[通常モード] [URL送信]
遊ぼうぜ。













「僕の、心。」

「お前の心だ。だから小難しい理屈なんかいらん。お前の心が救われたいって思ってんならオイラは救いたいし、救われたくないってんなら救わない。でもお前が、本当は救われたいのにオイラ達への負い目を理由に身を退くつもりなら、それは心に嘘をついてることになる。」




(大切なものはいつも心で決めなさい。)


そうだ。
そうだったのだ。
僕はまたハオの口車に乗ってしまっていた。
大切なものが何であるかを決めるのは心なのだ。
どちらを選べば都合が良いだろうか、どうすれば丸く収まるだろうかと物事を天秤に掻け、ああだこうだと考えあぐねた末に導き出された理屈は答えではない。
理屈は理屈だ。
理屈は、答えに在らず。
だから後付けの言い訳は抜きにして考える。
遠慮も負い目も、何もかもを取っ払ったハオの素直な願いは何だ。
それが答えなんだ。
お前の心は――。
お前の願いは。




「ぼ、僕の、心は、」




女は狼狽する。
ハオは女性的だ。
女は理屈で物事を解決しようと足掻いている。
否、男であろうと、そう云う人間は沢山居る。
人間はみんなそうだ。
理性を取り払った純粋な欲求を卑しきものだと考えて、尤もらしい理屈を並べて納得をする。
(心に嘘をつく。)
怪獣になりたいだ総理大臣になりたいだ、それはなんて己の存在を過信しているのだと、やってもみない内から決めつけて諦める。

でも葉君には、
それが無い――。
ぼくの価値観では推し量る事が出来ない。
男でも女でもない。
所詮ぼくも、尤もらしい理屈を並べて葉君と云う未知なるものを納得したかっただけなのか。
その点ハオの説明は理性的かつ現実的で、混乱しているぼくの頭を実にすっきりと整頓してくれた。
納得するには十分過ぎる理屈だった。
当たり前だ――。
人間の大好きな、理屈やら常識やらに則った説明だったからこそ、ぼくはすっきりと何の違和感もなく納得出来たのだ。


人間とはおかしなもので、この世は理不尽だ、納得出来ない事ばかりだと理解している癖に、いざ納得の出来ない物事に直面すると、それを納得のいく形に収めたがる。
収まり切らぬ部分は、理解の範疇を超えていると放棄する。

例えば、愛し合って結婚をした夫婦が居たとする。
しかし女はふと思う。
何故この人と結婚したのだろうか。
優しかったからだ。
金持ちだったからだ。
容姿が良かったからだ。
色々と理屈を作り出す。
愛していたからだ、と云う単純明快な答えを認めない。
何故なら理解の範疇を超えているからだ。
愛とは何か、その答えを誰も納得のいく形で説明してはくれないのだ。
ならば何かしら理由があるはずだと考える。
(愛している、と云う心に嘘をつく。)
そうやって、何かしら理由をつけて物事を納得したがるのは、自分の狭い世界を保っていたいが為なのだ。


ちっちぇえな。
ぼくは自嘲する。

ハオもぼくも、自分の世界を壊すまいとしていたに過ぎないのだから。
傍観していたのはぼくだけではなかった。
ハオも傍観者だ。
自らの世界を壊されたくないが為に、すべてを包容することを拒んで、納得出来る形で諦めていたかった。
自身の心が求めていることならば、それは何も恥を感じるものではないと云うのに、たったそれだけの事を理由にアンナさんを犠牲にするだなんて、そんなのは納得出来ないと、彼はあれこれ納得のいく理屈を探した事だろう。


本当は救われたいのに
心に、嘘をついたんだ。
そして今、葉君の言葉によってハオの世界は壊された。
理屈と云う名の皮を根気強く一枚一枚剥がされてしまった彼の姿は、最早ありのままの欲求を剥き出しにした自分しか残っていない。
彼の心を守る外壁は無くなったのだ。





