できない。
 っていうか、なんで、タ=カヤ女王を見ても誰も「男だ」なんてこと言わないんだろう?
 目を逸らされ続けるのもショックだったけど、目を逸らされないのもちょっとショックだ。
 生温く応援されてるように感じて、ちょっとイヤだった。

(続く)

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