小説 1−8
くろがね王と王妃の祭り・2
周辺諸国にも、招待状を兼ねて告知を行った。
新婚旅行の時、花火の件で世話になった西隣の国からは、また花火はどうかと言って来た。勿論、今回は有料だ。
けど逆に、「タダで」って言って来るより好感は持てる。
国同士のやり取りにおいて、借りはあんま作らねぇ方がいい。せいぜい高値で職人を雇い、花火を仕入れてやる方が得策だろう。
西の湖での花火の話は、首都でも噂になってるみてーだし。月祭りの趣旨とはずれるような気もするが、翌日に後夜祭と銘打ってドーンと打ち上げてやれば、いい区切りになるだろう。
宮殿の物見やぐらから、レンと2人で眺めてもいい。
何よりレンが喜ぶだろうと思った。
レンの出身、北隣の国からは、レンの従姉妹でもあるルリ王女が来るらしい。
もう何回目だっつー感じだが、まあ、こちらとしても扱いに慣れてるし。下手に他の王族が来るより、レンの身の安全を考えりゃ、王太子とその正妃が来るより都合がいい。
実父に会えるのは遠そうだが、レンの命を狙ったのが誰なのか、まだハッキリと報告を受けてない以上、警戒は怠れねぇ。
またレンの方も、幼い頃に別れたっきりの実父については、特に思い入れもねぇようだった。
なんたって、今は実母が侍女として側にいるしな。
奥向きのことはレンに任せっきりで、オレは把握してねーけど、それなりに仲良く暮らしてるようで安心する。
レンにはいつも笑顔でいて欲しい。
そのためには良い政治をして、平和で豊かな国を一緒に作ってく。それが一番だと思ってる。
こんなに愛おしく思える存在と出会えたのは、ホントに奇跡だ。
今でも覚えてる。1年前の宴会の日――ボロをまとわされ、宴会のおこぼれにもあり付けず、外廊下でたった1人踊ってた、ガリガリの少年。
小汚い格好をさせられ、虐げられてたにも関わらず、大きなその目は曇りなく輝き、美しく月を映してた。
自分を「醜い」と言いながら、身を守るようにうつむき、震える彼のことを、オレは素直にきれいだと思った。
お世辞でも、社交辞令でもねぇ。
泥にまみれつつも手を染めず、真っ白で無垢なまま舞ってる様子は、ぬかるみに落ちた1粒の真珠のようだった。
奪われても盗まず、罵られても恨まず、転ばされても殴りかからず、我をなくすことのない高潔さ。美しく着飾り、媚びを売る美姫たちの中に、同じ心を持つヤツがどんくらいいるだろう?
そのくせ、オレが大臣にいつものイヤミ言われてんのを聞いて、くってかかったりして。まったく、あれの心の美しさには恐れ入る。
惚れずにはいらんなかった。
レンがみんなに認められたのも、恐らくはその高潔さが垣間見えたからだ。
努力家で自己評価が低く、それでいて他の人間を素直に認めてまっすぐに誉める。そんな愛らしい性格が、日を追うごとに分かって来て――なおさら周囲の連中を惹き付けた。
侍女や近衛兵、貴族や有力者、他国の使者も。みんなレンと深く付き合うごとに、あれの美しさに惹かれてく。
それが自分の王妃だってことに、誇らしさを感じんのは勿論だけど、それよりも独占欲が沸き上がって仕方ねぇ。
これはオレの妃だ。オレのものだ。
できれば後宮の最奥に閉じこめて、オレ以外の誰にも見せず、会わせず、言葉を交わすこともねぇようにしてやりてぇ。
オレだけを愛し、オレだけを見つめて、オレのことだけ想って過ごしゃいーのにとも思う。
けど、それはオレの隣に凛として立ちてぇっていう、レンの望みには反してて――。
「オレ、もっといっぱい勉強して、頑張って、タカヤ様のお役に立ちたい、ですっ」
曇りのねぇまなざしにオレを映し、輝くような笑みを浮かべてそう言われたら、それを許してやるしかなかった。
そもそも、欲しかったのは美しいだけの存在じゃねぇ。王妃だ。
私利私欲に走らず、まず民のことを思える者。オレが不在の時、王の代理をしっかりと任せられる者だ。
惚れた相手がその器で、ホントに良かった。
王妃に迎えてから1年経った今、しみじみ思う。やっぱ、レン以上の王妃は有り得ねぇ。
王族でありながら世俗を知り、苦労を知り、美しいだけじゃねぇ現実をよく知るレン。世の中が善人だけじゃねぇってことを知りながら、その上で人間不信に陥らず、無垢であり続けた。
それがどんだけ希有なことか、本人に自覚がねーのが、またスゲェ。
このレンを誰にも売らず、手放さず、敢えて小汚い姿に貶め、ずっと隠し護ってきた旅芸一座の座長に、感謝するしかねぇようだ。
あの旅芸一座も、月祭りには来るだろうか?
登録された舞い手や楽士団の中に、それらしい連中はいねぇみてーだが、登録してねーと踊れねぇって訳でもねーし。遠目からレンの舞い姿を見るくらいなら、いくらでもできる。
オレ自身も舞うんだと思うと、正直げんなりな気分だが……レンが考えてくれた振り付けは、なかなか悪くなかった。
「タカヤ様、あの、練習……っ」
木の剣を2本持ち、ニコニコ顔でオレを練習に誘う王妃を、「ああ」つって抱き寄せる。
すべらかな白い肌、陽光に輝く髪、デカい目にきらきらと光を映して眩しそうにオレを見るレンに、こっちの方が目が眩む。
そのレンが、オレと舞うために選んだのは剣舞。
「タカヤ様は、くろがねの王様、だ、から」
そう言って、誇らしそうに笑うレンが可愛くて愛おしくて、相変わらずきれいで、強く抱き締めずにはいられなかった。
(続く)
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