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小説 1−9
今日も阿部は愛を囁く・後編
 大体、なんでサボテンなのか? 前に恐る恐る訊くと、「三橋っぽいから」って言われた。
 意味が分かんなかったけど、それ以上訊くのも怖かったから黙ってたら、更に熱く語られた。
「つまりさ、誰かから傷付けられんのが怖くて精一杯警戒してんだけど、その中身は多分寂しがり屋でさ。抱き締めてやりてぇんだけど、でもどうすりゃ近付けんのか分かんなくて。サボテンのそういうとこ、三橋っぽいだろ?」
 ますます意味が分かんなかったけど、「そうだね」ってうなずいておいた。
 三橋は確かにキョドりがちだしビビりだけど、リラックスする時はしてたよね。
 例えば1番仲の良かった田島とかだと、きっと三橋のこと「サボテンっぽい」とは思わないだろうし、逆に阿部がそう思うのは、三橋にそんだけ警戒されてたってことじゃ……?
 いや、さすがに阿部に面と向かって、ズバッと言うような勇気はないけどさ。でもやっぱりちょっと、不憫かなぁ。
「なあミハシ。オレが側についてっから、もう安心だぜ? いつもいつも見てっからな」
 サボテンに向かって、猫なで声で語りかける阿部。
 それって安心できないんじゃ……って思ったけど、やっぱそれも言えなくて。耳も目も口も塞いで、毎日をやり過ごすしかなかった。

 今朝もまた、阿部の愛の言葉を聞かされて1日が始まる。
「おはよ、ミハシ。今日も可愛いな」
 爽やかとは縁遠い朝だ。
 たまにちゅっ、とリップ音が聞こえる時もあって、ホントに怖い。フリだけだと思うけど、その内ホントに血を見るようになったら、どうしよう?
 ねぇ、そのサボテン、阿部から身を守るために、そうやってトゲでガードしてる訳じゃないよね?
 来ないでっていう意思表示じゃないよね?
 でも、阿部にはそういう意識はないみたい。愛情を注ぐことしか頭にない。
「ああ、今日もキレッキレのツンツンだな。トゲの色合いも、その下の艶やかな肌も、たまんねーぜミハシ」
 訳の分かんない誉め言葉をイケボで囁き、「可愛いなー」を連発する。
「名残惜しいけど、時間だ。オレはメシ食ってくるからな。お前もたっぷり光合成すんだぞ」
 大真面目で、愛おしそうに語りかけてんのを見ると、ため息が止まんなかった。

 最近、サボテンが少しずつのけ反り始めてるのが、気になって仕方ない。
 窓辺に置いてるから、太陽の方向に伸びてってるんだろうとは思うけど、毎朝毎晩の囁きを聞いてると、嫌がってんじゃないかなーって心配になる。
 阿部にぐいぐい来られて、「ひいい」って怯えながらのけ反ってく三橋が頭に浮かぶ。
 のけ反るだけじゃなくて、ビミョーに捻じれてるのもどうだろう。これ、顔……背けてない?
「なんか……そのサボテンさ、捻じれて来ちゃったね」
 ぼそっと言うと、「感じてんだろ」って即答された。
「なあ、ミハシ。感じて身悶えしてんだよな? いーぜ、キレイだ。そそられる……」
 熱のこもったイケボで、熱心にサボテンを口説く阿部。
「ああ、どうして触らしてくんねーんだ? なあ、まだダメか? この小悪魔、どこまでオレを焦らすんだ」
 って。どうやら妄想の中でお預けを食らってるらしい。

――助けて、阿部が怖い――
 オレは怖くて、思わずみんなにSOSを出した。みんなっていうのは、勿論分かってくれそうなメンバー。阿部と三橋以外の、高校時代のチームメイトだ。
 みんな、「何があった?」って訊いてはくれたんだけど、サボテンの話をすると、示し合わせたみたいに「頑張れ」って言うだけだった。ヒドイ。
 別に誰にも迷惑かけてないんだろ、って。確かにそうだけど、そういう問題じゃないと思う。
 そんな中、唯一相談に乗ってくれたのが花井だ。
――三橋に会わせてやりゃいいんじゃねぇ?――
 優等生らしき模範解答に、うぐっ、とためらう。三橋に会わせる? 誰が、どうやって? 第一、三橋は怖がるんじゃないのかな?
 そう言うと、「それは偏見だぞ」って言葉が返って来た。ええー、そうかな、偏見かな? オレが怖いからって、三橋も怖がってるとは限らないのかな?

――阿部のことは置いといて、とにかく連絡取ってみろ――
 花井からの指示に、正直ためらう部分はあったものの、さっそく三橋に「遊びに来ない?」ってメールした。
 三橋はすぐに、OKの返事をくれた。
 お互い部活があるから、こういう機会でもなければなかなか会えない。スケジュールのすり合わせには苦労したけど、日程が決まればすぐだった。
「オレ、この辺、遊びに来るの、ハジメテ、だ」
 照れ臭そうに、赤い顔してそんなこと言われて、罪悪感にドキーンとする。
「そーだね、埼玉からはちょっと遠いよね」
 痛む胸を良心ごと押さえながら、笑って、一緒にご飯食べて、近況を話して……、それから、思い切って寮に誘った。
「ついでだし、寮も見に来る?」
 三橋は勿論、断らなかった。「いいの?」って大きな目をキラキラにして、単純に喜んでるみたいだった。

 自宅通学の三橋は、寮にちょっと憧れもあったみたい。
 ここでもし、「阿部に会いに来る?」って訊いたとしたら、どうなってたか分かんない。今頃、とうに逃げられた後だったかも。
 けど、オレはその名前を口にしなかった。
 同じ大学なのは、もしかして知ってるかもだけど、寮で同部屋だってのは知らないハズだ。だから三橋は、無防備にオレたちの部屋に来た。
「うお、スゴイ。大きい。キレイ」
 キョロキョロと珍しそうに、男子寮の中に入ってく三橋。勿論、寮長には許可を貰ってる。
「おじゃましま、す」
 三橋は律儀に礼をして、おずおずと中に入り、部屋の中を見回した。

 狭い部屋の中にあるのは、2段ベッドに机が2つ。そして……。
「あ、サボテン、だ」
 窓辺の鉢植えに気付いた三橋が、ミハシに駆け寄って覗き込む。
 そのサボテンに名前があるとは言いにくい。お前の名前だよとも言いにくい。毎日阿部が、舐めるように可愛がってるとも言いにくい。
「な、なんか……のけ反ってる、ね?」
 三橋がこてんと首をかしげて言った時――ガチャッと部屋の戸が開いた。ビクッとして後ろを振り向くオレと三橋。そこには阿部が立っていて、ひゅっと息を吸い込んだ。

「三橋ィィィィーッ!」

 寮中に轟いてそうな阿部の絶叫の後、「ヒィィィッ!」っていう三橋の悲鳴が響く。
 オレも三橋も硬直しちゃって、逃げられないし抵抗もできない。突進してきた阿部に突き飛ばされて、オレは床に倒れ伏した。
「ああ、三橋、三橋。やっぱお前可愛いな、三橋……」
 いつもの甘いイケボが三橋を口説く。
「ひやっ、うあっ、ちょっ、待っ……」
 ドモりまくりながら三橋が何か言ってたけど、ゴメン、助けることはできそうになかった。
「おおおお、沖くんっ」
 三橋に名前を呼ばれた瞬間、阿部の威圧が飛んできて、逆らえなくて後ずさる。怖い。

「たまんねぇ、三橋。いいニオイだなお前、セクシーだ、くそ。三橋、ミハシ……」
 延々と続く阿部の囁きを、オレはこれ以上聞きたくなかった。割って入る? 冗談じゃない。いやホント、冗談じゃないから。無理だから。
「いやっ、どこ触っ、ちょっ、うおっ」
 三橋の悲鳴を聞きながら、よろよろと部屋を出て扉を閉める。

 最後に見た三橋は、阿部に抱き竦められたままのけ反って、両手でぐいっと抵抗しながら必死に顔を背けてて――。
 サボテンのミハシとよく似てて、何だか直視できなかった。

   (終)

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