小説 1−8
男の勝負パンツ・後編
翌日の土曜は、ちょっとウキウキしながら家を出た。
近くのスーパーで買うのかと思ったら、電車で行くって言われて。なんでかよく分かんなかったけど、最近忙しくてデートもしてなかったから、遠出できるのは単純に嬉しい。
「ネットで専門店見つけたんだ。珍しいんだぜ?」
ふふんと笑ってる阿部君は、昨日と同じく得意顔だ。
そういや、女性用の専門店は見かけたことあるけど、男性用の下着専門店って珍しい。
「今はネットで何でも買えるから、実店舗って、逆にあんま行かねーよな」
阿部君の言葉に、うんうんとうなずく。
そういえば、下着だってネット通販できるんだな。オレ、いつも適当に近くのスーパーで、3枚組1500円とか5枚組2000円のとか買ってたから、思いつかなかった。
合理主義な阿部君なら「時間の無駄だろ」って、迷わずネットでってなりそうなのに、わざわざ遠出してくれるなんて珍しい。
やっぱり、オレの気分転換も兼ねてるんだろうか? 大事にされてるのかなぁと思うと、嬉しくて笑みが浮かぶ。
最近オレ、残業続きで早く家に帰れなかったし。
下着がボロボロだったからとは思いたくないけど、そういう色っぽいムードには欠けてたかも知れない。これからは、もっと気を付けた方がいいのかなぁって反省した。
下着を生ゴミと一緒にしなかったのにも、理由があるんだって。
「ネットで風水について読んでたら、下着の捨て方って項目もあってさ……」
くくっと笑いながら、風水を語る阿部君。まるっきり信じ込んでる訳じゃなさそうだけど、バカにしてるって風でもない。
じゃあ、昨日ゴソッと古い物を捨てたのにも、風水以外の意味ってあったのかな?
阿部君には昨日、「気になるならゴミ袋取って来るか?」って言われたんだけど、もういいやって思って見るのをやめた。
信頼してるのもあるし、それに恋人に「ゴミだ」って思われたもの、取り返して大事にしても仕方ない。
古くなったタオル類は雑巾にできるけど、シャツや下着はどうしようもない、もんね。
スッキリしたクローゼットの中はすっごく見やすくて、服を選ぶのもいつもより楽だ。
パンツは、春先に買った3枚組のだけしか残ってなくて冷や汗をかいたけど、阿部君がプレゼントしてくれるっていうし、たまには遠慮なく甘えてもいいよね。
「お、オレ、阿部君にもプレゼント、したい」
鼻息荒くそう言うと、阿部君は「いーぜ」ってニヤッと笑った。
「お前の選んだヤツはいてやるから、お前もオレの選んだ下着、ちゃんと毎日はくんだぞ」
即答で「うん」ってうなずいたものの、何となくそのニヤニヤ笑いに不安になった。
試合中によく見た顔っていうか、何かを企んでそうな笑みっていうか……とにかく不穏、で。でも、お店で下着買うだけなんだし、不穏も罠もないと思う。
黄色が金運、赤が勝負運……とか風水的なこと言われると、そのカラフルぶりにはビビるけど、そういうトランクスはいてた人もいるし、普通だよね?
電車を降りたのは、新宿だった。
「こっちだな」
ケータイで地図を確認しながら、人混みを抜けて裏通りに入る。
5階建ての少し古いビルから、吹き抜けの階段を下に覗くと、地下の入り口の前に小さな看板と万国旗が見えた。
階段を降りてビックリしたのは、万国旗だと思ったモノが、赤や黄色や黄緑なんかの、カラフルなブリーフだったからだ。
「うお……っ」
絶句して入り口で立ち竦むオレをよそに、阿部君はスタスタと店の中に入ってく。
「何してんだ、来いよ」
ニヤッと笑いながら手招きされたら、もう入るしかなかった。
店内は、思った通りカラフルだった。
小学校の教室くらいの店内に、棚やキャスターハンガーが置かれ、ギッシリとハンガーやフックが掛かってる。
「いらっしゃい」
背後から声をかけられ、ギョッとして振り向くと、入り口のすぐ横にレジがあって、筋肉モリモリのオジサンが座ってた。
キョドりながら会釈し、すぐ横にあるコーナーに目を向けると、ビキニパンツがギッシリ並んでて、ビックリした。
一目見て男性用だと分かるのは、生地がすごく立体的だったからだ。
「こ、れ……」
もっこりとふくらんだパンツの前布をそっと触ると、当たり前だけどただの布だ。
赤のビキニ、青のビキニ、チェックのビキニ、ストライプのビキニ。形は同じなのに色柄が豊富で、感心してる場合じゃないけどちょっとスゴい。
ビキニパンツの下には普通のブリーフもあったけど、やっぱり赤とか黄色とかビビットなのが多くて、あまり「普通」とは言えなかった。
トランクスでカラフルなのは見たことあるけど、普通のブリーフでカラフルなのって、どうしてこんなに破壊力が大きいんだろう?
「三橋、見ろよ、ジョックあるぞ」
阿部君に呼ばれて、彼の方にふらふらと近寄る。
ジョックって聞いてパッと思い浮かぶのは、野球の試合で、ユニフォームの下にセーフティカップを着ける時の専用の下着、だ。
でも、この店に並んでるジョックストラップは、カップを入れるスリットなんてついてなくて――前布とウェストゴムと2本のお尻ストラップがあるだけの、ただのセクシー下着だった。
カラフルな色彩の、ジョックストラップ。
そこから目を逸らすと、総レースのパンツもあって、妙に立体的な造りがいかにも男性用っぽくて、目のやりどころにすごく困る。
これ、全部スケスケじゃないのかな? 赤面しながら手を伸ばすと、「それが欲しいのか?」って。
「勝負運を上げるなら赤だけど、人間関係の改善にはラベンダーか水色がイイってよ」
ニヤッと笑いながら、色のウンチクを語り始めた阿部君。絶対わざとだ。
「お前、最近ツイてねーもんな」
とか。
「オレが選んだ下着、毎日はいて行くんだろ?」
とか。
退路を断たれると、反論もできない。
もしかして、オレの古い下着をごそっと捨てたのは、こういうのを着せたかったから、なの、か?
「悪運をリセットするなら、清楚な白な」
立体カットの総レースビキニを棚から取って、買い物カゴに入れてく阿部君を呆然と見つめる。
色は白でもスケスケの総レースは、あまり清楚って言えないような気がした。
(終)
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