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『あなた』へ。(綱骸♀)
骸は女設定です。
ご注意下さい。











誰にも知られたくない本当の自分が居て。


いつまでも秘密で、自分自身もずっと胸に秘めたまま、蓋をしておきたい気持ちがあって。
だけど時々我慢できなくて、何処かでハチ切れてしまいそうになるけれど。
それでもやっぱり、秘密のままで。






(あなたを遠巻きに見つめて想っているだけで、それだけで僕は十分ですから。)









出会ったのは中学生の時。
まだ成長も乏しいその頃の僕は、『あなた』に出会って負けました。


伝統的ファミリーの後継者であるあなたは素晴らしく、かと言ってまだ発展途上のその直感は、僕が危惧する程度のものではありませんでした。
押しつぶした胸も四肢も女性というには程遠く、あなたが気づかないのも無理はない。
恐らくそれは、僕自身が己の性別に自覚を持とうとしていなかったのが大元の原因だったのではないでしょうか。

性別がどうあれ僕は僕で、きっといつまでもこんな調子なのだという馬鹿げた安心も加担し、僕は尚更はっきり男を演じて生きてきました。



そしてあなたに出会い、負けたのです。


あなたは僕の憎悪に満ちた世界をひっくり返し、下ばかり向いて此までを歩いてきた僕に、無理やり空を仰がせました。

小さいくせに僕より堅いあなたの手に頭を押さえつけられて、廃れきった劇場の舞台に沈んだ僕が見上げた其れは、まさに澄み渡った綺麗なキレイな空だったのです。


『あなた』の瞳を忘れない。
『あなた』の声が忘れられない。

気を失う直前に感じたあたたかさが、僕を捉えて離さない。



(この気持ちはなんだろう。)


もはや同性の女の子達が着飾って街を歩く姿が可愛いとすら思い始めていた僕に、あなたは異性の魅力を見せつけました。
そう、結局は僕も着飾って街を歩く可愛らしい女の子達の姿を羨んでいたのかもしれません。


(なんて素敵なんだろう。)


街のすみっこで、遠巻きに幸せそうに笑っている彼女達を眺めて、そう眺めるだけでよかった。
血生臭くファミリーを惨殺したあの雨の日、僕は自ら『無力な女』を捨てたのですから。






一般の人間が中学を卒業するであろう年齢になった頃、僕の体は異変でいっぱいになった。

まずは、初潮。
平均よりもだいぶ遅れたそれは否応なく僕の性別を浮き彫りにして、最初の一週間は柄にもなく塞ぎ込み、初めて味わう生理痛とやらに酷く苦しみました。
次第に丸みを帯びてくる体にも恐れを覚えて。
胸はあっという間にそれなりの大きさに成長し、太股もどんどん膨らみ、鏡を覗く度に良い意味で丸くなった顔立ちに絶句して。



(ああ、もうダメだ)



そして意味もなく泣きました。

特にこれと言って困るものなどないのです。女であろうと、戦いはそれなりに出来ました。
なのに何故でしょう。
ただ涙が止まらず何日も部屋に籠もりきり、女の特徴が露わになり始めてから妙に優しく接してくるようになった千種を何度も怒鳴りました。

僕は僕だ。僕なんだ。
性別がどうであれ僕は僕で、きっといつまでもこんな調子なのだと思い続けてきた馬鹿な僕の安心は途端に崩れ去り。
足場を失ったように不安定極まりない僕を支えてくれる仲間達の優しさも、もはやか弱い女に対する男としての見栄にしか見えなくなって。


いやだ。
いやです。
いやです。いやです。
涙はとめどなく。

意識してもいないのに口をついて出る女らしい嗚咽の声に嫌悪して自傷を働きました。
突発的とは言えそれは最も愚かな行為で、さすがに千種に頬をたたかれ、犬は半ベソをかきながら僕を抱きしめて。


(だって僕に何があるって言うんだ。)


劣等感の塊でした。
だって僕は街を歩く可愛らしい女の子達のような輝かしさなんか一つも持っていないのです。
笑いあう彼女達は愛らしく、着飾った彼女達は美しく。

着飾り方なんて知らない。
笑い方なんてわからない。
なにより僕は今まで男を装い生きてきたのに、こんな姿誰にも見られたくなんかない。
(そう、誰にも。)
『あなた』にも。


怯えて暮らした屈辱の日々、それを一掃した薄汚い血みどろの両手。
まるで鬼のように全てを笑い飛ばしながら殺しに殺して切り開いてきた屍の道。
僕は強く在る。
無力な女はもう嫌だ。

(そんな僕に何があるって言うんだ。)

輝きなんか一つもない。
笑い方なんてわからない。
街で笑いあう可愛らしい女の子。
着飾った美しさ。
あなたの隣で笑う天使のような笑顔の少女はきっと一級品なのでしょう。
(笹川京子と、いいましたっけ。)
僕には程遠い、可憐な花のような少女。
ああダメだ。







(僕は何一つかなわない。)









それが女としての嫉妬だなんて気づかないまま、僕は何故かそれを期に、ようやく女であることを認めたのです。
さらけ出された真実に、それはそれは誰もが驚き、そして何のことはなく、あっと言う間に常識の中に溶け込みました。


思えばただの失恋だったのでしょう。
それはまだ若く可愛らしい、まるで甘酸っぱい果実のような初恋の失恋だったのです。

笑えてしまう。
あれほど言い聞かせてきた自らの立場。
認めてしまった、普通とは違う血生臭い両手に導かれる闇の未来。
女で在ることを捨てた自分。
なのに僕は恋をした。
僕を負かし、そして更に同情の感情までもを見せてくれた『あなた』に。

