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小説 1−9
今日も阿部は愛を囁く・前編 (大学生・阿→三・沖視点)
「ああ、ミハシ。可愛いなミハシ……」
 今夜も野球部の寮の2人部屋に、阿部の猫なで声が響く。
 阿部が語りかけてるのは、サボテンだ。金なんとかって難しい名前の、ペルー原産のサボテン。名前はミハシ。ホームセンターの園芸コーナーで一目ぼれしたらしい。
 オレもその時、一緒に店内にいたんだけど、「三橋だーっ!」って突然大声で叫んだ時は、心臓が止まるかと思った。
 オレが特別ビビりだからって訳じゃない。他のお客さんたちだって「今の何?」ってざわざわしてたし、紺色のエプロン着けた園芸コーナーのお姉さんなんて、目を剥いたまま硬直してた。
 阿部はさ、ただでさえ地声が大きいんだから、もうちょっと自重するべきじゃないかと思う。そんなだから、当の三橋にも怖がられたんでしょ?
 でも、そんな確信を突くようなホントのことは言えない。
「ミハシ、いーよ、ミハシ。すげぇセクシーだぜ、ミハシ……」
 窓際に置いたサボテンに、毎朝毎晩、ムダにイケボで囁く阿部。
 その姿は不気味で怖くて、ちょっぴり切なくて――なんだか、直視できない雰囲気だった。

 三橋っていうのは、オレと阿部の高校時代のチームメイトだ。
 三橋がエースで、阿部は正捕手。残念ながら、オレらとは違う大学に進学したんだけど、やっぱり野球部に入ってるらしい。
 制球力と球種の多さに定評があって、投手としては地元では有名。ただ性格は、オレに輪をかけたビビりで、時々キョドッたりドモったりもする、小動物みたいなヤツだった。
 阿部とのバッテリーとしての相性は、なかなか良かったように見えたけど……同じ大学を目指さなかった辺り、やっぱ、阿部のこと苦手だったんじゃないかなぁと思う。
 オレだって苦手だ。
 いや、勿論、高校からの付き合いだし、阿部がいいヤツだってのは分かってるよ? けど、いつまで経っても怒鳴り癖が治んないし、たまに威圧するし。うん、正直言って、怖い。
 サボテンにミハシって名前を付けて、世話を始めたのも怖かったけど、朝に夜に話しかけてんのも怖い。「可愛いなぁ」って、猫なで声出してんのも怖い。
 なんで寮の部屋割り、50音順なんだろう? 阿部と沖ってそんなに近くないと思うのに、あんまりだ。高校の時なら、間に泉が入ったのに。

「ミハシ、ミハシ、キレーだ、ミハシ……」
 うっとりとした声で、イケボで、サボテンにひたすら囁く阿部。
 そんなに三橋に会いたいなら、電話でもメールでもすればいいのに。そんな意識はないみたい。
 いや、前に三橋、阿部からの電話に怖くて出れないって言ってたっけ? 高1の時に阿部からのメール見せて貰ったことあったけど、あれはヒドかった。返事できないのも無理ないなって思った。
 阿部もその辺、自覚あるのかなぁ? だから代わりにサボテンがあるのかな?
「ああ、ミハシ。こんなに近くにいんのに触れねぇ! なんて罪作りなヤツなんだ」
 サボテンにそっと両手をかざし、阿部が切々と口説いてる。
 まあ、サボテンだし。トゲあるし。触れないよね。ミハシの種類、何ていったか忘れたけど、金色の細いトゲが細い胴体の全面をびっしり覆ってる。

 確かにこのほっそりとした姿といい、髪といい、ミハシは三橋に似てなくもないけど……。
 はあ、とため息をついて、2段ベッドに潜り込み、布団を被る。
「もう寝るよ……?」
 オレの声は、阿部の自己陶酔の世界にまで響かない。
 でも、オレもわざわざ阿部の注目を浴びたくなかったから、不気味さに震えながら目を逸らすしかできなかった。

 サボテンって、砂漠の植物だし、放っといても大丈夫なイメージあったけど、そういう訳でもないんだって。
 十分な日差しも必要だし、風通しも必要みたい。
「晴れた外が大好きで雨が苦手って、まさにミハシだよな!」
 阿部の言葉に、うんうんとうなずく。
「真夏は注意しねーと日焼けするらしいぜ。そういや三橋も、日焼けで真っ赤になってた時は可哀相だったよな」
「うん……そうだね……」
 オレの相槌を聞いてるのか聞いてないのか。まあ、どうでもいいんだろうけどさ。
 水やりとか肥料のタイミングとか、色々難しいらしいけど、そういうのは阿部、得意そうだもんね。マニュアル見ながら甲斐甲斐しく世話してるのは、さすがだなぁってやっぱり思う。

 毎朝毎晩、口説くみたいに愛を捧げるのは、美しく成長させるためらしい。
 サボテンに「可愛いね、可愛いね」って言いながら育てると、すくすく育ってキレイな花を咲かせたり。逆に悪口言って育てると、すぐに枯れちゃったりするんだって。
 穏やかなピアノ曲を聴かせるといいとか、毎日話しかけてると心が通じ合ったりもするとか。阿部に力説されると、ちょっと怖いものもあったけど、とにかく理由があってのことみたい。
「オレはミハシを立派なサボテンに育ててーんだよ!」
 真顔で宣言されて、オレはもう「頑張って……」としか言えなかった。
 そういえば投球練習の時、「ナイスボール」とか「いい球来てんぞ」とか言うのにちょっと似てるかなぁ?
 オレも一応、高校時代は控え投手もしてたからさ。阿部が優秀な捕手だっていうのは分かってる。阿部にじゃなくても「ナイスボール」って言われたら嬉しいし、「調子いいな」って誉められるとやる気出る。
 だからサボテンに話しかけるのも、ムダでしょとは言いたくないけど……。

「ねえ、それ三橋に言ってあげたら?」

 ぼそっと呟いても、返事はない。
 サボテンに夢中で聞こえてないのか、それとも聞こえないフリしてるのか、オレには判断付かなかった。

(続く)

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