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小説 1−9
囚われの里・1 (小学生阿部・青年三橋・神隠し)
 朽ちかけた石段をとんとんと昇って、隆也は「あれっ?」と声を上げた。見覚えのない場所だ。
「おかしーな、どっちだっけ……?」
 少し不安になりながら、石段の上からぐるりと周りを見回すが、アスファルトの道路も、高いビルも、何も見付けることはできなかった。
 道に迷ったのだ、と、悟らざるを得ない。
 昨日来たばかりの田舎だ。土地勘もないのにうろつけば、迷子になってもおかしくはない。探検と称してひとりで遊びに出掛けたことを、今頃になって後悔した。
「やべぇ……」
 誰かに知られる前に帰らないと、大目玉だ。父親からはウメボシを、母親からは延々と続く説教を食らうに違いない。
 精神的にも肉体的にもダメージを受ける、タッグでのお仕置きは勘弁して欲しかった。

 隆也がこの土地に来たのは、親戚の法事があったからだ。
 たまたま春休みだし、所属しているリトルリーグの試合もない。両親と弟との泊まりがけの旅行を、隆也も弟も楽しみにしていた。
 ただ誤算だったのは、集まった子供たちの中で、隆也が最も年長だったことだろう。
 隆也はこの春から小学5年。年子の弟は4年で、その他の子供たちは弟と同じ4年になる子と、2年、1年、幼稚園児。年の割に大人びている隆也と、対等に話せる者はいなかった。
 かといって、大人の世間話の輪に入ろうとも思えない。
 ゲーム機もマンガも持って来てはいなかったが、後悔してももう遅い。なら、ひとりで周辺を探検しようと、彼が思ったのも仕方のないことだった。

 舗装のされていない砂利道、わだちの跡の濃く残る農道。萌え始めた黄緑色の木々や草むら、レンゲ畑、あぜ道にぽつぽつ伸びるつくし。
 肥えた土のニオイや緑のニオイは、都会育ちの隆也には新鮮に感じられた。
 コンクリートで覆われていない用水路を辿ると、深さはそうないが、意外と流れの早そうな小川がある。銀鱗がキラッと跳ねているのが見えて、魚釣りしたいなと思う。もっとも、釣竿など握ったこともない。
 塗りの剥げた小さな橋を渡り、向こう岸の土手の上をずんずん歩くと、石造りらしいくすんだ灰色の鳥居が見えた。
 きっと古い神社でもあるのだろう。
 隆也はそれに向かって駆け出した。特に意味はなかった。ただ、覗いて見ようと思っただけだ。
 土手から朽ちかけた石段を下り、日頃から野球で鍛えた俊足を生かし、草ぼうぼうの田舎道を走り抜け、思ったよりも巨大な鳥居の前まで来た時――いきなりさあっと、にわか雨が降り出した。

 晴れているのに雨が降る、いわゆる「お天気雨」という現象だ。
 雨粒は小さいが、あっという間にシャツも髪も湿って行く。田舎はこれだから、と皮肉げに顔をしかめながら、隆也は雨宿りできるところを探した。
 民家の軒先か、大きな木陰か、神社でもいい。どこかあるだろうと周りを見ながら走っていると、雨宿りできる場所は見つからなかったが、幸いにもすぐに雨がやんだ。
 空を見上げても雨雲など見当たらないのだから、そう長く降る雨でもなかったのだろう。
 やれやれとホッとはしたものの、少しながら濡れてしまった。
 春の陽気でぽかぽかはしているものの、油断は禁物だろう。せっかくの旅行中に、風邪などひきたくはない。
 ――戻るか。
 隆也はそう決めて、元来た道を戻ろうとした。

 迷子になったと気付いたのは、その後のことだ。
 あれほど大きかった鳥居がない。
 歩いても歩いても小川がない。
 小川がなければ橋もないし、用水路を辿ることもできない。
「こんな道じゃなかったよなぁ……」
 ひとりでぼやきながら朽ちかけた石段を昇って、やっぱり、とため息をつく。
 その先にあったのは土手ではなくて、桜の舞い落ちる丘だった。

 その丘の向こうに民家が見えて、仕方なく近付く。
 できれば誰の手も借りず、自力で親戚の家まで帰りたい。けれど現状、どっちの方向に歩けばいいのか、それすらも分からない。
 鳥居の場所、あるいは小川に出る道を教えて貰えれば……。そう思って、隆也は民家の庭に声をかけた。
「すみませーん」
 時の止まったような世界に、少年の声が響き渡る。
 端の崩れた石造りの塀、手入れの良い畑、咲き乱れる草花、延々と舞い続ける桜吹雪。
 その民家の向こうから、薄茶色の髪の青年がひょっこりと顔を出し、隆也を見てぽかんと口をひし形に開けた。

「すみません、道に迷っちゃって」

 隆也が再び声を掛けると、青年は金縛りが解けたように、ギクシャクとうなずいた。
「あ……き、狐の嫁入りに遭った、んだ、ね」
 ドモリながらそう言って、不器用そうににこりと笑う。
「狐の? はあ?」
 思わず問い返すと、「雨」と言われた。
「は、晴れてるのに、雨、降ったでしょ」
 それは確かにそうだったので、隆也は黙ってうなずいた。
 田舎では、お天気雨のことをそう呼ぶのかも知れない。青年は、ドモッてはいるけれど訛ってはいないようで、隆也はこっそりホッとした。

 「どうぞ」と招かれて、目の前の小さな民家に入る。
 木造の古びた民家は、外から見たよりも意外に広く、奥の方は明るかった。
 ひんやりした廊下を進むと明るい座敷に出て、再び「どうぞ」と座るように促される。
「いや、オレ……」
 素直に座りつつ、隆也は焦った。
 中に入りたかった訳じゃない。道を訊きたかっただけなのに、何が「どうぞ」なのだろう。
 意味が分からなかった。

(続く)

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