男であればあなたの好敵手として認めてもらえるはずだった。
女だなんて、それはただ惨めなだけだった。
女だと云うだけで、優しいあなたはきっと僕を好敵手として見てはくれなくなるだろう。ましてや恋愛の対象だなんて、おこがましいにも程がある。
(あなたは僕など見ていない。)
どっちつかずの中途半端な僕は、ただ自らの変えようもない事実をひた隠しにし、一級品の愛らしい天使のような少女に恋い焦がれるあなたを静かに見つめていたのです。




(この視線が交わることは、きっと一生無いのだけれど。)










それから幾分。
僕は二度目の恋をしました。

『彼』は僕が負かした人間の内の一人だった。
彼と初めて出会ったのは、『あなた』と出会ったのと同じ時期。
まだ僕が自らの事実をひた隠しにしていた頃。

彼は僕を睨み上げ、僕は彼を叩きのめし、踏みつけ見下し、蔑んだ。
そして僕が女と知れてからいつしか僕達は惹かれ合い、何年かの交友関係を築いた後に、強い女は好きだよと彼の方から交際は始まりました。
そしてそのまま、まるで当たり前のように今に至るのです。

『彼』は傲慢でした。
そして素敵で、強く、誰よりも僕を愛し、これ以上ないくらい誰よりも誰よりも大切にして。
僕も彼をとても愛した。
いや、愛しているのです。





(だからこれは、僕の若くて甘酸っぱい頃の、静かな静かな秘密の話。)
















「何です?また潜入捜査の任務ですか?全くあなたは人使いの荒いボスですね。」

「そう言わないでよ。お前にしかできないんだからさ。」


豪勢な館の一室。
豪勢な館の豪勢な部屋になんとも申し訳なさげに座しているのは、いつの間にかこんなにも大人びていた『あなた』。


「僕は女ですよ?ちょっとは気遣いなさい。」
「またこんな時だけ女を武器にして。お前、女扱いしたら怒るじゃないか。」
「当たり前です。差別です。」
「調子良いなぁ、もう。お前の機嫌悪くしたら雲雀さんに怒られるの俺なんだぞ。」
「そうですね。」


(いつの間にか身長も何もかも、僕を越えてしまいましたね。)


「そうですねじゃないよ。それで、どう?新婚生活うまくいってる?まぁ、聞くまでもないか。」
「当たり前です。」

「幸せそうだね。」







(あなたは知りもしないのでしょうね。)






「ええ。とても。」






(今、目の前に居るこの女が、以前あなたに恋心を抱いていただなんてこと。)














誰にも知られたくない本当の自分が居て。

いつまでも秘密で、自分自身もずっと胸に秘めたまま、蓋をしておきたい気持ちがあって。
でも時々我慢できなくなって、何処かでハチ切れてしまいそうになるけれど、それでもやっぱり、秘密のままで。


(あなたを遠巻きに見つめて想っているだけで、それだけで僕は十分幸せだったのです。)










僕の若くて甘酸っぱい頃の、静かな静かな秘密の話。

誰にも内緒の、最初の恋。









「あなたこそ、今までで一番幸せそうですよ。京子さんにもお伝えください。元気なお子さんを産んで下さいね、と。」


「ありがとう。伝えるよ。」

















(ああ、かなわないなぁ。)













あなたの笑顔。

幸せな気持ち。


こちらまで伝わってくる彼ら二人のあたたかなこの感情は、きっとこれから先もずっと、いつまでも続いてゆくのでしょう。
結婚式ですら伝えられなかった、あなた方二人への祝福の言葉を、今ようやく伝えることが出来た自分が誇らしい。

(ああ、今日はとても良い天気だ。)
いつものお店で買い物をして、任務で疲れたあの人に、久しぶりにおいしいものを作ってあげよう。
一緒にお風呂に入って、暖炉の前で語り合いながらワインを飲もう。

幸せそうな彼らに負けないように。








「それでは、失礼しますね。」


「うん。雲雀さんにもよろしく。骸も、ずっと仲良く幸せにね。」













僕は二度目の失恋をした。

(だけどこれは恋じゃなかった。)




『あなた』は僕の理想だった。
『あなた』は僕の夢だった。


誰かと愛を育んで、
いつしか結婚をして、
子供を産んで、
幸せな家庭を築いて。
そう、それはまるで



(普通の女の子のような。)



僕はひたむきで幼かった頃のあなたの姿に、そんな幸せな理想の未来を見たのです。
僕の焦がれていたものは『あなた』ではなく、あなたとあなたの愛する人がこの先迎えるであろう幸せな未来に恋焦がていたのでしょう。


あなたは僕の夢だった。
これは恋じゃなかった。

恋じゃないのに、








(ああ、何故でしょう。なんだかとても晴れやかで、どこか悲しい気分なのです。)

















さよなら、初恋。


僕の恋した『あなた』。




(ああ、今日はとても天気が良いのに、涙があふれて仕方がないのは何故でしょう。)




恋じゃなかっただなんて言わないで。
ほんの一瞬、
ほんの一時、
ただそれだけでも。
ただそれだけの、ちっぽけなものだけれど。











僕はあなたが、好きでした。

















(拝啓、十年前の初恋のあなたへ。)



僕は今、愛する人と共に過ごせるこの毎日が、女に生まれた僕の人生の中で、とても尊く、そしてとても幸せです。


この想いが伝わることは、おそらく一生無いのだけれど、それがお互いにとって、きっと一番良いのでしょう。



ありがとう。

そして、さようなら。















(初恋の『あなた』へ。)


幸せがいつまでも、このあたたかな太陽のように、あなた達二人と僕らの元に降り続けることを願って。














END




嫉妬は誰もがすることですが、自信を持てない女の子のありがちな葛藤と失恋です^^






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