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役者と観客。














「終わらないだと?」

「ああ、終わらん。」









(誰――?)


ぼくは目線だけを後方にずらした。
背後に掛かった橋の上。
そこには葉君が居た。

学生服を自己流に着こなした彼の視線は、矮小なぼくの姿を通り越し、桜の大樹の下に佇んでいる兄の背中を捉えている。



「葉か。」


兄が頭だけ振り返る。
真っ直ぐに弟を見る。
ハオのマントが風に煽られてはためいている。
はためくそれに月明かりが反射して、靄が掛かったように朧気な青白い光を、そこらじゅうに振りまいている。


静かな夜だった。
星は満点だ。
月の光は青白い。

そんな幻想的な場所で向かい合っているのは、今やハオとぼくの二人ではなくなったのだ。
ハオと葉君。
二人だけになっていた。
ハオは向かい合うべき対象をぼくから葉君へと変更したんだ。
彼はぼくを見ていない。
葉くんもそうだ。
登場して早々に矮小たるぼくの存在を通り過ぎる友人の視線は、真っ直ぐにハオだけを見つめている。
対するハオも、もはや葉くん以外の何者にも興味は無いとばかりに、ぼくの存在を忘れ去っている。





目の前で劇が始まった。




ぼくはそう思った。
(ここは劇場だ。)
彼らは役者で、
(ぼくは観客なのだ。)

自身の存在感が急に希薄になったようである。
いや、そうじゃない。
自身の存在感よりも尚、上回る存在感を持ち得る人物の登場。
この月光と云う名のスポットライトを当てるにふさわしい主役級の人物が、今、漸く劇場の舞台へと降り立ったのである。
ふさわしい人物――
葉君は言った。




「探しに来た。」
「ほう。」
「帰るぞ。」
「帰らん。」



単調なやりとりだ。
月の照明は常に二人を追いかけている。
主役二名による舞台演劇が幕を上げる。
自分は蚊帳の外だ。
主役の一人が動いた。
「困った奴だな。」
主役の一人であるハオは葉君を見下すように皮肉な笑みを灯しながら、やがてその全身を、自らの弟へと振り返らせる。




「どうやらお前はまだ、僕と永遠に答えを見いだす事のない問答をする気のようだな。」





瞬間、風が吹いた。
木の葉が騒めいた。
凝った演出だ。
それらの演出は威力を最大限に発揮している。
振り返った彼の姿は、まるで夢か幻のように幻想的なものだったのだ。

日本人形のような長い黒髪が風を伝って流れてゆく。
白いマントは月明かりを反射して輝いている。
背景の星空に浮かび上がったその姿は、妖物の類か、または何らかの事情によって地に降りたった神の姿だと云われても過言では無い程に妖しく、且つ神秘的な雰囲気を醸し出している。
それらすべてはぼくの感覚的感想に他無らない。
要は――現実味が無い。




まるで映画でも観ているような心持ちだった。


思いっきり客観的にその場を傍観している自分に気がついた。
何故ならそうせざるを得ないからである。
スポットライトは常に、向かい合った双子の元へと向けられていて、ぼくの入る余地は無い。



――僕の血じゃないさ。


思えばそこからだ。
それが始まりだ。
突如として恐ろしいことを囁きはじめたハオ。
その言葉をきっかけに、ぼくを囲む世界の何かが崩れていった。
それはとても急速に、現実とはかけ離れた、夢のような情景が構築されてゆく。

胸が騒ぐ。
『僕の血ではない。』
ならば誰の血なのだ。
そんな疑問も何もかも、主役たるハオの不敵な笑みを前にうやむやのものとされてしまった。
彼はそのまま吐き捨てるかのような別れの言葉を口にしてすぐ、どこかへ立ち去ろうと背を向けたのだ。
そこへ現れたのが葉。
出来すぎている。
映画の演出のようだ。

(いったい何がどうなっているのだろう。)

そんな事を考える暇すら与えられず、ぼくはただただ訳がわからないままに、この映画を観賞している。



今の今まで、時はありふれた日常生活の延長線上に在ったはずではないか。

塾の帰り道。
電車の時間。
思い出の墓地。
ハオとの他愛ない会話。







『お前達との馴れ合いも、これで終わりということだ。』








冷たい目だった。
酷く怖かった。
どういう意味だ。
そのままの意味なのか。

世界が壊れてゆく。
ぼくの世界が。
どうしてなのだ。
どうして、何故。


その言葉をきっかけに、ぼくを形作っていた『ありふれた日常生活』と云う名の地盤のすべてが、音を立てて崩れ去ってゆく。
崩れてゆく其れの代わりに構築されたのは『あり得ない夢物語』。

前方に佇む彼の冷たい言の葉は、ぼくの揺らぎやすい心の足場を崩すには十分過ぎていて。
現実味と云う名の足場が急速に崩れ去り、どうにも不安で遣りきれない。
足場を無くしたぼくの心がバランスを取り戻す為には、目の前の理解しがたい出来事を、真っ向から受け止めてはならない。

(これは夢だ。)
ぼくはそう考えた。


夢と思えば崩れない。
夢は現実ではない。
だからそれは、まさに映画でも見ているかのように、徹底的に客観視さえしていれば問題はない。
映画はスクリーンに映し出されるつくりものの映像を鑑賞するだけのもの。
客観視するもの。
それがいくら現実味を帯びた内容であれ、主観に成りうる映画などありはしない。
主役にはなれない。
だからこれはきっと映画なのだろう。
現実味が無いのだから、きっと映画か白昼夢を見ているに違いない。
作り話だ、夢だ幻だ。



