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小説 1−8
嵐のビジホ・2 (にょた)
 ビックリした。
 確かに、メシの前に一休みしようとは言ったけど、シャワー浴びんのは「一休み」って言わなくねぇ?
 つーか、100万歩譲ってシャワー浴びんのまではいいとしても、なんで浴衣着てんだよ? なんで髪まで洗ってんの? 意味分かんねぇ。これからメシだっつっただろ? 
「何着てんだ、お前!?」
 思わず怒鳴ると、三橋はびくっと飛び上がってから、オレの顔を見てフリーズした。
 化粧を落とした清楚な口が、呆けたみてーにパカッと開く。
「ゆ……浴衣、です、けど」
 って。それは見りゃ分かるっつの。
「あの、ベッドの上に置いてあって……」
 って。それも分かってる。オレが訊きてーのは、浴衣着た理由だ。けど、バカ正直に訊いちまうと、また見当外れの答えが返ってくるだろうって、それもまた分かってる。

「あのな、今からメシ食いに行くっつっただろ……」
 苛立ちを抑えて言い聞かせるように口に出すと、なんかドッと疲れが沸いて、大きなため息が口から漏れた。
 ホテルん中のレストランなら、浴衣でもまあいいかも知んねーけど、このホテルにはねーんだ、って。フロントのスタッフが言ってただろ? 聞いてなかったのか?
 ……聞いてなかったんだろな。
 会議でもミーティングでも大体こんな感じだし。容易に想像できて、もう言葉が浮かばねぇ。
「すみ、ま、せん」
 オレの様子を見て、さすがに悪いと思ったのか、三橋がつっかえながら謝った。
 返事もしねーで黙ってると――。

「あのっ、ぬ、脱ぎます」

 そんな言葉が聞こえて、さすがに耳を疑った。
 脱ぎます、って。
「……はあ?」
 聞き間違いかと思って顔を上げると、三橋がしゅっと紺色の帯をほどいてる。
「おいっ!」
 オレが慌てて叫ぶのと、三橋がバッと浴衣の前を開くのと、ほぼ同時だった。
 ホント、信じらんねぇ。これでも女か?
 咄嗟に顔を背けたけど、真っ白な肌と形のいい胸が、網膜に焼き付いて離れねぇ。ヤベェ。

「バカ! 脱ぐな!」
 顔を背けたまま立ち上がり、オレはダッとドアの方に駆け出した。上着の内ポケットに財布があんのを確認して、そのままシングルルームから飛び出す。
 マジ勘弁して欲しい。
 じりじりとエレベーターを待ち、飛び乗って1Fボタンと「閉」のボタンを連打する。
「部屋のキャンセルはねーんスか!?」
 フロントに駆け寄って、大声を出したけど、「すみません」って恐縮されるだけだった。
 くそっ、と思う。
 いっそこのまま駅に向かって、新幹線の復旧を待つか?
 半ば真剣に考えたけど、そういやカバンや資料をアイツの部屋に置きっぱなしだ。あんなヤツに、大事な資料なんか任せらんねぇ。戻るしかねーのか?

 スラックスのポケットに入れてたケータイが、ブゥンと震えたのは、その時だった。画面を見ると、三橋からの着信だ。
 迷ったけど、出ねぇ訳にはいかねぇ。
「……何?」
 思いっ切り低い声で応じると、聞こえて来たのは『せっ、しぇんぱい……っ』っつー三橋の半泣きの声。
 女に泣かれんのは苦手だ。ウゼーし面倒だし、どうすりゃいいのか分かんなくなる。
『す、すみませんっ』
 謝られると、取り敢えずは「あー」と答えるしかねぇ。まあ、何も言わずに飛び出して来たのは悪かったし、これ以上どうこう言って、更に泣かれても困る。
 ムカつこうがウザかろうが、こっちが大人になるしかなかった。
「もういーよ。どっかで適当にメシ買って来てやるから、お前はそれまでに、もっかい浴衣着てろ。分かったか?」
 『はい』っつー返事を聞いてから、ぷちんと通話を切って、大きな大きなため息をつく。

 ホテルのロビーも人が多かったように思ったけど、ホテルの外はもっと混雑してた。
 新幹線は、やっぱまだ動いてねぇらしい。
 復旧までの時間潰しか、ハンバーガー屋の中が満員だ。コンビニの中も混雑してて、おにぎりもパンもガラガラだった。
 頭上を見上げると、空は相変わらず不気味な色で、雲の流れもスゲー速い。
 びゅうっ、と塵を巻き上げて吹き荒れる風。気のせいか、ゴロゴロと雷っぽい音も聞こえてきた。
 駅弁でも売ってねーかと駅構内に立ち入ると、さっきよりもスゲー人混みで、うわっ、と思う。
 これ、復旧しても、乗れるまでには相当かかるんじゃねーか? 早い時間の指定席から優先……とか、あんのかな? チェックなんかしてたら余計手間だし、それはねーか?
 駅弁は当然のように売り切れだったけど、ダメ元で寄ってみたデパ地下で、何とか2人分確保できてよかった。
 「スペシャルステーキ御膳」と、「特選カニちらし幕の内」に野菜サラダを2個買って、それから甘口のワインの小瓶を1つ買う。
 裸を見ちまったお詫びっつーか……いや、見せたのは三橋だけど……そうさせたのはオレの叱り方が悪かったからだし。半泣きにさせた気まずさも、これで帳消しになればと思った。

 買い物を済ませて地上に戻ると、ぽつぽつと大粒の雨が降り出してた。
 ゴロゴロゴロ、と雷の音がハッキリ聞こえ、嵐の予感に顔をしかめる。
 新幹線は、雨とか雷に弱いっつーしな。今日中の復旧は無理かも知んねぇ。最悪、三橋のあのシングルで、毛布借りてソファで寝るしかねーのかも。
 ビジホに向けて早足で歩いてる間にも、どんどん雨足が強くなる。
 ザアッと音を立てて強い雨が降り出したのと、ドーンと雷が鳴ったのと、ほぼ同時だった。
「きゃーっ」
 どっかで叫ぶ、女の悲鳴が耳に届く。

 ……アイツは大丈夫かな?
 ふっと脳裏に浮かんだのは、世話の焼ける後輩の顔だ。
 雷が鳴ったって、ぼうっと聞いてそうな気もするけど、やっぱアレでも女だし。「きゃあ」って甲高い悲鳴を上げて、うずくまってたりしねーかな?

(続く)

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