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小説 1−8
笑顔の返事・前編 (高3〜大学生・阿←三・切なめ注意)
 大学からオファーがあったって知らされた時、オレは阿部君と一緒に後輩の指導にあたってた。
「三橋、吉報だ」
 ニコニコ顔でそう言って、オレを呼びに来てくれたのは進路指導の先生だ。
「M大のコーチと監督さんが、一度お前と面談したいと……」
 M大、と聞いてドキッとしたのは、先日の進路希望調査票で、第一志望に書いたからだ。
 どうしてそこを選んだかって言うと、阿部君が「いいな」って言ってたから。バッテリーの指導が丁寧で、投手を使い潰すこともない、って。
「お前にも合うと思うぞ」
 笑顔でそう言ってくれたのは、高校3年の9月、野球部引退から1ヶ月経った頃。

 阿部君の第一志望もM大で、野球も勿論続けるつもりだって言ってたと思う。
「推薦で行けりゃいーんだけどな」
 って。
 オレが進路志望にM大の推薦って書いたのも、阿部君との会話があってのことだ。っていうか、阿部君からその話を聞くまで、進学先のことなんて何も考えてなかった。
 大学でも野球をやりたいとは思ってたし、推薦受験できればいいなとも思ってたけど、「どこに」とか「学部は」とか、そういうのは丸っきり後回しで。
 大学からのオファーは、調査票を出した後だったんだけど、オレが志望を出したから話がきたのか、それとも全く関係ないのか、結局知ることはできなかった。
 ただ、オレは単純に嬉しくて。
 これで大学でも阿部君と一緒に野球ができる。そう思って、楽しみにしてた。

 阿部君も、オファーがどうのって聞いた時は、「おおっ、スゲーな」って笑顔で言ってくれたんだ。
 進路指導の先生の話を、オレと一緒に聞いてくれて。
「オレよりお前の受験の方が、マジで心配だからな」
 って。
「推薦、頑張れよ」
 って。
「いくらイイ感触だっつっても、試験の結果があんまりアホだと、落とされるかも知んねーぞ」
 冗談めかして励ましてくれたから、オレは無邪気に「うんっ!」ってうなずくだけだった。

 指定校推薦とか、推薦枠とかの話を聞いたのは、それから随分後のことだ。
 西浦からM大に推薦受験で入れるのは、たった1人だ、って。
 勿論、ギョッとした。慌てて進路指導の先生に訊きに行ったら、阿部君が推薦を受けないって知って、さらにギョッとした。校内枠から漏れた、って。
「お、お、お、オレのせいっ!?」
 無茶苦茶動揺したんだけど、オレのはスポーツ推薦で、学校推薦とは別枠だから関係ないみたい。それ聞いてホッとはしたんだけど――でも、どちらにせよ、しこりができた気がした。
 阿部君は明確に、「M大に行きたい」って希望があったのに。阿部君が行くからって決めたオレの方が、簡単に推薦枠貰えて、気分のいいものじゃない、よね?
 オレ、ズルい? ズルくてゴメンって謝るべき?
 ソワソワしたけど、謝るのは何か違う気がして、でもどうすればいいか分かんなくて戸惑う。

 オレの合格を、「よかったな」って喜んでくれた阿部君。
 そのくせ、自分のことは何も教えてくれなくなってった。推薦受験は諦めて、M大を一般入試で受けるってことも、オレ、花井君から聞いたんだ。
「あれ? それ聞いたのずっと前だぞ?」
 意外そうに言われてちょっとショックだったけど、阿部君は「言ってなかったっけ?」ってケロッとしてた。
「やっぱどうしても、行きてぇ学科があるんだよ。だから、それに向けて受験する」
 それがウソだったのかホントだったのか、オレにはよく分かんない。
「オレのことより、お前は自分の学力を心配しろよ」
 そう言われればその通りで、反論もできなかった。

 オレは自分のことばっかで、周りの痛みには鈍感で。だから阿部君に、少しずつ距離を取られてたのにも気付かなかった。
 1月からは自主登校で、学校に来る人もぐっと減っちゃってたし。阿部君がいなくても、寂しいなぁとは思ったけど、不思議には思わなかった。
 気が付けば、何週間も会話をしない日が続いて……彼の合否も知らないまま、3月になってた。
「阿部君、大学、受かったのかな?」
 泉君に何気なく訊いたら、「知らねーのか!?」って逆に驚かれた。
「てっきりお前には、真っ先に知らせてると思ったぜ」
 って。
 阿部君は、一般受験でオレと同じM大に合格してた。それは嬉しいけど、でも、合格発表は1ヶ月も前だったみたいで――。
「お前最近、阿部と話してるか?」
 泉君に真顔で訊かれて、言葉に詰まった。

 自分の気持ちに気付いたのも、阿部君に避けられてるって気付いてからだった。オレ、我ながらホント鈍い。
 阿部君と「おはよう」の挨拶さえできないでいるのに、ずっと彼のことばっか考えてた。
 走り込みしてる間も、投球練習してる間も、ウェイトトレーニングしてる間も、いつも無意識に周りを見て、阿部君の姿を探してた。
 阿部君の声が聴きたい。阿部君の顔が見たい。阿部君と話したい。笑って欲しい。側にいたい。
 ああ、オレ、阿部君のコト好きなんだな。そう悟ると同時に、失恋も予測した。だって阿部君、オレにだけ合格、教えてくれてなかったんだよ?
 同じ大学なのに、なんで?
 うっかり忘れてた? それともオレには教えたくなかった? どちらにしろ、いい意味だとは思えなくてショックだった。

 春から一緒の野球部で、また野球やるのに。せっかく一緒の大学に受かって、きっとバッテリーも組めるのに。肝心の阿部君に嫌われたんじゃ、どうしようもない。
 どうしてこうなっちゃったんだろう?
 安易に第一志望、決めなきゃよかった? 推薦の話、受けなきゃよかった? 推薦枠のコトをもっとちゃんと調べて、阿部君と話し合いすればよかったかな?
 もし逆の立場なら……オレならどう思うだろう?
 ぐるぐる考えても答えは出なくて、ますます深みにはまるだけだ。
 体を動かしても、お腹いっぱいにご飯を詰め込んでも、阿部君のコト考えると、心の中がどよんと曇る。このままじゃダメだと思った。

 ――謝ろう。
 そして、「好きです」って伝えよう。
 もしかしたら、「許さねぇ」ってなじられるかも知れないし、「お前なんか嫌いだ」って言われるかも知れない。「男に好きって言われてもキモい」とか。
 でも、それで阿部君に傷付けられたっていいと思った。阿部君はその分、きっともっと傷付いたに違いないって思ってた。
 どんな罵倒も、覚悟してた。
 まさか、殴ったり蹴ったりはされないと思うけど。突き飛ばされるくらいは、あるかも知れない。そうされても傷付いた顔なんか、絶対に見せないんだって気合を入れた。
 傷付いた顔、して見せるのは、卑怯だとも思ってた。

 けど――。

「好き、です」
 顔を見て、キッパリ告白したオレに、阿部君は。
「おー、さんきゅー。オレもだぜ」
 軽い口調でそう言って、にっこり笑っただけだった。

(続く)

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