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小説 1−8
男の勝負パンツ・前編 (社会人・同棲)
 それは金曜日、燃えるゴミの日の前の夜だった。
 会社ですっごくバカバカしいミスをして、そのせいで周りにも迷惑かけまり、謝り倒しながら残業を済ませて家に帰ると、マンションの前に同棲中の恋人がいた。
「阿部君……」
 精神的に参ってたから、余計にささやかな偶然が嬉しい。家に帰れば会えるんだけど、それでも嬉しい。
 ホッとして駆け寄ると、どうもゴミ袋を集積所に運んでる最中だったみたいだ。
「今から、ゴミ出し?」
「おー、生ゴミじゃねーし、大丈夫だろ」
 そう言って、大きなゴミ袋を2つも抱え、集積所のネットの中に放り込む阿部君。
 カラスや野良猫の被害が多くて、生ゴミを夜中に出すのは禁止されてるんだけど、それ以外なら確かに、あまり文句は言われない。

 生ゴミじゃないなら、何だろう? ゴミ袋2つ分? 不思議に思いつつ、「お疲れ様」とねぎらって、一緒に階段を上がることにした。
 何を捨てたのか訊くと、「色々」だって。
「お前最近、とことんツイてねーじゃん? 苦手な先輩が上司になるし、気の合う後輩は異動になるし。出張行けば忘れモンするわ、ケータイ落としてヒビ入れるわ、散々だろ?」
「う……そう、だね」
 阿部君の言葉に、どよんと落ち込む。最近ツイてないのはホントのことで、オレもちょっと参ってた。
 彼に愚痴ってない、小さなものならもっとある。
 会議の資料にお茶こぼしたり、100枚くらいコピーミスしたり、遅刻しそうな時に限って、バスがなかなか来なかったり。今日だって……。
 はあ、と大きくため息をついて、のろのろと階段を昇る。失敗をツキのせいにはしたくないけど、最近はホント、アンラッキーばかりが続いてた。

 けど、それとゴミと、どう関係があるんだろう?
 首を傾げてると、「風水だ」って言われた。
「ふう、すい?」
 阿部君の口からそんな言葉が出たこと自体驚きで、一瞬意味が分かんなかった。
 風水って、あの……黄色い財布がどうとかいう、占いみたいなヤツだよね? そんなの真っ先に「くだらねー」って切り捨てそうなのに。一体どうしたんだろう?
「あ、阿部君、大丈夫?」
 熱でもあるのかと思ったけど、どうも平熱みたいだし、不思議だ。もしかして、これもオレの一連の不運の影響だったりするのかな?

 ぞっとしながら家に戻ると、何か気のせいか、家の中がスッキリしてる。
 阿部君、掃除した? そう思いながらスーツを脱ぐべくクローゼットの中を開けて、さらにビックリした。
「え……っ?」
 服が少ない。
 具体的に何が減ってるかって訊かれたら困るけど、なんか妙にスペースが大きい。ギョッとして整理ダンスの中を見ると、それもかなりスカスカだ。
 Tシャツとか、トレーナーとか、古いジーンズとか、大分減ってるみたい。まさかと思って下着を見ると、パンツがごそっと無くなってる。
「あ、あ、あ、阿部君っ!?」
 慌ててダイニングに駆け込むと、阿部君はなぜか得意顔だ。
「スッキリしただろ?」
 って。いや、そりゃ、スッキリはしたけど。も、もしかしてあのゴミ袋の中身って……?

 うわーっ、と思いながら立ち尽くしてると、得意顔でさらに言われた。
「古くなった物は不運を呼びやすいから、溜め込むのはよくねぇらしーぞ」
 って。風水、か?
「お前が最近ツイてねーのは、そのせいだ」
 堂々と胸張って断言されると、さすがに文句は言いにくい。
 コートとかスーツとか、値の張るものは置いててくれてるし、具体的に「あれがない!」って思い出せないあたり、多分最近着てない服だったりしたんだろう。
 確かにオレ、整理整頓は苦手だし。古いモノを捨てられないから、余計にあれこれゴチャゴチャになるんだって自覚はあった。
 大学の時もそう言えば、古いプリントとかを机の横に積みっぱなしにしてて、阿部君によく怒られたっけ。

「下着もさぁ、物を大事にすんのはいいことだけど、色の褪せてきたのとか、破れたのとか、大事に持っとくなよ。買い直せ」
 恋人にそう言われると、さすがに恥ずかしくて反論できない。
「大体、パンツ1枚の耐久って、洗濯70回が目安らしーぞ」
「な、70、回……」
 具体的な数字を出されて、言葉に詰まる。
 オレ、パンツって何枚持ってたっけ? 5枚で350回だから1年で……もうちょっと持ってたハズだから……?
 そりゃ、パンツなんて一度にドバっと使うものじゃない、し。3枚組とかで買ったって、下ろす時期はバラバラだから、具体的にどうだっていう計算はできない。
 でも、明らかに何年も使ってたモノもあって、そういうのを捨てられちゃったんだろうか?
 きょ、今日はくパンツはあるのかな?

 後でタンスの確認だ。そう思いつつ、ダイニングテーブルに座ると、阿部君の作ってくれた肉野菜炒め丼が、大盛りで目の前に置かれた。
 相変わらず大雑把な料理だけど、美味しい。
「明日は一緒にパンツ買いに行こうぜ。不運を突き飛ばせるようなパンツ、オレがプレゼントしてやるよ」
 丼をガツガツ食べながら、ニヤッと笑ってくれる阿部君。そういう阿部君も、この際だからって色んな物をいっぱい処分したんだって。
 運気の悪い時に、古いものを処分する。「風水」って言われると、ちょっと正直ビミョーだけど、何となく正論のようにも思えるから不思議だ。
 阿部君、ホントに風水、信じてるんだろうか?
「金運なら黄色、勝負運なら赤、無駄遣いをなくしてーなら水色とかいいらしーぞ」
「き……黄色っ」
 そんなカラフルなの、スーパーの下着コーナーにはなかったよね? 単なる話題だけ?

 阿部君の風水発言も、そしてカラフルな下着も、どっちにもちょっと不安がよぎるけど……一緒に下着を買うのってハジメテで、何だか新鮮で楽しみだった。

(続く)

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あきゅろす。
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