小説 1−8
配達員は見た (モブ視点・プロ野球選手アベミハ)
※モブ視点です。若干モブ→三橋っぽい表現がありますので、苦手な方はご注意ください。
※この話は、あるチームメイトの胃痛、ある捕手の回想 の番外編になります。
宅配便の配達スタッフを長くやってると、たまに芸能人や有名人のお宅に遭遇することもある。
勿論守秘義務はあるし、誰それの自宅に荷物届けたーなんて、嬉しそうにネットで喋るほどガキじゃない。
何しろ、住所や電話番号、本名まで伝票には載ってたりするし。情報やプライバシーの扱いは、特に慎重になるよな。
TVでよく見るお笑い芸人のとこに、「野菜」って書かれたずっしり重い荷物が田舎から届いたり。アイドル歌手の女の子が、ネット通販でビールを箱買いしてたり。そういうの見ても、へーぇって感じで、特に誰かに喋りたいとは思わなかった。
自分でも冷めてるなーとか思ったし、そういう自分をクールだとも思ってた。
そのスタンスが一気に崩れたのは、応援してる野球チームの、人気投手と出くわしてからだ。三橋廉。
若手ながら、最近なかなか成績が良くて、人気も高い変化球投手だ。
相棒って世間で認められてる阿部隆也捕手と、バッテリー組んで試合することが多くて、よく一緒にTVにも出てる。
ヒーローインタビューでも、自分のことよりまず、阿部選手のことを誉めたり自慢したりで。そういうとこが変わってる〜とか可愛い〜とか言われて、女子に人気らしい。
三橋投手の登板試合になると、観客の男女比がいつもと逆になるっつー噂だ。
まあそういう女性ファンは、三橋目当てっつーより、三橋のヒーローインタビュー目当てなんだと思うけど。
『阿部君、見てる?』
初めてのヒーローインタビューでのあのセリフは、ホント笑ったよな。
『阿部君、今日もありがとう』
とか。
『好きだ!』
とか。
球団側から、客受けの為に言わされてんじゃねーかって気もするけど、いつもニコニコ顔だし。本気で言ってそうなとこが、また人気の秘密のようだった。
ただ、そういうイロモノ的な面ばっか、TVや雑誌では強調されてるけど、純粋な野球ファンとしてはむしろ、彼の多彩な球種や素晴らしいコントロールがスゲーと思う。
ストライクゾーン9分割とか。いくらプロだっていっても、そこまで投げ分けできる投手なんて、滅多にいねぇ。
そういう訳で、ファンだった。
その三橋投手の自宅に、初めて荷物をお届けしたのは何ヶ月か前のことだ。
阿部選手と一緒にCMに出てた、スポーツ飲料を2ケース。そのメーカーからの、これ多分寄進なんだと思うけど、送られて来てた。
三橋投手が住んでんのは、エレベーターの左右に1戸ずつ部屋があるタイプの、縦に長く区分けされたマンション。
エレベーターの前に3段くらい段差があるから、台車が使いにくくて。仕方なく、重いダンボールを1個ずつ肩に担いで、エレベーターに乗せて運んだ。
ピンポーンと呼び鈴を押すと、「は、い?」って穏やかな声が聞こえて。名前見てまさかなーと思ってたけど、ホントに本人だったから、ビックリした。
さらにビックリしたのは、その応対の誠実さだ。
あんな人気のあるプロ選手で、有名人なのに。ささっとハンコ押してくれて、重いダンボールも軽々と受け取ってくれた。
「ふおっ、重いですねー」
って。ちっとも重くなさそうに抱えて、その爽やかさは反則だ。
「重かった、でしょ。ご苦労様、です」
にへっと笑ってねぎらってくれた瞬間は、オレ、マジ、抱かれてもいいと思った。
やっぱそういう人柄の良さっていうのは、滲み出るもんなんだな。
感動のあまり帽子を取って、「ファンです!」って深々と頭を下げると、三橋さんは「ふおっ」と大きな目を見開いて――。
「う、嬉しい、な。ありがとう!」
そう言って、オレの手をぎゅーっと握って、気安く握手してくれた。
日頃から、球団のイベントとかで、そういうの慣れてんだろうなぁ。
ファンも多そうだし。こんなしがない配達員にも嬉しそうに笑ってくれるんだから、可愛い女の子にきゃあきゃあ言われたら、もっと笑顔になるんだろう。
いいなぁ、羨ましいなぁ。そうは思っても、やっぱ妬ましいって感じにはならないところが三橋投手の人徳だ。
前々から投手としてファンだったけど、ますます好きになってしまった。
それ以来、7回か……8回かな? 三橋さん宅に訪問する機会に恵まれた。定期的に送られてくるスポーツ飲料の他に、配達が数回と出荷依頼が2回。
1回目の出荷んときなんて、「伝票がない」っつーから何枚か持ってったら、ふにゃっとした顔で礼を言われた。
「す、すぐ書く、から、待っててくだ、さい」
って。焦んなくていーのに恐縮されて、こっちの方が恐縮だった。
また、その字がちまっとした繊細な字で、さすが緻密な投球できるだけあるなぁと感心した。
「じゃあ、確かに」
代金を受け取り、伝票の控えをピッと引いて手渡すと、「お願いします」って言って貰えて、それにも感動だった。
ファンを大事にする人なんだな。さすが、球団の星。未来の大エース。一流になるには勿論自信も大事だが、謙虚さも大事だと思うんだよね。素人の勝手な意見だけど。
あのTVで有名なプロ野球の三橋投手のとこに、オレ、配達行ったりしたんだぜ……なんてことは、重ねて言うけど、今まで誰にも言ったことがない。
お笑い芸人やアイドル歌手の時みたいに、無感動ではいられなかったけど、守秘義務は守ってる。
住所や電話番号、誰と荷物のやり取りをしてるか。伝票には個人情報が色々だし、いくら自慢したくても慎重にしないと。三橋さんにも迷惑はかけたくないし、1ファンとして、節度は守りたいなと思ってた。
三橋さんは誰のものでもない。プロ野球ファンみんなのものだ。
『三橋投手、あなたにとって阿部選手は、どういった存在ですか?』
『と、とても大事な人、です!』
ヒーローインタビューでの、やらせっぽい質問にも笑顔で答える三橋さん。
下世話な女性誌なんかでは、ホモ疑惑とかも囁かれてるみたいだけど、それはTVが煽ってのことだろうし、誰も本気で疑ってはいない。
オレだって、勿論信じちゃいなかった。
今日も配達予定のお宅の中に、三橋さんの名前を見てテンションが上がる。またいつものようにふにゃっと笑って、「ご苦労様、です」ってねぎらってくれるかな?
「毎度ー、西浦急便です」
ピンポーン、と呼び鈴を押して、インターホンに向かって呼び掛ける。
けど、インターホンから聞こえて来たのは、いつもの穏やかな声じゃなかった。
『あー……何?』
そんな不機嫌そうな声がして、カチャッとドアが開けられる。そこにいたのは、笑顔の可愛い三橋投手じゃなくて――その相棒の、阿部捕手、で。
何でか上半身裸にボクサーブリーフ1枚で、汗だくで荒い息を吐きながら「どーも」ってオレを見下ろした。
「ハンコ分かんねーや、サインでいい?」
低い声でそう言われ、ドキドキしながらペンを渡す。
なんで、相棒んちで汗だく? 一緒に腹筋や腕立て伏せの競争でもしてたのか? 三橋さんは?
気になって仕方ないけど、阿部捕手とは初対面だし。一介の配達スタッフとして、詮索はご法度だ。ぐっと動揺を押し隠し、サインを貰って荷物を渡す。
荷物は、いつものスポーツ飲料2ケース、で。
「ご苦労様」と優しい笑顔を向ける代わりに、阿部選手は受け取ったばかりのダンボールをバリッと開けた。
「ご苦労さん」
生ぬるいスポーツ飲料を1本ぐいっと突き出され、ニヤッと笑われて、ギクシャクと受け取る。
三橋さん宛の荷物を勝手に開封し、勝手に誰かにあげる、って。ただの相棒のやることとは思えなくて、笑顔にスゴくプレッシャーを感じて、情けないけどダッシュで逃げた。
今まで、守秘義務を破ったことなんかなかったけど。
「聞いてくれ、今、配達先で信じらんねぇモノを見た!」
……と、誰かに言いたくて仕方なかった。
(終)
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