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小説 1−8
くろがね王と王妃の祭り・3
 ランタンの点灯が始まったのは、祭りの1週間前からだった。
 市民が自主的に始めたそうで、特に禁止することでもねーから、そのままにさせた。初めての国を挙げての夜の祭りに、みんな盛り上がってるらしい。
 治安も今んとこ大した騒ぎは起きてねーようで、設置されたランタンの破損被害も、数件しか上がってねぇ。
 別に恐怖政治を敷いてるつもりはなかったけど、先の粛清のこともあってか、オレの短気なのが民衆には広まってるらしい。「王宮を怒らすな」って示し合わせにもなってるって話だ。
 「下手すると、祭りの取りやめもあるぞ」とか、「月祭りが血祭りに変わるぞ」とか、「生贄を捧げる気か?」とか、噂になってるって話も聞こえてはくるけど、敢えて訂正はしなかった。
 王宮に対する畏怖ってのはやっぱ、ある程度は必要だと思うし。まあ、自主的に治安を守ってくれんのは結構な話だ。
 ランタンの点灯と同時に、屋台や露天も次々広がり始めたけど、それでも特に、小競り合い以上の問題は起こってねぇらしい。少なくとも、オレの耳には入らなかった。
 前夜祭と称して賑やかにやってると報告は受けたが、「好きにさせとけ」と放置した。治安さえ守ってくれんなら、庶民は庶民で盛り上がればいいだろう。
「みんな、喜んでる証拠、です、ね」
 レンも、そう言って賛成してくれた。

 祭りの予兆に盛り上がる首都をよそに、オレの方は来賓を招いて連日の宴会だ。
 我が国の貴族も、他国からの使者も、祭りより何日も前に到着してゆったりと過ごしてる。
「賑やかで楽しいです、ねっ」
 レンが嬉しそうにしてんのはいいけど、オレとしては、大勢で賑やかに宴会するより、レンと2人でゆったりとメシ食う方が、落ち着くし、好きだ。
 酒の勢いを借りて、よそ者が馴れ馴れしくレンに挨拶しに来たり、酌に来たり、色目使いに来たりするから、少しも気が抜けねぇ。じろっと睨んでやると、愛想笑いを浮かべつつ退がってく様子が、余計にムカつく。
 まったく、大勢での宴会ほどウゼェものはなかった。

 宴会の後、数人の近衛兵だけを引き連れて、レンと共に宮殿の最も高い塔の上に昇った。
 ランタンに灯された城下町が一望できて、なかなか景色がいい。戦時中には、敵の動向を探るのに大いに役立つ場所だ。
 眼下には、白い明かりに照らされた、美しく賑やかな城下町。頭上には、ひっそりと白く輝く美しい月。
 城門に迫る敵でもなく、戦火に焼かれる街でもない。美しいものを妃と一緒に、ここで穏やかに眺められんのがどんだけ幸せなことか。
 平和の重みをしみじみと感じて、「きれいだな」と静かに呟く。
「タカヤ様……」
 レンが静かにオレを呼んで、甘えるように縋った。
「キレイだ、けど、ちょっと怖い」
 ひそやかに漏らされる弱み。
 キレイ過ぎてちょっと怖いっつー感覚は、分からねぇでもなかった。これをずっと守って行かねーとって思うと、さすがに身が引き締まる。

「怖いことなんか、なんもねーよ」
 抱き寄せて口接けると、優美な細い腕がオレの首に回された。はぁ、と熱っぽい息を耳元に吐かれ、ぞくりと体温が上がる。
 まったく、手練手管も何も知らねーくせに。いつも無意識にオレを煽って、王からただの男に変える。
 美しく穢れなく、頑張り屋で素直で、一途で謙虚な、とんでもねぇ悪妃だ。
 こいつに失望されたくなくて、オレも側近も、大臣も侍女も、みんなが手を抜けねーでいるって、本人はきっと思ってもねーんだろう。
「レン……」
 薄い唇に、白い頬に唇を寄せ、抱き締めながら背中と尻を軽く撫でると、「ふあっ」と甘い声が漏れた。
 誘ったのは自分のくせに。
「こ、ここじゃイヤ、です」
 可愛く手を突っぱねられ、上目遣いで見上げられたら、望み通りにするしかねぇ。

 いつまで経っても細いままの体を、片手で担ぐように抱き上げて、「降りるぞ」と近衛兵に声を掛ける。
 ぽつぽつとかがり火に照らされた長い階段を飛ぶように駆け下りて、早足で向かうのは勿論後宮の寝室だ。
 宴会の後、祭りの前夜。絶景を眺めても鎮まらねぇ興奮は、いっそ限界まで高めて解消するしかねぇだろう。
 察しのいい侍女たちが、いつも通りに支度を整えた寝室。
 心地のいい寝台の上に、最愛の王妃を投げ落とすと、レンがデカい目を見開いて艶っぽく笑った。
「ここなら文句ねーよな?」
 覆い被さってニヤリと笑うと、月明かりの中、白い顔がじわりと染まる。
「は、い」
 素直にうなずいて、恥じらうように目を逸らすのが、まったく可愛くて仕方ねぇ。何度抱いてもウブで、いっぱいいっぱいになってる様子がスゲーそそる。

 宴会の酒や料理のニオイの染みた、豪華な服を性急に脱がせ、同時に自分のまとったマントも落とした。
 国力を示すための盛装、権力の象徴たる王冠も、宝石も、金銀も何もかも、この王妃の前には不要だ。王妃を飾るすべてのモノも、同じくオレには意味がねぇ。
 愛するのは、互いだけに許された体と心。
 面倒な衣装を脱ぎ捨て、少しずつ肌をあらわにすると、レンが寝台の上に色っぽく横たわったまま、ぽうっとした顔でオレを眺める。
 そんな眩しいモノを見るような顔で、一体何を考えてんだろう? ホントに眩しいのは自分のくせに。
 髪に、瞳に、白い肌に月を映して、まっすぐオレだけを求められると、悪い気はしねぇ。真っ直ぐに純粋な愛情を向けられると、そんだけで背筋に快感が走った。
「何を見てる?」
 ふっと笑いながら問うと、「タカヤ様、を」ってうっとりとした言葉が返る。 
 足首を掴んでヒザを割り、白く細い脚に舌を這わすと、「あっ」と上ずった声が上がった。

「そのまま、オレだけを見てろ」
 キッパリと命じて、口接ける。
 明日の夜の月祭りの舞台では、きっと多くの民衆が、オレの舞姫に熱い視線を送るんだろう。
 けど、その舞姫の目が映していいのはオレだけだ。
「オレだけを見て、踊れ」
 そんな傲慢な命令に、レンは蕩けるような笑みを浮かべて、こくりと1つうなずいた。

(続く)

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