[携帯モード] [URL送信]
アヴェマリア。(雲骸)











「ひ 雲雀恭弥、助けて、助けてください。だれか助けて!いやだっ!助けて助けて、助けて!」



六道骸は狼狽していた。
もはや狼狽と云うよりも混乱である。
両の手で耳の辺りの髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回しながら、僕、雲雀恭弥に向けて叫んでいる。

彼の目の前にはそんな彼とは対照的に、静かに胸の前で腕を組み、まるで眠りについているかの如く安らかなる永眠を続ける我らがボスの体が横たわっていた。
柩には白い花が敷き詰められ、沢田綱吉の体を優しく包み込んで――彼は、死んだのだ。


「落ち着いて。」
「なんで!」
骸は叫んだ。

周囲に集まる幹部一同、皆泣いていた。
その中でも一際目立つのは勿論骸である。
僕が連絡を受け、急行した時既に骸は訳のわからない発作的な混乱状態に陥っていた。
常日頃からなにかと不安定な彼の面倒を見るのが僕と沢田綱吉の役目のようになっている。
彼の拠り所なのだ。
その片方が今、目の前で死骸を晒している。
骸は混乱を極めた。


「なんで、し、死んでるんですか!」
「殺されたんだ。」
「なんで殺されたのです!」
「それは彼がマフィアのボスだからだよ。君だってわかってるんだろう?」
「わかるけどっ、」



わかるけど――。
そう呟きながら、骸は静かに口を噤んで俯いた。

彼は意外にも冷静だった。
静かに息を整えて、柩を見つめながら呆然としている。
僕はもっと酷く暴れ回るものだと思っていたから、その様子に心底安堵した。
彼はこういった局面には、どうやら強いようである。
それが昔からの壮絶な幼少時代に関係があるのかどうなのか、僕には判じかねるのだが、とにかく骸は落ち着いた。
落ち着いたのか、心を無くしてしまったのか、僕はそれすら判じかねていたのだ。
恐らく僕も動揺していた。
骸の状態を見誤ったと気が付いたのは、僕が平静を取り戻した後の話である。




骸は何日も部屋に閉じこもったまま、それ以来、一言も言葉を発しなくなってしまった。
その瞬間、僕は自分自身の勘違いに漸く気がつくことが出来たのだ。




「骸、起きてる?」



いつものように部屋の扉をノックする。
だが、これもまたいつものように室内からの応答はなかった。


(もしかすると、心の整理をつけているだけなのかもしれない。)


僕はそう思った。現に沢田綱吉の一番の側近である獄寺隼人などは、骸同様にほとんど部屋から出る様子が無かった。
しかしそれでも外せぬ仕事や食事の時などは、何度か通路ですれ違った覚えがある。
彼は憔悴してはいたが、その瞳はなんとか乗り越えようと足掻いているであろう微かな光を灯していて、僕は内心、それほど親しくもない獄寺隼人のその姿に感心を覚え、尊敬すらした程だ。

そんな理由もあってか、僕は骸に対し暫く様子を見ようと、そういう態度をとるようになった。
実際のところ、僕はただ自分自身にも余裕が持てず、骸への対処を先へ先へと引き伸ばす良い口実を獄寺隼人から得ていただけなのかもしれないけれど。
あえて自ら部屋に侵入することを、僕は数日間、避け続けていたのだ。

しかし最早七日間。
骸の姿を視ていない。
流石に不安になった。
それが遅すぎる、八日目の今朝のことである。





「骸、入るよ。」



そして僕はとうとう、強行突破を試みた。
ドアノブは鍵すら掛かっておらず、すんなりと内側に開いた。
少しの躊躇いを押し切り、僕は室内へと足を進める。
「骸?」
クイーンサイズの天蓋付きベッドが一番に目に入り、薄い絹の天蓋の隙間から、骸とおぼしき背中を見つけた。
横たわっている。
横たわったその背中が、柩の中で安らかに眠る彼、沢田綱吉の其れと重なり、僕の不安は頭の中で最高値に達した。




(骸が死んだらどうしよう。)




そんな言葉が頭をよぎった。
どうしよう。
指先が震える。
怖かった。
物凄く怖かった。
あんなにも動揺したのは、後にも先にもこの時だけだ。


(僕と沢田綱吉は、骸を支えているつもりだった。)


でもそれは単なる自意識過剰な僕の愚かな感想であり、実際には僕は不安定な彼を支えることにより、自らもしっかりしなければと自制心を育まれ、結果的に彼に支えられていたのである。
沢田綱吉が死んで、骸まで居なくなってしまったら、僕はどうすればいいの?
頭の中は大混乱だ。
(誰か。)
何故か震えが止まらない。
逃げ出したい。
何も知らぬふりをして、このまま骸は生きていると思いこみながら、どこか遠くに逃げてしまいたい。
(誰か助けて。)
僕は初めて誰かに助けを乞うた。
後ずさる。
天蓋から覗く背中から目を離せぬまま、部屋から出る。
(違う、逃げてる。)

骸の部屋の前を通りかかった山本武にぶつかったのがその時だ。
僕は無様に震える体をひるがえし、不思議そうに首を傾げる山本武の犬のような瞳を見上げた。



「雲雀?」
「た、」
ダメだ。
(止まらない。)




「助けて。お願いだから、いやだ。そんなの僕はいやだっ!」



叫んでいた。
涙で視界が歪む。
まるであの時の骸だった。
山本武はただ事ではない僕の様子を察し、何度も僕に呼びかけたが、僕の頭には沢田綱吉の横たわる姿と冷たくなった骸の姿で頭がいっぱいだ。

タカが外れた。
そういう事だろう。
今まで誰にも見せやしなかった、自分自身ですら気が付かなかったこんな部分を、たいして親しくもない山本武にさらけ出してしまう程、その時の僕の混乱ぶりったらない。
骸の気持ちが解った気がする。


「落ち着けよ!どうしたんだよお前!」
「なんで死んだの!沢田綱吉はなんで死んじゃったんだ!」


訳が分からない。
僕は骸があの時叫んだままのセリフを口走って泣いていた。
混乱を極めた頭の中は自分だけでは収拾がつかない。
不安ばかりがただ波のように押し寄せ、僕は訳の分からない事を叫びながら、山本武にすがることしか出来なくなっていた。

「ここって、」
骸の部屋か。
山本武は呟いた。
なにかを察したらしい。
山本は、ここにいろよと言いながら僕を通路の壁にそっと落ち着かせ、そして部屋へと足を進めた。
なのに僕は後を追った。
動機が激しく、鼓動は止まず、だけどただ待ってなどいられない。
独りじゃ部屋に入ることすら出来ない癖に、他の誰かに先を越されるだなんて、もっと出来ない。
耐えられない。


「おい、雲雀」
「骸っ!」

僕は山本武と天蓋をはねのけて、横たわる骸を半ば無理矢理仰向けにさせた。
骸は――生きていた。


瞳は虚ろだった。
幾分痩せていた。
八日ぶりに見る骸の姿は散々なものだったけれど、僕を安心させるには十分だった。
(生きてた。)
僕は骸を見下ろしながら、骸の頬に涙を降らせて抱きしめる。
もう元気になれとかがんばれだとか言わないから、ただ生きていてくれるだけでいいから。


ただただ
神様に感謝した。
ねぇ、沢田綱吉。
(お願いだから骸を連れていかないで。)
お願いだから、もう僕の前から誰も消えていかないでよ。
群れてる奴らは嫌いでも、独りになるのはもっと嫌なんだ。















泣き言を大いに含んだ僕の祈りは届くだろうか。


きっと無理だとわかっていても、それでも祈り続けて止まないのは、白い花に囲まれて眠る、優しい彼の意志なのだろう。

いつまでも平和でありますように。
誰も傷つきませんように。
そうやって自分のものを奪われないように、他の誰かのものを奪い続けて。
(それでも僕が平和であれば別に構わない。)






僕から何かを奪おうとする輩はみんな、全部僕が咬み殺してあげるから。

だから君だけは僕の隣で笑ってて。



























利己的だって
構わないから。



















END



2009 0721
森野夕。




久々な雲骸小説。
昔途中まで書いてて放置していたものを完成させてみました。
雲雀の唯我独尊な性格とマイウェイな性格が出せていたら成功です(笑)

やっぱり雲骸はいいなぁ。←








第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!