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小説 1−9
雷鳴れば恋が生まれる・後編
 結局給湯器は、全交換することになった。
「古いタイプなんで、修理してもまた壊れると思いますよ」
 ガス屋さんに言われて、「は、あ」とうなずく。交換も何も賃貸物件だから、費用は大家さん持ちのハズだ。
 案の定、ガス屋さんは「大家さんと話し合いした後、工事に入りますが……」って説明してくれた。ただ、問題はその後だ。
「ちょうど合うガス機器が手配できりゃいーんスけどね、土日だからなぁ」
 って。
「後、工事できる作業員が、すぐに見付かるかどうかも怪しいっス」
 って。
「最悪、月曜以降になると思うんスけど、大丈夫っスか?」
 それ聞いて、さすがに「うえっ!?」って言っちゃった。あんま大丈夫じゃない。
 お風呂も入れないし、シャワーも浴びれないし、食器は……まあ、いいとしても、ちょっと困る。
 銭湯? って、この辺にあったっけ?
 それに平日に工事だと、会社休まなきゃいけない。すぐに休むのはムリだし、「土日に対処しろ」って言われかねないし、ってことは来週の土曜までこのまま?

「う、お……」
 どうしよう?
 ぐるぐる考えながら頭を抱えると、ガス屋さんがぷはっと笑った。
「冗談。今日中になんとかしてやるよ」
 くしゃっと髪を撫でられて、ドキッとした。
 顔を向けると、少し垂れた形のいい目と目が合った。頭を撫でられたままにっこり微笑まれて、じわっと顔が熱くなる。
 確かに格好いい人だけど、男同士だし、赤面するのは変だなって自分でも思う。けど、なんでかドキドキは収まんなかった。
「準備ができたら連絡するから、電話番号教えて」
 ケータイを取り出しながらそう言われ、ギクシャクとうなずく。
 いつの間にか敬語じゃなくなったのにも気付かなくて、ガス屋さんが帰った後も、しばらく赤面が治まんなかった。

「……そうだ、お風呂掃除」
 やんなきゃいけないことを思い出して、あわあわと部屋を見回す。
 工事の人って、違う人だよね? さっきのガス屋さんはお風呂見なかったけど、工事するなら入るだろうし、掃除しなきゃ。でも部屋も片付けなきゃ。
 今日中って言った? 夕方くらいかな?
 少なくともお昼は過ぎるよね?
 時計を見ると、時刻は午前10時過ぎ。2時間あれば、お風呂掃除もできるし、部屋ももうちょっとマシになる、ハズ。
 目に着いたビールやその他の空き缶を拾い上げ、取り敢えず台所の流しの横に放置する。
 散乱した書類を拾い上げると、その下からはコンビニのレジ袋がいっぱい出て来て、使ってない箸やおしぼりも出て来て、どうしようって焦った。
 ゴミ箱……はいっぱいだ。
 ゴミ捨て……は、今日じゃない。
 ああ、お風呂、掃除しないと。えっと、そっちの方が先、だよ、ね?

 軽くパニックになりながら、わたわたとお風呂に向かい、スポンジを掴む。
 湯垢のついた浴槽をごしごし洗い、洗面器と風呂イスを洗い、壁を洗って――給湯器の電源は抜かれちゃったから、ホントに水しか出なくなってて、すっごく冷たくて困った。
 きゅっと冷水シャワーを止めて、赤くなった手にほうっと息を吹きかける。
 ピンポーン、と呼び鈴が鳴ったのは、その時だった。
「は、い?」
 誰だろう、大家さん、かな?
 給湯機の交換料金、払ってって言われたらどうしよう? っていうか、この部屋の惨状を見られたらどうしよう?
 ドキドキしながらインターホンに応じると、張りのある響きのいい声で『ちわっ』と言われた。
『西浦ガスです』
 って。
 さっきのスーツのお兄さんかな? 何か忘れ物?

 ドキドキしながら玄関に向かうと、作業着姿のお兄さんがいて、二重にビックリした。
「え、っと……?」
 作業服? なんで? スーツは?
「じゃあ、作業に入るから」
「ええっ!?」
 驚いて聞き返すと、ガス屋さんはふふっと笑って、オレの頭をポンと撫でた。
「何とかしてやるって言っただろ」
 格好いい顔に覗き込まれ、どぎまぎと目を逸らす。
 準備できたら電話する、って言ってたのに。そう言うと、ガス屋さんは「ああ」って思い出したように言った。
「忘れてた。電話番号、訊いたんだっけ。あれ、もしかして電話、待っててくれた?」
 じっと見つめられて、じわじわと顔が熱くなる。
 待ってはなかったけど待ってたかも知れなくて、どういえば喜んで貰えるんだろうって、なんでか分かんないけど、そんなことが気になった。

 部屋の外で工事の音が響く中、わたわたと部屋の中を片付ける。
 床に散らかったものを机の下に全部押し込んで、机の上の書類とパソコンは整理して、布団の中に押し込んだ汚れ物を洗濯機に放り込む。
 ガス屋さん、作業服の胸元に「阿部メンテナンス」って刺しゅうが入ってたけど、西浦ガスさんじゃないのかな? ガス屋さんじゃなくて、阿部メンテナンスさんなの、か?
 気になって気になって、落ち着いて待っていられない。
 何とかするって言ってくれたの、リップサービス?
 オレにカノジョはいないけど、あの人はどうなんだろう? あんなに格好良ければモテるの、かな?
 挨拶もなく、ガス屋さんが勝手に玄関から入り込む。

「風呂のパネルの交換もするから。風呂、どこ?」
 そう言いながら、ガス屋さんがキョロッと部屋の中を見回した。
「あれ、随分片付いたじゃん」
 にこっと笑われて、ドキッとする。
「あのっ、片付け、頑張り、ました!」
 思わず大声でそう言うと、ガス屋さんはビックリしたようにくっきり二重のたれ目を見開いて……。
「あんた、可愛いな」
 爽やかに笑って、また頭をくしゃっと撫でてくれた。

 ドキドキが止まらない。何かが始まりそうな予感。
 給湯器壊れてサイアクって思ったけど、壊れてよかった。先月の雷に感謝した。

   (終)

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