小説 1−8 笑顔の返事・中編 卒業式の後、すぐに野球部の寮に入り、練習に参加することになった。 大学は違うけど、同じくスポーツ特待で受験した田島君や花井君も、すぐに寮に入るんだって。 一般受験だった泉君や他のみんなは、もうちょっとのんびりするみたい。じゃあ、阿部君もそうなのかな? 気になったけど、「いつから行く?」なんて気安く訊けるような感じでもなくて、オレはひとりで準備を進めた。阿部君とは告白を躱されて以来、2人きりでは喋ってない。 あの告白のコト思い出すと、じわっと胸が痛む。 阿部君は、なんでオレと距離を取るんだろう? 田島君や泉君には「よく話し合え」って言われたけど、話の取っ掛かりすら探せなくて、どうすればいいのか分かんない。 あからさまに避けられてる訳じゃないけど、見えない壁を感じて寂しい。 受験のことしか原因は思いつかなくて、でも、オファーがあった時に喜んでくれたのは事実だし、それを考えると違うような気もする。 オレがこの大学を希望したのは、阿部君が「いいな」って言ってたからで――バッテリーを大事にするって、オレにも合う、って。あの時の阿部君も言ってくれたんだし。新しい環境で、また一緒に野球するようになれば、元のようになれるよね? オレはそれだけを信じて、早々に寮に入った。オレのいないとこで、阿部君に他の投手と仲良くなって欲しくなかった。 オレと同じくスポーツ推薦で野球部に入った同期は、15人くらいいるらしい。 大学全体で、スポーツ推薦枠は150人もいるんだって。硬式野球部以外に、準硬式野球部もあるし。剣道とか陸上とか水泳とか……確かに、スポーツって色々だ。 直接話したことはなくても、過去に対戦したり、名前を知ってる人は何人もいた。オレも同じく名前を知ってて貰えたみたいで、「西浦の三橋だろ?」って気安く呼んで貰えて嬉しかった。 一番びっくりしたのは、入寮当日に、上級生に笑顔で話しかけられたことだ。 「よお、三橋、来たな」 すっごく嬉しそうに名前を呼ばれて、「よろしくな」って握手されて、歓迎されてるっぽいけど戸惑ってキョドった。 見覚えのあるような無いような顔だけど、対戦した学校の先輩かな? じゃあ、1、2年生の時の対戦相手……? でも、ユニフォーム着てないと印象も変わるし、オレ、あんま記憶力には自信がないし。申し訳ないけど、顔を見ただけじゃよく分かんない。阿部君なら分かるかな? ぐるぐる考えながら、必死に記憶をたどってると、その先輩は陽気に笑って、バシンとオレの背中を叩いた。 「なんだ、オレのこと分かんねーの? 冷てーなぁ。オレは初めて対戦したときから、お前と組んでみてぇと思ってたのに」 それを聞いて、ビックリした。 「お、オレ?」 先輩の名前を聞いて、またビックリした。谷嶋誠一郎さん。千朶で正捕手をやってた人だった。 「オレさー、どうしてもお前と組んでみたくて、監督やコーチにしつこいくらいプッシュしたんだぜ。面白い投手がいるから、1度見てやってください、って」 得意そうに言われて、じわーっと嬉しさが込み上げる。 他校の先輩に、「お前と組みたい」なんて言われたの初めてだ。阿部君に伝えたら、何て言うだろう? まだ壁を感じる前の、去年の阿部君なら? 「当たり前だ」って言うかな? 「スゲーな」って誉めてくれる? それとも、「お前と組むのはオレだけだ」って……ウソでもヤキモチ焼いてくれたりしないかな? けど、阿部君は4月になっても野球部の寮には来なかった。 ――阿部君、いつ入寮する?―― 思い切ってメールを送ると、予想外の言葉が返って来た。 ――寮には入らねぇ。家から通う―― 「家、から……?」 大学は県外だけど、そりゃ首都圏にあるんだし、確かに通えない距離じゃない。交通費と寮費と比べれば、交通費の方が安いだろう。 けど問題は、硬式野球部の部員全員が、寮に入るよう規則で決まってるってことだ。 寮に入らないって、じゃあ、阿部君は野球部に入らないの? それとも規則を知らないだけ? 『野球、やめる?』 高1の頃、そんなバカな質問して、ヒドく怒らせたこと思い出す。 ――野球、やめないよね?―― 迷いに迷って送ったメールに、阿部君は返事をくれなかった。 ああ、まだ避けられたままなんだ。現実を思い知らされて、同時にあの空振った告白も思い出す。 『さんきゅー。オレも好きだぜ』 にっこり笑いながら、突き放されたのが忘れられない。 なじられても怒鳴られても、嫌われてもいいと思ってた。傷付いても、傷付けられた顔しないんだって覚悟したハズだった。 胸が痛い。 阿部君が遠い。 せっかく同じ大学に入学できたのに。また一緒に野球できると思ったのに。そう願ってたのは、オレだけ、か? 「三橋ィ、風呂行くぞ」 同期の部員に誘われて、「う、ん」とケータイを置き、部屋を出る。 「1年、風呂の後、ミーティングルームに集合な」 先輩に声を掛けられて、みんなと一緒に「はい」とうなずく。同期も先輩も、コーチも監督も、寮母さんもいい人、だ。 人見知りのオレも上手に仲間に入れてくれて、ドモッても笑ったり怒ったりしないし。「もっと体重増やせ」とか、「お前の球は面白ぇな」とか、認めたりアドバイスくれたりする。 谷嶋さんがよくしてくれるのもあって、打ち解けるのも早かった。 投手はオレ1人じゃないけど、同期はみんな対等だし、オレだって負けない。阿部君がいなくても、やれる。ここで投げられる。 けど、どうしても寂しいのは我慢できそうになかった。 入学式の時に、スーツ姿の阿部君を見た時は、ドキッとした。 手を振ったら、振り返してくれないかなって期待して、離れた場所からじっと見つめてたけど、結局目が合うことはなかった。 話したかったけど、すぐに野球部の練習に行かなきゃいけなくて、体育館にも残れなくて。阿部君が、どこのサークルに入るつもりなのか、入らないのか、それすら確認できなかった。 阿部君は、理工学部に入ったみたい。そんなことも、オレは随分後になってから知った。 前に、行きたい学科あるって言ってたのは、理工学部にあったのか? 理系だと、午後に毎日必修授業が入るから、部活を優先できないって噂、ホントかな? だから阿部君、硬式野球部に来なかったの? オレひとりがぐるぐるしたって、阿部君の気持ちは分かんない。 野球優先の毎日の中に、阿部君だけがぽっかりいない。 「三橋、集中!」 先輩にゲキを飛ばされて、「はい!」と返事して前を見る。いい環境で野球できることが、救いだった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |