小説 1−8 くろがね王と王妃の祭り・5 少しだけ距離を開け、レンと背中合わせに壇上に立つ。 間もなく太鼓の音が鳴り響き、たくさんの笛が高く鳴った。それに合わせて剣を抜き、レンに教わった振り付け通り、ゆったりと動いて振り返る。 目の前に立つのは、最愛の王妃だ。 オレの振るう剣を軽やかに躱し、くるっと楽しげに踊るレン。 時折打ち合わせる儀式剣、ゴツンとくる衝撃を上手に受け流し、横に、後ろにキレイな1回転を見せる。 片足をピンと伸ばして高くターン、腰を落として低くターン。キレイな足さばきでステップを踏み、要所要所でポーズを決める。 とろけるような笑み。動くたび、身に着けた金銀がきらきら光って、スゲーきれいだ。 民衆の方からも、どうっとどよめきが沸き起こる。 剣を伸ばして打ち合い、互いに引いて、くるりと舞う。もっかい打ち合った後、簡単なステップを踏んでターン。 キリキリキリ、とオレより数回多く回ったレンが、ピタッと動きを止めてオレを見る。 夜風をはらむ白い衣装が、ふわりと舞って優雅になびく。 大きな動きで踊るのは、体を大きく見せる基本らしい。けど、オレはレンよりももっと体がデカいから、棒立ちで剣を振ってるだけじゃ、隙だらけに見えるとか。 まあ確かに、実際に剣で打ち合いする時だって、棒立ちじゃねーもんな。間合いを測りつつ、相手の隙を狙って右に左に移動する。 舞踏としてじゃなく、ホントに打ち合いしてるみてーな、剣を振るいながらのステップ。右に3歩進み、左にまた3歩、剣を打ち合わせて場所を入れ替え、剣を大きく薙ぎ払う。 オレの動きに見事に合わせ、側転、後転。くるりくるりと回るレン。 近寄って剣を打ち合い、離れてはターン。2人して月を見上げ、剣を掲げてまた見つめ合う。 月とレンしか、もうオレの目には入んなかった。来賓も、国内の貴族も、侍従や侍女も、どうでもいい。 やぐらの下に集う民衆が、踊ってんのかオレらを見てんのか、それすらも目に入らねぇ。 伸び伸びと手足を伸ばし、オレだけを瞳に映してレンが優雅に舞いを捧げる。 美しく魅力的な、月の舞姫。 その見事な舞いの前に、今までどんだけの努力を重ねたんだろう? 側近に勧められての2人舞いだったけど、一緒に舞うことになって、結果的にはよかった。 「剣の振りは、こう、で」 とか。 「ステップは、こんな感じ、で」 とか。戸惑いがちにオレに振り付けを指南することで、レンにもちょっとは自信がついたんじゃねーかと思う。 普段はオレのこと、絶対的な王として崇めてるようなトコもあったけど……舞いに関しては、レンの方がレベルが上だし。これも、日頃の積み重ねの結果なんだって、自分を認められりゃいい。 頑張ってんのは、ちゃんと見て知ってる。 出会った時は、とんでもなく自己評価低かったけど、今は誉めると恥じらうようになってきた。 「レン……」 決められた振り付けをなぞりながら、目の前の愛おしい舞姫を見る。 音楽のペースが早くなり、太鼓の音が激しくなった。 キリキリと目まぐるしくターンするレン。月明かりを反射して、きらきらと全身が光ってる。 剣を収め、片手を伸ばして迎え入れると、レンがオレに抱き付いた。その腰をしっかりと掴み、高く掲げながら回ってやると、激しい音楽を打ち消すように、どうっと民衆が歓声を上げた。 ふっ、と笑みがこぼれる。 少々の運動で鼓動が高まり、気持ちも同時に高まった。 最後のポーズを決める代わりに、抱き上げたまま唇を奪うと――レンがびくんと肩を震わせ、オレの首元に縋りついた。 歓声がさらにデカくなり、きゃあきゃあと悲鳴まで聞こえる。 玉座の方に目をやると、大臣や側近が困ったように笑ってたけど、レンがあまりに可愛かったんだから仕方ねぇ。 やまねぇ拍手と歓声の中、次の音楽が鳴り響き、やぐらの下で白装束の舞姫たちが踊り出す。 後は、もう、無礼講で。 オレはそのまま玉座には戻らず、レンを担いだまま壇上を降りた。 「どちらへ」なんて野暮なこと訊くヤツは、誰もいねぇ。 誰にも見咎められることなく、灯りのともされた廊下を歩き、ひたすら後宮の中を目指す。 「タカヤ、様……」 耳元で囁かれんのは、王妃なりの可愛い抗議だろうか? けど、悪ぃがのんびり祭りなんて眺めるような気分じゃねぇ。 全身に熱い血がどくどくと巡り、じっと座ってなんかいられなかった。 後を追って来た侍女たちが、素早く後宮に明かりを入れ、夜の支度を整えた。それももう、いつものことだ。 王の寝室にドカドカと入り、月明かりの照らす寝台の上に、遠慮なくどさりと王妃を落とす。 首飾りや耳飾りがしゃらんとかすかに音を立て、レンが「あっ」と淡くうめいた。 顔が赤いのは、剣舞を終えた興奮からか? それとも、これから始まる「儀式」に期待してんだろうか? 「お前、踊ってる間、誰を見てた?」 揃いの白い衣装をはぎ取りながらレンに問うと、ぽうっとした声で応えが返る。 「タカヤ様、を」 それは、あの初めての夜と同じ応えで――。 「オレもだ」 きっぱりとそう告げて、自分の衣装を性急に脱ぐ。 月が頭上で、笑ってるような気がした。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |