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ロマンチストのリアリズム。(白骸)








こともあろうに人の特等席、ソファーに寝そべって酔っぱらっているのは言わずもがな。
辺りに散らばるワインやブランデーの空き瓶からこぼれ出た少量のソレが床にシミを作り、その人物はまた新しい瓶の口をグラスに近づける。

なみなみと注がれているのは透明な液体で、確かアレは遠い東の国から取り寄せた焼酎というものだった気がする。
珍しいことに、ブドウやリンゴではなく、芋で造られたものらしい。
この仕事が終わった後にゆっくり飲むのを楽しみにしていたのだが、今日でその楽しみも潰えてしまった。なんてこった。



「ただいま、骸くん。」

「あ、おかえんなさーい。」



今まさに僕の楽しみを潰している最中の彼は、倒れんばかりの勢いで僕に手を振る。
なんだこれ。
前に飲ませた時は、なかなか潰れてくれずに困ったものだった。なのにどうしたことだろう。今日はやたらとハイテンションで、しかもフラッフラのべろっべろ。
酔っぱらっているという事に違いはないが、前回のように愚痴っぽくないだけいくらかマシだろう。
なにより何だか可愛いじゃないか。出張帰りの疲れも吹っ飛ぶ。


「おそかったですねぇ。どこまで行ってたんですかぁ?」


いい大人が恥ずかしいくらいの舌っ足らずぶりに僕はもうメロメロ。
スーツの上着を脱ぎ捨てると、骸君のソファーへと歩みを進める。
君は無言で足を山状にたたむと、そこに僕が腰掛けるだけのスペースを開けてくれた。
そのままグラスを一口ゴクリ。
酔いしれるように虚ろにぽんわり。


「まったく、君は僕が留守中に、いったい何本空けてるの?」
「えーと、」

言いながら指折り数える君はなんて可愛いんだろう。
両手の指をかわいく折り曲げている。
(ていうか本当に何本飲んだの。)
その内、数えることに飽きると君は、折り曲げた両手の指を伸ばして僕を誘った。



「おみやげないんですか?」



(ああ、そう言えば買ってない。)

おみやげとは、僕が外に出るときに必ず買って帰るもので、それは古書だったり食べ物だったり、またはワインやブランデー、アクセサリーの類などなど。
いつもは買って帰るそれを、あまりの疲れに忘れ去ってしまった頭が憎らしい。

「ごめんね。今日はなにもないんだ。」
「ああ、そうなんですか残念です。この間の作家の本の続きが気になっていたんですがね。」


(なんだって?)

さて、ここでの「この間の作家」とは、先日僕が買ってきた古書の著者のことだ。
その本を読んだ時の骸君ときたら、何とも辛口に、それはそれは論理的にその作家の批判をしまくっていた。
二度と読みたくないと愚痴を零していた君は、今やどこへやら。百八十度意見の違う呟きに、僕は言葉を失った。
俗に言うツンデレも、ここまでくると分かりにくいことこの上ない。


「骸君、嫌いだって言ってたじゃない。リアリティを求めすぎてて、話に面白みが一つもないって。」

「何言ってるんです。所詮、世界のあらゆる物事には欲しくもないリアリティがついてまわるものですよ。絵空事など意味のないもの。ロマンチストでありながらリアリストな人間が、世間では必要とされるんですから。」

「・・・・」


だから何?
花言葉やらマシマロが好きな、ロマンチックで乙女チックな僕はまるで世間一般から見て不必要な人間みたいな言い方じゃないか。
(ヒドいよ骸君。)
質問の答えになっていないのに、とりあえず賢そうな言葉を並べた君は、またグラスを傾ける。
そのうち酔いも完全に回り、僕にもたれ掛かってきた君の体ったら熱いのなんの。



「もう寝ようか。」

僕は彼の体を支えながら提案した。
これ以上飲ませると、明日、酷い二日酔いに悩まされるのは君なのだから。

「なんでですか。白蘭は、飲まないんですか?」
「うん。もう夜中だしね。」
「飲みましょうよ。」
「だーめ。」
「ケチ。じゃあお風呂にはいります。バスタブ、お湯はってください。」
「・・・・」
お湯はらないと飲み続けますよ。
そう言われれば仕方がない。


出張帰りで疲れた体に鞭打って、白蘭は黒いシャツを腕まくりした。
温度を低めに設定し、おおよそ十分で湯ははり終える。
その間に部屋の空き瓶を拾い集め、骸の部屋にあるバーカウンターの裏に設置したゴミ箱に放り込み、次にグラスを運ぶと、カウンターで軽く流して水切りし、拭く。

(何だか僕、尻に敷かれた夫みたいだ。)

そんなことを思いながら、テーブルに置かれたままになっていた半分ほど残った焼酎の瓶を掴みあげ、白蘭はそれをやけくそのように口にあてがい、逆さまにした。
瓶から直に、なんともワイルドに中身を飲み干す白蘭に、彼の気も知らない骸は無邪気に笑って手を叩く。
骸が残した量の全てを飲み終えると、彼はプハッと口を離した。


「あー。結構飲みやすいねコレ。」


一升瓶の半分を、それもロックで一気飲みするという、まるで新入社員の歓迎会のような暴挙を成し遂げた白蘭は、多少フラつきソファーに腰を下ろす。
疲れた体に急激に吸収されていくそれは、普通に飲むより何倍もの効力を持って、五臓六腑に染み渡った。


「はぁ。」


(何やってんだろ僕。明日も早いってのに。)

ため息をつき、目を閉じる。
ソファーの背もたれに身を任せ、仰け反った頭のちょうど両目の上に腕を重ねる。
もうどうなっても良いや、あとは正チャンに任せよう。そんな他力本願なことを考えていると、ふと膝の上に何かがのしかかる感触がした。
目を開けると、アルコールのせいか、目の前の視界がぼやけて見える。


「どうしたの?」

ぼやけていようが、見るには不自由はしない。膝の上には骸君が居た。
酔いのせいか、あまり動じなかったが、僕を押し倒すように上に居る。
僕はどうやらいつの間にかソファーに横になってしまったらしい。その上に、のしかかるように彼が自分を覆っているのだ。

「白蘭が、かっこいいです」
「え?」

とろんとした瞳(お互い様だが)で僕を見下ろし、骸君はつぶやいた。


「かっこいいのです。ネクタイのすきまから鎖骨がみえて、ほっぺはほんのり桜色です。」
「そんなの骸君もだよ。かわいくってかわいくって、なんでも言うこときいちゃうじゃない。今度、あの作家の本を買ってきてあげるね。」


言って、どちらともなく抱き合えば、いつもより高いお互いの体温が混ざり合い、なんとも心地よい眠気に誘われる。
いや、これが眠気なのか、それとも目眩がするほどの色香なのか、僕には定かではなかった。

ただ、僕がするよりも先に骸君に唇を奪われて、彼が上に居るせいか、または僕が急激にアルコールを摂取したせいか、力が入らない指を君の髪に絡ませて。
君に舌を絡め取られる深い口づけに、まるで僕の方がネコみたいに息を欲しがり、君の胸を押し返す。
だけど君はイヤイヤと首を振り、離した唇を鎖骨へと移動させた。

「っ・・・」
鎖骨に感じる君の舌の感触に小さく呻きを上げれば、君は嬉しそうにやんわり笑って更に下へと舌をはわせて。
シャツのボタンを外される。
背筋が反り返る程に痺れる感覚。このままではいけないと無意識に感じた僕の腕は君を押し返し、今度は僕が君を組み敷いた。


「・・・・」


それはもう不満げに僕を見上げる君。
そんな風に見上げないでよ。今日の僕といったら、なんだか間抜けで、かなり複雑な気分なんだから。


「いたずら終わり、ね?」

苦笑して君を見下ろせば、君は酔っているくせに、やたらとしっかり僕を見つめ返す。
その赤と青が、僕を捕らえて口を開いた。





「僕はほんきです。」




そう言った君の目は、やっぱり僕を睨みつけるように見つめて離さない。
どうしてそんなに怖い顔をしているの?
(酔っ払ってるのかな?)

何が本気なのか。
さっきまでの「イタズラ」か、または別の何かにあてた言葉なのか。
僕をまっすぐ睨みつけながらタチの悪い酔い方をする君が愛しくて抱きしめる。



「ほんきなんです。」
「うん・・・」

「ほんきですよ?」
「うん。」


「ほんきです。」

「・・・。」






「ほんとです。」












君は、

僕の背中に腕を回して、譫言みたいに「ほんとです、ほんきですよ」と繰り返す。

そんな君の手に鋭く光った果物ナイフが握られていることに気づきもしない僕はなんてバカ。

ナイフは僕を突き刺さんばかりに、君が抱きついた僕の背中に狙いを定めて、なのにそんなことを露も知らない僕は笑って君を抱きしめて。



(泣いてる君に、何で泣くの?と問いかける僕はなんてバカで愚かでロマンチストな幸せ者。)




酔っぱらっているという事に違いはないが、前回のように愚痴っぽい方がいくらかマシだ。

こんなタチの悪い、悪夢のような酔い方をされるくらいなら。















――所詮、世界のあらゆる物事には欲しくもないリアリティがついてまわるものですよ。
絵空事など意味のないもの。

(どんな理由があろうとも、あなたは沢田を殺したんです。)


ロマンチストでありながらリアリストな人間が、世間には必要なんですから。












ロマンチストのリアリズム。








夢を見ながら現実を認めろだなんて、世の中はなんて勝手なことを人に強いるのでしょう。

このあたたかい腕の中、僕は甘くて愛らしい花のような幸せを夢見ながら、いつか現実を思い知らされるのだ。






「愛してるよ、骸くん。」
「僕も、です。」














僕はあなたを殺します。



(今日できなくても、明日か明後日、十年後百年後、いつか。)










fin




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だれか教えてください。
2009 02 19
森野夕










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