(だってハオはこんなにも冷たい視線の持ち主ではなかったはずだ。)



今まで平穏な日々を共に過ごしてきた友人。
少しずつだけれど、歩み寄る事の出来た距離。
だから今、冷酷無比にこちらを見下している人物はハオではないのだ。
ハオじゃない。
夢なんだ。
映画なんだ。
つくりものなんだ。
認めたくない。






(現実では――ない。)










ぼくは逃亡した。


認めたくない現状のすべてを臭い物に蓋をする原理で、スクリーンの中に押し込めた。
現状を徹底的に客観視することで、現実と現状の間に境界線を作り上げる。
ぼくは傍観者だ。


思えばずっと、自分はそんな存在だった。
シャーマンファイトの激戦の中で只一人、一般の凡人たる自分はまるで空気のように何もかもを傍観してきたのだ。

(映画を観てきた。)

自分自身の主観からものを言えば、五百年に一度のシャーマンファイトと云うステージにおいて、ハオは最後のラスボス的立ち位置だった訳だが、ハオからしてみればぼくなど、声をかけるにも値しない村人Aの役割だった訳である。
取るに足らない存在だったのだ。

この映画に於いては、葉とハオ以外のすべての役者が脇役であり、自分などは脇役ですらない、只の観客だ。
だからこれも夢だ。
映画なのだ。
(だけど――)
だけど腑に落ちない。
うまくスクリーンに収まりきらない。

(だって――)






この雰囲気を、ぼくはよく知っているのだから。




この雰囲気。
ハオの冷たい視線。
今となっては夢か幻のように思えていたその冷酷な彼の一面は、そっくりそのまま、あの頃の彼と同じなのだ。

格の違いを見せつけられる堂々たる力。
誰彼構わず見下し、躊躇う事なく焼き尽くしてきた頃の彼。
次元の違う強さ。
有無を云わせぬ存在感。
近寄りがたく恐ろしく、そして何より寂しげだった頃のハオ。

ぼくは知っている。
昔の彼を知っている。
あの頃の彼の魂の在り方がとてつもなく凍てついていた事を、ぼくはしっかりと認めているのだ。
だからこそ、ぼくは未だにこの現状を確たる夢だと認められない。
認めたくないのに。
こんなのはハオではないと否定したいのに。
夢だと思いたいのに。
(これが、彼の本性。)

認める他――無い。



..
これは現実なんだ。














「聞けば僕を連れ戻しに来たらしい。お前はそれで良いと云うのか。」
「いい。」

「家でアンナがお前の帰りを待っている。愛する女を置いて、こんな所でこんな僕と話をしている暇などお前には無いはずだろう。」


「あるさ。」
「無いっ!」




ハオが怒鳴った。
珍しい事だった。
何をそこまで怒鳴る必要があったのか、傍観者たるぼくなんかには解りもしない事なのだが、それでもハオが幾分焦っている事くらいは理解できる。
精霊王たる兄の怒声。
しかし葉君には怯む様子は一切見あたらず、真っ直ぐに兄を見つめて笑っている。



「ヒマならもう、嫌ってほどいっぱいある。」
「お前と云う奴は…!」
「すまん。」

「何故だ、葉。お前はもう解っていたはずだろう。嫌と言うほど理解していたはずだ!お前はまた同じ過ちを繰り返すつもりなのか。」





(過ち?)

何のことだろう。
会話の真意が掴めない。
二人だけにしかわからない台本があるのだろう。
まん太には入り込めない世界の言葉達。
過ちとは何なのだ。
葉は一体何をした。
ハオが悔しそうに顔を歪めているのが解る。
葉はどこかふっきれたような清々しい表情をしている。




「本当に困った奴だ。解っていたじゃないか。お前は五年前の出来事を再び再現しようとしているんだぞ。何かを守るためは何かを失うことになると解っていて尚、それでもお前は僕を。」
「・・・・」
「それが答えか。巫山戯るのもいい加減にしろ!」


「最初っからなんべんも言ってんだろ。オイラは巫山戯てねぇ。」






葉は笑っている。
ハオは苦悩している。
ぼくは
(傍観している。)







「僕を救うのか。」
「そうだ。」

「お前の大切なものを、アンナを犠牲にしてか。」
「そうだ。」















(え――?)
















ぼくの中で何かが弾けるような衝撃があった。
全く理解の追いつかない台詞達の中に、突如として名を挙げた少女を、ぼくはよく知っている。
ずっと友達なのだ。
葉君の大切な人なんだ。
木々が騒めく。
風が唸る。
雑音が耳を攻撃する。





(だってあたしは、そんなあんたを愛したのだからね。)






雑音の中、
ふと、声がした。
どこからともなく聞こえていたはずの声。
アンナさんの声が。
妙にはっきりと頭の中で反復再生を繰り返しはじめる。





(ぼくはなんだか、)


昨日までの平穏な日常が、まるで今生の別れになってしまうかのように、酷く恋しくなっていることに気がついた。













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2009 0829
管理人 夕


あと1話とか言っといてかなり長くなりましたスミマセン!!!!
あああほのぼのしたのが恋しくなってくる←
あと、次からの話ですが、文字数ギリギリすぎてハンネと更新日書けなかったので御了承下さいませorz
そして、理屈ばっかりのつまらない文章に、もう少しだけお付き合い下さい。







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