小説 1−8 くろがね王と王妃の祭り・4 祭りは、日が暮れてから本番を迎えた。 夜空には幸い雲もなく、すっきりと晴れた星空だ。月が冴え冴えと東から昇り、城下町を照らしてる。 去年の結婚式の時と同じ様式で、貴賓席を作り、祭壇をしつらえた。 集まったたくさんの民衆の歓声を受け、着飾った大臣が祭りの開始を宣言する。何かいいことを言ったんだろう、民衆がどわっと盛り上がった。 普段は面白みに欠けるオッサンだけど、やっぱ年の功もあるんだろう。ああいう面倒な儀式は、大臣に任せておくに限る。 やがて、出番が来たみてーだ。 「陛下、王妃様も。おでましを」 侍従に促され、「ああ」と返事して立ち上がる。 剣舞を舞うための白い衣装を着た上に、新しくしつらえた白と銀のマントをまとい、鉄剣を腰に帯びる。 一方のレンは、同じく白い衣装をまとい、きらめく金銀や宝石で、耳や首、手足や頭を美しく飾り立てていた。 そのままでも十分に魅力的なレンが、化粧を施し、金銀で身を飾ると一際美しく輝きを増す。 月明かりを受け、きらきらと無数の光をまとう姿は、まさしく月の精のようだ。 きっと誰もが心を奪われる、美しき月の舞姫。 けど今は、オレだけの王妃で――。 「きれいだな」 歩き出す前にこそりと耳元で囁いてやると、恥じらうように目線を下げて。 「た、タカヤ様こそ……素敵、です」 そう言って、ふひっと照れ臭そうに笑う様子が、言いようもねぇくらい可愛かった。 大臣と入れ替わるように壇上に立つと、そこがかなり高い、やぐら状になってると気付いた。 民衆の大歓声に手を挙げて応えながら、油断なく周囲に視線を巡らせる。 四方に控える近衛兵。暴徒の突撃も、射手による攻撃も、距離と高さのお陰でひとまずは防げそうで、安心した。 舞いを奉じる踊り子たちは、ここよりも数段低い位置にいるようだ。 儀式の段取りは、当初の案のまま触ってねぇ。まず民衆が踊り、舞姫たちが踊り、この壇上でオレとレンが踊る。その後また、舞姫たちが踊って、以後は無礼講とする。 玉座にレンと並んで座ると、段取り通り、間もなく鳴り響く舞踏音楽。 笛や太鼓、木琴に竪琴……。この日のために雇い入れた、大勢の楽士たちが、一斉に軽快な音楽を奏で始める。 それにどわっと歓声が上がって――思ってたより大勢の民衆が、その場で踊りだしたからビックリした。 儀式だからって、いきなり「踊れ」つっても無理だろうと思って、かなりのサクラを用意するって話だったけど。それも必要が無かったみてーだ。 酒のせいか? 祭の雰囲気に酔ってんだろうか? 高いやぐらの上から見下ろす眼下、集まった民衆のほとんどが、競うように楽しげに踊り出してる。 「すごい!」 隣の玉座で、レンが感嘆の声を上げた。やっぱ驚いてるみてーだけど、笑顔だ。 「タカヤ様、みんな、スゴイです、ねっ」 玉座から思わず立ち上がり、ハッとして慌てて座り直す無邪気なレン。さっそく自分も踊りたくなってんだろう。そわそわしてる様子が可愛くて、ふふっと笑う。 「昨日からずっと、この調子だったようで」 同じく苦笑しながら、側近の1人がこそりと教えてくれた。 「前夜祭にと、初めは流しの旅芸人たちが、あちこちで踊っていたようなのですが、それに合わせ、市民たちが次々に踊りだし……。疲れたら休み、休んだらまた踊り、歌い、杯を交わし合って。街全体が、巨大な宴会場のようになっているような有様です」 巨大な宴会場。確かにその通りで、苦笑するしかない。無礼講にはまだ早いが、水を差すのもはばかられる。 「なるほどな」 前夜祭で賑やかにやってるって話は、確かに昨日報告を受けた。まさかここまでとは思ってなかったけど、これもまあ、悪くねぇ。 「国内外から集まった民は、みな、陛下と王妃様のむつまじさをお祝い申し上げております」 それはどうかと思ったが、「喜ばしいな」と応えておく。 ただ歌い騒ぎてぇだけなんじゃねーかとも見えるけど、例えそうでも、しーんと冷ややかに眺められるより断然いい。 何より、横に座るレンが喜んでる。 「みんな、楽しそう」 そわそわしながら、胸元でぎゅっと手を握って。 きれいな澄んだ瞳に平和な祭りの光景を映して、嬉しそうに眺めてる。 音楽が一旦終わり、大きな歓声と拍手が起こった。すぐに次の音楽が流れ、舞姫たちが踊り出す。 オレとレンが玉座から立ち上がると、ひと際大きな歓声が上がった。 マントをばさりと脱ぎ落とし、侍従がうやうやしく捧げた宝剣を2本、掴み取る。 腰に帯びた鉄剣とは違う、刃先をつぶした儀式用の剣だ。 剣舞っつーのは、本来は木でできた小道具を使うらしいが、敢えて鉄剣でとレンが望んだ。 「タカヤ様は、『くろがね王』って尊称される方、です、から」 誇らしげに頬を染めてそう言われれば、可愛いワガママの1つくらい叶えるのは訳もねぇ。 「レン、準備はいいか」 小さい方の宝剣を投げ渡すと、レンはそれを見事に受け止めた。 「はい!」 自信に満ちた顔。 2人して同時に月を見上げ、またお互いに視線を戻す。 民衆の歓声も気にならねぇ。 今、オレの目に映んのは最愛の王妃だけで。王妃の目に映んのも、また、オレだけなのが嬉しかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |