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小説 1−8
笑顔の返事・後編
 ゴールデンウィークにある1、2年生同士の練習試合で、オレたちもさっそく投げさせて貰えることになった。
 2年生の先輩を中心に、バッテリーミーティングで、何度もディスカッションを重ねた。
「最初に速球派投手でガンガン飛ばした後、中盤に三橋みてーな変化球投手でかく乱。7回か8回辺りに、力投派と交代して……」
「いや、押さえは左腕の方が……」
 先輩たちの意見を聞いて、必死にメモを取り、考える。
 投手数人で継投するのは、オレはあんま経験がなくて、こういうときうまく喋れない。
 投手のいっぱいいた学校と違って、体験談も失敗談もない。
 逆にあの千朶出身の谷嶋さんは、自分の意見もちゃんと持ってるみたいで、1年しか違わないのにスゴいと思った。
 それに付いていけるみんなもスゴい。

 大学はやっぱり、スゴい人いっぱいだ。オレも負けないぞ。そう思うと、ぐぐっと力が湧いてくる。
 ここに阿部君がいたら、やっぱり堂々と自分の意見を語ってたかな?
 同じ大学に通ってるのに、阿部君とはほとんど喋れてない。
 忘れようって思うのに、野球をやってるとどうしても彼のコトが頭に浮かんで、キッパリ思い切ることができない。
 望みないって分かってるのに、いつまでもうじうじ引きずってしまうのは、多分言葉でフラれてないからだ。
「じゃあ、三橋はA大との初戦で、中継ぎな」
 谷嶋さんに肩を叩かれ、「はいっ」と大声で返事する。
「先発のヤツ、気合入れろよ。ノックアウトで交代ってことになんねーようにな」
 先輩らの軽口に、先発に指名された同期も、大声で「はいっ」と返事した。
 投手だけじゃなくて、守備や打撃順なんかもどんどん決まってって、ああ、チームだなぁと思う。
 このチームで試合できる、ゴールデンウィークが待ち遠しかった。

 朝は6時から朝練だ。2時間たっぷり体を動かして、シャワーの後朝食。その後は、教科書のいっぱい詰まったカバンを担いで、各校舎へと散っていく。
「行ってき、ます」
 寮母さんに挨拶して玄関を出ると、ちょうど谷嶋さんが靴を履いてるとこだった。
「よー、三橋。お前1限目、何?」
「うお、て、哲学、です」
 待ってくれてるのが分かったから、返事をしながら急いでスニーカーに足を突っ込む。
「哲学かぁ、眠くねぇ?」
「ま、まだ1限目だ、から。午後の方がヤバい、です」
 話をしながら並んで歩き、大学の裏門から中庭に抜ける。

「ああーっ、確かに午後の座学は眠いわ」
 気安くそう言って、陽気に笑う谷嶋さん。何かと気にかけてくれてるのは、バッテリーコミュニケーションの一貫、かな?
 そういえば高1の時、阿部君といつも2人で行動するよう監督に言われて。阿部君はピリピリしてるし、オレは自分の意見をうまく言えないしで、なかなか会話にならなかった。
 普通に話せるようになったのは、いつからだっただろう?
 ……また話せなくなったのは?
 ぼんやりと階段を昇ってると、少し前にいた谷嶋さんが「あれっ?」と声を上げて、階段をたたたっと駆け上がった。
 突然の行動にビックリして追い掛けると、谷嶋さんはそのまま廊下を曲がり、突き当りの講義室の方に入ってく。
「阿部! お前、阿部だろ?」
 その声を聞いて、ビックリした。

 あ、阿部君!?
 後を追って中に入ると、いきなり谷嶋さんが振り向いた。
「なあ、阿部だよな、西浦の捕手の。なんだ、うちに入学したのか?」
 笑顔で屈託なく尋ねられ、誤魔化すこともできなくて、「はい」と答える。恐る恐る阿部君の方に目をやると、阿部君はこわばった顔で、こっちを向いて立ち竦んでた。
「千朶の……。ちわっ」
 数秒の沈黙の後、阿部君が谷嶋さんにぺこりと頭を下げた。荷物を適当な場所に起き、ゆっくりこっちに歩いて来る。
「顔見ねーから、よそ行ったかと思った。お前、野球部入んねーのか? それとも準硬式の方?」
 谷嶋さんの問いにイヤな顔することもなく、阿部君は淡々と答えた。もう野球は辞める、って。

「えっ、でもお前、見学に来てなかったか?」
 谷嶋さんの言葉に、ドキッとした。
 そういえば阿部君、高校の時も見学に行ってたんだっけ。そんな阿部君が、何の下調べもなく「M大がいいな」なんて言うハズない。
「いや、その後色々あって。他にやりたいことも見付けたんで」
 阿部君の説明に、「そうかぁ」と気まずそうに頭を掻く谷嶋さん。「……まあ、野球だけがすべてじゃねーよな」って。
 千朶みたいな強豪校でも、もしかしたら阿部君みたいに野球を辞める人、珍しくないのかも知れない。
「詮索して悪ぃ。でも野球、嫌いになった訳じゃねーんだろ?」
「まあ……」
 歯切れ悪く答える阿部君に、谷嶋さんは気安く笑って、「試合見に来いよ」と誘いをかけた。
「5月1日、朝9時から。三橋が投げるぜ、気になるだろ?」

 その言葉に、返事はない。
 気になるなんて、とても思って貰えるとは期待できなくて、片思いが痛かった。

 谷嶋さんが時計を見て、「ヤベェ」って言いつつ行っちゃった後は、オレと阿部君の2人だけが残された。
 講義室は学生でいっぱいなのに、2人ぼっちだ。
 阿部君と話したい。訊きたいこと、いっぱいある。けど、どう訊けばいいのか分かんなくて、考えが単語にまとまらない。
「阿部君、あの……」
 その後、何て言おうとしたのか自分でも分かんなかった。
 見学来てたって、ホント? ホントにもう野球やらないの? なんで? 両立できないの?
 オレ、野球頑張ってるよ。阿部君に見て欲しい。阿部君と一緒に野球やりたい。好きだ。ねえ、オレにできること、ないのかな?

 言葉に詰まって何も言えないでいると、阿部君が1つため息をついた。
「お前、1限目、何?」
 谷嶋さんと同じこと訊かれて、哲学だと答える。哲学の授業は、当然この講義室じゃなく、て。
「じゃー、早く自分の講義室に急げよ。チャイム鳴るぞ」
 阿部君はいつも通りの口調で、呆れたように廊下をアゴで差した。返事もできずに固まってると、くるっと背中を向けられて、ドキッとする。
 もうオレと話すこと、何もないって言いたいの?
 オレと一緒にいたくない?
「待っ、て!」
 慌てて手を伸ばし、腕を掴んで引き留めると、彼の真っ黒な目が無感情にオレを見下ろした。

「何?」
 短くて冷たい問い。
「し、試合。うちの大学の野球場である、から。見に……来、て?」
 縋るようにお願いすると、阿部君は「ああ」って爽やかに笑った。
「行けたらな」
 その瞬間、ずぎゅーんと胸が痛んだのは、それが社交辞令だって直感で分かったからだ。
 阿部君はもう、オレの試合も見たくない? それともオレの邪推のし過ぎで、ホントのホントは来る気、ある?
 でも、それを問いただすような勇気は、持ち合わせてなくて――。

「ぜ、絶対、だよ?」
「おー。頑張れよ」
 そんな会話だけをバカみたいに信じて、心の支えにするしかなかった。

   (終)

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