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小説 1−10
隣国の女王と結婚したら相手は男でタチだった・2
 ぐるぐると目眩がしてきたけど、倒れる訳にはいかなかった。
 助けを求めて大使を見ると、バッと視線を逸らされる。周りをぐるっと見回すと、次々にみんなに逸らされた。誰も味方じゃない。ヒドイ。
「レン様? どうかなさいまして?」
 女性にしては低過ぎる声で、目の前のドレスの女王が訊く。
「う、……えと、じょ、女王陛、下……?」
 つっかえながら呼びかけると、「まあ」と女王がドレスと同じ色の扇で口元を隠した。
「タ=カヤとお呼びください、レン様。明日には夫婦になるのですもの」
「タ……?」
 タカヤって、それ、男の名前だよね?
 えっ、冗談とかドッキリとか、そういうのじゃないの、かな?

 キョドキョドとあちこちに視線を飛ばしてると、低い声で「ふふふ」と笑われた。
「可愛いお方」
 肘までの白い手袋に包まれた手が、そっとオレに伸ばされる。
 肩から首へと撫で上げられ、耳元に触れられて、ぞわーっと戦慄が走った。扇越しに向けられる笑みが怖い。流し目も怖い。
 女王の名にふさわしい、捕食者の目だ。
 ……帰り、たい。
「柔らかくて触り心地のよさそうなおぐしですのね」
 ふふふ、と微笑まれて、ガチガチに固まる。
「じょっ、タッ、カヤ様も……お、キレイ、です。……髪が」
 つっかえながら誉め返すと、「まあ、ほほほ」と低い声で扇越しに笑われた。
「国一番の美しい黒髪のものですの。お気に召していただけました?」

 不思議な言い回しに、訊き返す余裕もない。辛うじてうなずくと、ようやく大使から助けが入った。
「女王陛下、ご挨拶はその辺で。レン殿下は、長旅でお疲れのご様子ですから」
「まあ、そうですの?」
 がっかりしたように訊かれたけど、こくこくとうなずく。遠慮なくこくこくとうなずくと、パチンと扇が閉じられた。
 扇に隠れてた顔があらわになり、ひいっと目を逸らす。
 見事な縦巻きロールの黒髪、がっしりとした広い肩、オレの贈ったネックレス、端正な男らしい顔立ちに、くっきりと見えるノド仏……。
 自然な感じに膨らんだ不自然な胸には、一体何が詰まってるんだろう? 少なくとも、夢や希望や男のロマンでは有り得なくて、カラカラのノドがごくりと鳴った。

「ではレン様、名残惜しゅうございますが、お部屋に案内させますわ。今宵はごゆるりとおくつろぎくださいませ」
 女王の口上に、「はい」とうなずく。
 オレだって、一応は王族の端くれ、だ。こんな時どうするかは、王子として叩き込まれてる。
 手袋に包まれた大きな手を取り、その場に恭しくひざまずく。手の甲に軽くキスして、「また明、日」と震え声で言うと、女王はその様式美に、満足そうにニヤリと笑った。


 案内された部屋は、主賓室らしい豪華な客間だった。夕飯もここでって言われて、胸を撫で下ろす。
 一緒に会食をって言われたら、どうしようかと思った。一体ナニを食べるのか、すごく不安だ。
 ともかく、あの女王の部屋とは遠そうで、ホッとしたのも束の間――。
「明日の挙式の後、陛下の隣のお部屋に移っていただくことになります」
 大使にそう言われ、ガーン、となった。
 隣っていうか、夫婦の寝室を挟んで、ドア1つで自由に行き来できる居室だって。
「し、寝室……」
 震え声で呟くと、また目を逸らされた。
「ご夫妻のプライベートは、完全に守られますから」
 って。そういう問題じゃない、よね。

「あ、の、じょ、女系王家なん、じゃ……」
 つっかえながら訊くと、「いかにも」って真顔でうなずかれた。真面目な顔してても目が合わない。
「新女王陛下タ=カヤ様は、先々代女王陛下の第1王女であらせられます。王女として生まれ、王女として育ち、帝王教育をお受けになられてめきめきと頭角を現された、女王の中の女王でいらっしゃいます」
「つ、つまり……?」
 恐る恐る訊くと、キッパリ言われた。
「王女としてお生まれになられたのですから、何の問題もございません」
 何の問題も、って。
「で、でも、男の人、だよ、ね?」
「書類上は女性でいらっしゃいます。何の問題もございません」

 問題ないと言いつつ、相変わらず目は逸らされたままで、説得力のカケラもない。
「お、オレの目を見て言ってくだ、さい」
 震え声で責めると、「不敬になりますから」って頭を下げられた。
 ウソくさかったけど、ショックが大き過ぎて、怒る気にもならない。どうしよう、どうしようって、頭の中はそればっかりで、いい考えも浮かばない。
 どうして結婚を承諾する前に、1度会ってみようって思わなかったんだろう? 今更悔やんでも仕方ないけど、大声で叫びたい気分だった。
 肖像画が思ったより美人だったから、浮かれてたのかも知れない。
 肖像画は盛り気味に描くのが普通だから、あの通りじゃないだろうとは思ってたけど、黒髪と垂れ目しか合ってないの、ヒドイ。

「う、オレ……」
 王族として生まれたからには、政略結婚は当たり前だと思ってた。誰と結婚することになろうと、受け入れる覚悟もあった。それなりに幸せを模索して行けると思ってた。
 それでも、一応、結婚っていうものには夢を持ってたのに。肖像画のカヤ姫を見たときの、トキメキが空しい。
 喜んで貰えたらいいなぁってネックレスを選んだ、過去の自分を「目を覚ませ」って殴りたい。
 国同士の政治的な結びつきではあるけど、仲良くなれればいいなぁって、思ってたんだ、よ?
「オレ……叫んでいい、です、か?」
 震え声で言うと、大使は目を逸らしたまま1つうなずき、部屋の窓を開けてくれた。そんな気遣いはいらなかった。

「バ、カァァ――ッ!」

 窓から見える美しい庭園に、オレの叫び声が空しく響く。
 いっそ嵐になればいいのにって思ったけど、空には雲1つなくて、明日も晴れそうだなって分かった。

(続く)

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あきゅろす。
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