「僕は、」
「お前は」
「僕の、心は、」
「心は?」
「なに、を、」
「何を望んでる。」

「なにを――」




彼は――
ハオは、
狼狽している。
厭だ。
ハオらしくない。
見ていられない。
まるで誘導尋問だ。
ハオが、可哀想だ。

女は化粧をして自分を美しく着飾ってから外出をする。
ハオもそうなのだ。
精一杯虚勢を張って、自分を大きく見せていたに過ぎない。
ハオに限らず、人間なんて皆そんなものだ。
その偽りの虚勢を剥ぎ取られた彼は、公衆の面前で素っ裸にされた女のようなものじゃないか。
これは酷い。

誰だってよそ行きの仮面を被って生きている。
そうでなければ、この世の中を生きてゆく上で、色々と立ち行かなくなるのだ。
ぼくだってそうだ。
会う人、行く場所、様々な環境で、その場に適した仮面を着けて暮らしている。
自分の気持ちに正直に生きる事だけが、正しい生き方って訳じゃない。
正直が過ぎれば、必ず誰かと衝突する。
だから仮面を被る。
理屈の仮面。
その仮面を剥ぎ取る権利なんて誰にもない。
そもそもどれが仮面でどれが真実かなんて、誰にも解らない事じゃないか。


(虚勢を張って過ごす仮面の姿も、一つの自分の姿じゃないのか。)



「よ、葉君!」


ぼくは発言していた。
もう良いんだ。
これは映画じゃない。
ぼくは観客じゃない。
拒絶するのはやめよう。
これは現実だ――。





「やめてよ!そんな、それじゃあハオが可哀想だよ!」
「可哀想?」

「そうさ!そんなのまるで尋問じゃないか!そんな方法でハオの本音を聞き出したって、それじゃあハオが可哀想だよ!ぼくなんかより君が一番知っているだろう!剥き出になった魂ほど脆いものは無いって、君は黄泉の穴で嫌と言うほど体験したはずだ!」
「そうだな。」
「じゃあっ、」


「だから、」








だからハオは、これ以上なんにも言わなくて良いんよ。







葉君はそう云って、
笑った――。

ぼくは驚く。
言わなくて良い?
(良いのか?)
ならばどうして、
どうしてこんな尋問紛いの回りくどい方法で以てハオを諭した。
ハオの世界を半壊させる結果になってまで。
どうして。
(いや、違う。)
葉君に回りくどい方法をとらせたのは、ハオの方ではなかったか。
(葉君ははじめから、回りくどい説明は意味がないと主張していた。)



「オイラもはじめは、こんな話をするつもりはなかった。だってオイラも強く在ろう強く在ろうとして、でも結局そんな仮面はハオの絶対的な力を前に剥がされちまった。仮面が剥がれちまうのは怖いことだ。自分が自分じゃなくなったみたいな感じがする。なんだオイラ全然強くねぇって、強がってた自分に、問答無用で気づかされる。」
「強がって、た?」

「強がってた。その強がってた自分が、弱い自分に気づいちまった時、今まで自分が信じてた何かが途端に崩れてっちまう。それはすげぇ怖い。だからオイラはお前の仮面を剥がすつもりは無かった。」


剥がすつもりは
無かったのか。
じゃあハオは、
もしかしたらハオは


「けどお前の言い分も聞かん事には納得してもらえんだろう?帰ってこいって言ったところで、素直に帰ってこねぇだろうなって覚悟はしてたしな。だからそれなりに言い分は聞いたわけだが、けどまさかここまでずるずる白状されちまうとは思わんかった。」


(じゃあ、)
ハオは、
ハオは語りすぎたのか。
ほぼ自滅したのだろう。
自分の理屈を納得する形で言葉にしたことにより、言わずとも良かった事まで自ら明かし、結局自分で自分を追いつめてしまったのだ。
自分で仮面を外した。
弱い自分を露見した。
謀らずとも、この結果を招いたのはハオ自身である。
この結末に向けてハオを誘導していたのは、他ならぬハオ自身なのだ。
葉君は微笑む。
少し寂しそうだった。



