小説 1−8 キミのいない空・11 (完結) 話したいこと、いっぱいあったのに言葉にならなかった。 何から話せばいいのか、それすら分かんなくて、阿部君を見つめて立ち竦む。落ち着かなくて、ユニフォームの胸元をぐっと握った。 やがて、先に口を開いたのは阿部君だった。 「背、伸びたな」 ほろ苦く言われて、ドキッとした。言われた言葉も、意外だ。 「背?」 「ああ、しばらく見ねーうちに、目線がちょっと変わってる」 そりゃ成長期だし、3ヶ月の間に背が伸びたって不思議じゃない。体重も少しずつだけど、順調に増えてる。 でも、それを言ったら阿部君だって、ちょっとは伸びてるんじゃないのかな? 「あ、べくん、は?」 「オレ? さあ、ワカンネーな。ずっとお前しか見てなかったし」 苦笑しながらそんなことを言われ、不意打ちにカッと顔が熱くなる。 「球も速くなったな」 追い打ちをかけるように告げられて、今度は胸が熱くなった。 冬の成果を見せるんだ、って、田島君には言われたけど。何も言わない内から認めて貰えると、嬉しい。 『側にいたかった』 3ヶ月前に貰った言葉が、頭をよぎる。 「オレがいねー内に成長してるとこ見せられると、正直悔しいな」 そんな言葉に、オレはぶんぶんと首を振った。 「あ、べ君のお陰、だよ」 成長できたのも、頑張れたのも、全部、阿部君のお陰だ。 「んなことねーよ。頑張ったのはお前だろ」 阿部君はそう言ってくれるけど、やっぱ阿部君のお陰が大きいんだ。 ずっとオレ、阿部君のくれたノートを見て、阿部君のことを考えながら練習してた。阿部君に恥じないように、頑張ろうって思ってた。 「ノートのお陰、だよ。ありがとう」 素直に礼を言うと、阿部君は照れたように「そうか」って笑った。 「オレの方こそ、これ、あんがとな」 スラックスのポケットを探って、「これ」って目の前にかざされたのは、お正月に買ってきたお揃いの野球お守り、だ。 三星の寮に預けたっきりだったけど、ちゃんと受け取っててくれたって分かってホッとする。 「これ見てさ、野球やっぱ、続けてーなって思った」 「ホント?」 そう言われると、嬉しい。 受け取って貰えないかって思ってたから、余計に嬉しい。野球、やめないでくれて嬉しい。 「また、野球……っ」 また野球、一緒にできて嬉しい。 じわっとまた涙が滲んで、慌てて目の縁をぐいぐいぬぐってると、ポンと頭に手のひらを置かれた。 「群馬、会いに来てくれたんだって? ごめんな、逃げて」 「逃、げ?」 逃げて、って。そんなにオレに会うの、イヤだった? サアッと血の気が引いたけど、そういうんじゃなかったみたいだ。 「ホント言うと、会いに来てくれるんじゃねーかと思ってた。けど、逆に、もし会いに来てくんなかったらどうしようって思った。自信がなかったんだ、ごめんな」 そんな弱音を聞かされるのは初めてで、ドキッとした。でも同時に「分かるな」って気がして、おかしいなんて思えない。 誰にも見せない、心の奥のやわい部分をそっと見せてくれたみたいで、ドキドキする。 どこ行ってたのか訊いたら、やっぱり北陸の親戚の家だって。 「三星にいるとさ、お前のことばっか考えちまって辛かったよ。グラウンドとかさ、部室棟の裏とかさ……」 遠い目をして、苦そうに言われて、それにもまたドキッとした。 ああ、一緒だなぁ、と思う。 『お前はいい投手だよ』 『投手としてじゃなくても、オレは……』 11ヶ月前に貰った言葉が、耳の中によみがえる。 「お、オレも、大晦日、部室棟に行ったんだ、よ」 オレの言葉に「そうか」って、あの時と同じようにうなずかれた。ぎゅっと手を握って、笑わずに、バカにせずに、ちゃんと話を聞いてくれる阿部君。野球をするためのその手は、肉厚で大きく力強い。 「オレ、あん時、捕手に目覚めたんだぜ。三橋」 って。そんな言葉は、とてもホントだとは思えなかったけど……阿部君の手は温かくて、もう大丈夫なんだなと安心した。 安心したから、気が緩んじゃったのかな? 「オレ……阿部君が、好きだ」 気付いたら、口走ってた。 しまった、と思ったけど、一度出ちゃった言葉は口の中に戻らない。 ぐっとお腹に力を入れて、勇気を出して、阿部君の顔をじっと見る。阿部君は、ぽかんとした顔でオレの方を見つめてた。 繋いだ手がどんどん熱くなって、それにも勇気を貰える。 「あ、阿部君、は、返事、いらないって言ってた、けど。ま、まだ間に合うなら、返事……」 言いながら、カーッと顔が熱くなるのが自分でも分かった。 多分、今、とんでもなく真っ赤だ。でも阿部君も真っ赤になってたから、そのまま逃げずに向き合えた。 ぐっと抱き寄せられて、セーターの肩口に顔をうずめる。 「もう、よそに行けなんて言うなよ」 ぼそりと囁かれて、こくんとうなずく。 「好きだ」 3度目の告白に、胸の奥まで熱くなる。 「おーい、三橋、メシ食う時間なくなるぞー!」 グラウンドの外から花井君に声を掛けられるまで、しばらくそのまま動けなかった。 阿部君の転入は、4月1日付だったから、練習に参加できるのも4月からになった。 その頃には新1年生もちらほらと練習に参加するようになって、なんだか一気に賑やかだ。早朝の瞑想の車座もその分だけ大きくなった。 まだ薄暗い空が、東からゆっくりと明るくなって、金色に染まる。 1日が始まるなって思える瞬間、隣に阿部君がいてくれて嬉しい。やるぞーって、力がどんどん湧いてくる。 見慣れてたハズの、阿部君の防具姿もすごく新鮮で、震えるくらい嬉しかった。 「おし、軽く10球からな」 大きなミットで、ぼすんと頭を叩かれる。 「よかったな、三橋」 バットを持った田島君が、ニカッと笑って手を振った。 「うん!」 笑顔で答えて、小走りにブルペンに向かう。もう、どんなスゴイ相手にだって、負ける気がしない。阿部君と一緒で、よかったと思った。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |