小説 1−8
エンカウンター・前編 (高校生・阿→三・モブ注意)
※アベモブとモブミハが某所で鉢合わせするところから始まります。苦手な方はご注意ください。
「さあ、タカヤ君、行こうか」
ピンクや黄緑の、鮮やかなネオンで彩られたラブホテル。男に肩を抱かれながら、オレは1歩1歩中に進んだ。
「緊張してる?」
彼の言葉に、こくりとうなずく。
ゲイ専門の出会い系アプリで知り合った初対面の相手と、これから一夜を共にするんだ。キンチョーしない訳がない。
オレの様子に、相手の人は「楽にしていいよー」って機嫌よく笑ってる。
大柄だっていうから筋肉モリモリなんだと思ってたら、意外とぽっちゃり系で予想とは外れたけど、オレだって外見に自信がある訳じゃないから、贅沢は言えない。
普通、男の人って誰でも女を抱きたいハズだ。なのに、こんなガリガリで色気のないオレなんかを相手にしようって言ってくれるんだから、有難いと思わなきゃ。
幼稚園に入った頃から、好きになるのはいつも男の子ばかりだった。
そのうち野球をするようになって、周りが男ばかりになって、変だなって思う気持ちはますます強くなった。
高校に入ってからは、特にそうだ。共学の公立校で、クラスの半分は女子だっていうのに、気が付くと目で追ってるのは男子ばかり。
オレよりも太い腕とか、高い上背、広い背中、濃い体毛、青臭い体臭まで何もかもにドキドキする。
野球部で回ってくるエロ本では、キレイな裸の女の子よりも、ちらっと写ってる男優さんの腕やお腹に目が行った。
オレもこんな風に抱かれたい。そう思ったらもう我慢できなくて、散々迷った挙句、出会い系アプリを利用したんだ。
思い切って登録してよかった。世の中には、そういう嗜好の人がいっぱいいるって分かった。冷やかし半分な人もいるかもだけど、真面目に悩んでる人も多い。割り切って受け入れてる人も多い。
だからオレも割り切って、受け入れて楽しむことにした。
「こういうトコ、初めて?」
嬉しそうに訊いてくる彼は、ハンドルネーム・球児さん。ホントかどうかは分かんないけど、昔、高校球児だったんだって。
ホテルの中は、外とは逆に照明が抑えめだった。薄暗いホールの真ん中に、パァッと明るいパネルがあって、その前に先客が立ってる。
やっぱり男女2人連れで、それが普通なのかなぁと思った。
パネルには明かりの点いてるのと消えてるのがあって、どうやら点灯してる方が空き室みたい。
前に立ってたカップルが、部屋を選んで鍵を受け取り脇にどく。
あんまじろじろ見ちゃいけないと思って、オレは球児さんの後ろに隠れた。
男同士で来てるっていうのも、知られたくないし、見られたくない。けど、球児さんはこういうのに慣れてるのか、あんま羞恥心とかないみたい。
「タカヤ君、どんな部屋がいい? 和室、洋室?」
声を潜めもしないで肩を抱き、パネルの前にオレを押し出した。
その声が聞こえちゃったかな? 脇にどいたハズのさっきのカップルが、こっちを振り向く気配がした。
「やぁだ、同じ名前」
女の子にくすくす笑われて、じわっと顔が熱くなる。女の子の横で、連れの男の子が、ひゅっと息を呑んだのが分かった。
もう、落ち着いて部屋を選べる心境じゃない。
「タカヤ君?」
球児さんがオレの顔を覗き込む。その直後――。
「タカヤ?」
聞き覚えのある声が、オレのハンドルネームを口にした。
ギョッとして振り向くと、そこには思った通りの知り合いの顔。
「へぇ、お前、タカヤ君っつーのか。知らなかったな」
凶悪な笑みを浮かべ、オレの腕をぐいっと掴んだのは、阿部隆也君。オレと野球部でバッテリーを組んでる相棒で……ハンドルネームに名前を借りた相手だった。
「何だい、キミ? マナーが悪いぞ」
球児さんがオレを庇おうとしてくれたけど、阿部君の眼中にはないみたい。
「ねぇ、行こうよぉ」
一緒に来てる連れの女の子の手も振り払い、阿部君がぐいっとオレの手を引いた。
「お前、そういうシュミ?」
短く訊かれて、ぐっと言葉に詰まる。
ニヤッと笑みを浮かべてるけど、目がちっとも笑ってなくて、無茶苦茶怖い。
どうするのかと思ったら、「じゃー、行くぞ」って。そのままぐいっと手を引かれ、奥のエレベーターに連れて行かれそうになる。
「う、えっ、行くって?」
とっさに訊くと、チャリッと鍵を見せられて、ニヤッと笑われた。
「部屋に行くに決まってんだろ」
「部、屋っ!?」
部屋って。いや、ラブホテルなんだし、鍵を受け取ったら後はそうなのかも知れないけど、そういう問題じゃなくて、えーと、相手が違うよね?
「キミ!」
「ちょっとぉ!」
球児さんと女の子、2人が焦ったように追いかけて来て、阿部君の足が一旦止まる。一瞬ホッとしたけど――。
「うるせー、デブ!」
阿部君はそう言って、自分の連れの女の子を球児さんに向けて突き飛ばした。
「デブはデブどうしでヤッてろ」
「いや、僕は……」
女の子を支えつつ、オレの顔を呆然と見る球児さん。その球児さんを振り払い、きぃっと髪を振り乱す女の子。カオスだ。
「はああ? あたしのどこがデブいのよ!?」
食って掛かる女の子に、阿部君は真顔で「胸」って答えて、そのままエレベーターにオレを連れて乗り込んだ。
「その胸、脂肪だらけだぞ。それ何とかするまで、2度とオレに声掛けんな」
あんまりなセリフを残し、エレベーターの扉がシューッと閉まる。
「あ、あ、あ、あ、あのっ」
キョドリながら声を掛けたけど、阿部君からのコメントはない。
すぐにオレのケータイが鳴って、あわあわとポケットから取り出したけど、横からさっと奪われて電源を切られた。
その後は、無言で。
「じゃあ、楽しもうか、タカヤ君。それとも、本名で呼んで欲しいか、三橋?」
部屋に入った後、阿部君はそう言って、オレの胸倉をグイッと掴んだ。
(続く)
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