「では、僕は、」
「だからそれ以上は言わんでいい。それ以上言っちまったら、お前はお前を守ってくれてる仮面まで剥がしちまうことになる。」

「では僕は自分で、人を滅ぼすなどと公言しておいて、僕はずっと、ずっとお前に助けて貰うためにはどうするべきかと考えて考えて考えて、それでこんな回りくどい理屈を選び出したのか。自分の作った筋道通りに自分を誘導していた。」
「考えんな。」
「最後には結局!結局最後には助けて貰えるようにと、僕の方からは一切救いを求めずにお前にすべての選択権を与えて、だが選択の余地は与えない。お前の方から自発的に僕を救いたいと思わせるように健気な自分を演じていたのは僕だと云うのか。」

葉君の忠告は、今のハオには聞こえていない。
自問自答している。
考えている。
剥がれてしまう。
自分で自分を
追いつめてゆく。
仮面が、剥がれる。






(しかしそれもあなたが招いた結果。)



あの日グレートスピリッツのコミューンで、ガンダーラのサティはそう言っていた。
そう云う意味か。
あの結末も、結局はハオの思惑の一つに組み込まれていたのだろう。
厳密に言えば、ハオの心の思惑にである。
ハオの心は理性とは別の場所に存在していて、だからハオはあの結果を前に表面上は不満を露わにしていたけれど、きっと心は満ち足りていた。
仮面の下の想い。
素直じゃない自分。
意識下の計画なのか無意識の内の計画なのか、それは本人にすらわからないのだろう。
深層心理の欲求だ。

だから仮面を被った強気なハオからしてみれば、深層心理の自分の思惑にまんまと乗せられた上に、大勢の前で母に叱られると云う大恥をかいた訳である。
それならばハオも、ぼく達と同じく躍らされた被害者の一員か。



(主役なんか、初めから居なかった。)



葉君もハオも、
主役ではない。
主役は心だった。
ハオの心。
理屈で塗り固められた外壁の中に息づいていた、寂しがり屋でわがままな彼の本心。
プリンセス・ハオ。

プリンセスであるハオの心が勝ってしまえば、強がりで意地っ張りな建前だけの存在である仮面のハオは、途端に立ち行かなくなってしまう。
皆の前に悉く露見した弱い心を前に、それでもまだ悪魔の如く冷徹非道な虚勢を張る気力など無いのである。
公衆の面前で素っ裸にされて大恥をかいておきながら、それでも尚、毅然とした態度をとれと言われても、そんなものは出来るはずがない。


(必要なんだ。)
強がりの仮面は必要だ。
その仮面こそが、傷つきやすいハオの心を守ってくれる、唯一無二の存在。
理屈が彼の寄りどころ。
それがなければ、ハオはハオではなくなってしまう。
「僕は、」
意気消沈したように、彼はその場に膝を突く。
仮面が剥がれる。




(すると、どうなる。)







「では僕は、」
「だから考えるな。」

「では僕は一体。本当は救われたかったのか?それとも滅ぼしたかったのか?僕の本心はどれだ。どれが僕だ。僕はこれから、一体何を信じて生きてゆけば良い!!」



壊れてしまう。
ハオが、
ハオは、
(どうすれば良い?)


平安時代に母を亡くし、それは母が鬼だったからだと、もっともらしい理屈をつけて納得した自分。
自身もまた鬼だと思い込むことにより、理不尽な世を生き抜いてきた。
しかし自分がただの人だったのだと気づいた時、幼い心は壊れてしまった。
鬼ではなかった。
鬼の力すら無かった。
ならば何故に母は殺されなければならなかったのか。
ならば自分は一体何だと云うのか。

自分を守ってくれていた、唯一の仮面が消えてゆく。






僕はこれからどうやって生きれば良い――?

















「帰ろうぜ。」





頭上から声がした。
ハオが顔を上げた。
そこには、
微笑む弟が立っていた。


「ヒマならもう、嫌ってほどいっぱいあるっつったろ?」
「お、」


「オイラを信じて、オイラの兄貴でいてくれよ。ハオ」















乙破千…――


ハオはそこまで呟いて、
弛緩したまま
葉君を見上げて、
ただただ茫然として
そして少しだけ、
ほんの、
ほんの少しだけ、












(微笑んでいた。)














NEXT





第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!