[携帯モード] [URL送信]
桜ロック(雲骸)











「君ってほんとに面倒くさいね。」






(誉め言葉ですよ。)
僕は葉桜の下で微笑みながらそう返した。

雲雀恭弥は笑わなかった。
小高い丘から街を見下ろす僕を眺めながら、春風に乗った桜の花弁を楽しんでいる。
雲雀はこう言った。




「何を我慢しているの」

「なにを、言っているんですか?」

「君はいつも何かを我慢している。言いたいことがあるなら言えばいい。なのに君はいつも黙って、どこか遠くを見ているじゃない。僕はそういうわかったような奴が一番嫌いだよ。」






桜は散るのだな。
僕は街を見下ろしながら、そんなとても当たり前のどうでも良い事を考えていた。

雲雀恭弥が僕を見ていたからだ。
僕の左側に腰掛けたあなたの視線を、痛いくらいに肌が感じて、どこか違う所に意識を持っていかないと、そのまま視線に飲み込まれてしまいそうだったから。
桜が、肌を掠める。
やがて落ちる。
(我慢だなんて、僕はしたことがあっただろうか。)

僕は桜を見上げた。
いつも投げやりに、なるようになると生きてきた僕の愚行を知っていながら、あなたは僕が我慢をしているだなんて、そんな馬鹿げた事を言う。
僕が我慢をしていると言うのなら、この不自由極まりないくだらない俗世に生きるすべての人々が、僕の想像を絶する程の我慢をしている事になるのだ。

僕はこの上なく不器用で、うまく生きる事を諦め、足掻くことを早々にやめてしまいました。
しかし俗世に生きる彼、雲雀恭弥や、この見下ろせる街の中で今も走り回っているであろう沢田綱吉を取り巻くすべての人々は、未だに足掻いて前へと確かに進んでゆく。

(僕はずっと止まったままなのです。)

怠けている。
甘えている。
すべての苦しみを世の中の不条理さのせいにして、逃走出来る所までどこまでも逃げ続けている。
やはり僕のこの感情は、我慢と名付けてはいけないものなのです。
苦しくとも足掻き、前向きにひたむきに前進する彼らにとって、僕のそれは忌々しいモノでしかなく、僕の抱いている薄暗い闇を見れば見るほど彼らは僕に苛立つ事だろう。

(君ってほんと、面倒くさいね。)

云う通りだ。
僕は面倒くさいのだ。
僕は彼らの進む道の障害以外の何者でもない。
輝かしい希望を次から次へと遮断してゆく邪魔な闇の存在だ。

(そんな僕が我慢をしているだなんて殊勝な話、烏滸がましいにも程がある。)




「何を考えているの」
「何も。」
「やっぱり君は何も言わない。君の頭は今頃きっと自虐的な言葉の食物連鎖が起こってる。そしてそこは弱肉強食なんだ。常に君は食われる立場だ。戦えば強い癖に、そんなところだけ弱いね君は。」
「よくわからない喩えを使いますが、あながち間違ってはいませんよ。だって無駄でしょう?僕の気持ちは僕にしかわからない。あなたの気持ちもあなたにしか。人は、そう云う生き物なんです。」

「そういうことを言ってるんじゃない。」




雲雀恭弥は立ち上がった。
僕はとっさに腕を構えた。
風を切る音がして、顔の前で十字に構えた腕に痛みが走る。
トンファーだった。
「いい反応だね。」
雲雀は言った。
やんわりと振り下ろされた其れは決して本気の一撃などではなく、ただしふざけているとは言い難いくらいの衝撃となって僕の骨を軋ませた。
僕はなんだか、叱られたような気分になった。
(やっぱり僕は人を苛立たせることしか出来ないじゃないか!)
舞い散る桜が憎らしい。
口を開いた自分が憎らしい。

「打撲だね。」
「痛い、ですよ。」
「ならもっと殴ってあげよう。ただし打撲じゃ済まないよ。」
雲雀恭弥は笑った。
凶悪な笑みだった。
ああだから嫌なのだ。
話をすればするほど、自分の弁護に回りたがる僕の口はなんて烏滸がましい存在なのだ。
結局相手を苛立たせて、こうして怒らせて、どうしようもない所まで追い詰めて、ひたむきな彼らの光を遮断してしまう僕は彼らに悪い影響しか与えない。
あなた達のあたたかな未来へ続く道を塞いでしまう障害物なのだ。
喋ってはいけない。
なのにどうして、


「苛立って、いるんでしょう?」
それなのに、そのとき頭の中で押し殺していた言葉は何故か我慢ができなかったのです。


「なにが」
「とぼけるな。僕の態度が気に入らないなら、僕が邪魔なら、邪魔だと言えばいい。うじうじと蛆虫のように嘆いていて鬱陶しいと、消えてしまえと!そう言ってもらえたら僕は、」
「僕は?」
「僕、は…」
「僕はなに?消えろなんて言ったらほんとに消えちゃいそうだよね君。ねぇ、なにを泣いてるの。君ってほんとに面倒くさい男だね。こうでもしないと口を開けない。」



雲雀恭弥はそう言いながらも特にうんざりした様子も見せず、俯いたまま膝をつきそうになる僕の体を支えて、ちゃんと立ちなよと叱咤した。
侮れない男だ。僕は彼の誘導作戦にまんまとハメられたようである。
僕はただごめんなさいと子供のように呟いて、なんとか両の足に力を入れる。
しかしダメだった。
結局その場に膝をついて、僕はなんだか叱られたような気分のまま、涙が止まることはない。

お願いですから言って下さい。邪魔なら邪魔と。でないと僕は――
途切れ途切れに紡いだ言葉が身に染みた。
不安だったのです。
でないと僕はどうなるのか、その続きは自分でもよくわからない。
しかしただ一つ、一つだけ確かにわかることがある。

「こわいん、です」
僕は伝えた。
何がだいと聞かれても、わからないとしか答えられないような不安。
あなたは呆れた――ような気がした。



「君さ、僕が誰かに遠慮をしたり気を使うような男に見えるかい?」

頭がぐちゃぐちゃな僕は話の内容がよくわからないまま――今思えば雲雀恭弥が自身を傍若無人な人間であると認めた瞬間だったのだが、とにかく僕はそれどころではなく、何も理解が追いつかないままに雲雀の右肩に額を押しつけていた。
まるで頭で体を支えているようだ。膝をついた僕の体積は全て雲雀の右肩へと委ねられている。
僕が少し落ち着いてから、雲雀は言った。


「邪魔なら邪魔だと言ってあげるよ。なんでもかんでも言葉にしないと安心できないのなら、僕のところに来ればいい。いくらでも不満を言葉にしてあげるから。」
「それも、こわいです。」
「わがままな男だな。まぁどうせ君の頭は君にやたらと厳しいし、僕が不機嫌な態度をとったらそら見ろと言わんばかりに悲観して、自分に悪いように悪いように解釈するんだろうけど。」
「否定出来ません」
「しなくていいんだよ、本当の事なんだから。立派な被害妄想だ。僕にとっては不愉快だね。」
「知っています。」
「いいや知らない。僕のことは僕にしかわからない。君がそう言ったんだ。」

でも――、そう続けようとした僕の言葉を遮るように、彼はゆるやかに僕を見つめて笑った。







「だから、僕くらい君を甘やかしたって良いんじゃないかと、そう思うんだけど。」








ダメかい?
雲雀は笑った。
僕は言葉を失った。

見入ったのだ。
信じられないくらいゆるやかな彼の笑顔は、桜の花びらが散る瞬間のように刹那的なものだったけれど、僕はしかとそれを網膜に焼き付けた。

桜が散る。
春風が揺れる。
どうにも現実味が無くて、僕はどうすれば良いのかわからなくて妙に恥ずかしくなって、心の片隅でまるで同性愛者みたいだと思った。
だけど其れに限りなく近い想いが芽生えた。



「好きになりますよ。」
「ワォ、気持ち悪いな。君が僕とそういう事がしたいのなら僕は大いに構わないけど。」
「構わないんですか」
「構わないよ。だいたい好きな人って人でしょ?人は男も女も人なんだからどっちだって好きな気持ちは同じさ。好きな人が男だろうが女だろうがオカマだろうが関係ないね。そして僕は君が嫌いじゃない。」
「あなたの常識には、毎度驚かされる。」
「君の自己否定型の常識の方こそ驚くよ。僕に少し分けてくれない?どうやら部下が言うに僕は、自己否定の感情が欠落した自身満々男らしいから。」

「クハハ。的を射ていますね。そのまんまでいて下さい。実に面白い。」
「おもしろがるな。咬み殺すよ。」






いつの間にか雲雀恭弥の腕に抱かれながら、僕は自然と笑えていた。
二人で丘に寝転がる。
空の青と桜吹雪。
しばらくそれを眺めてから視線を感じて隣を見れば、雲雀恭弥が僕を見つめていた。
ふっと視界が暗くなって、唇にやわらかな感触がした。
次に視界が開けた時、雲雀は不機嫌そうに眉を寄せていて
「邪魔された」
と言いながら、自分の唇に張り付いた桜の花びらを摘んで捨てた。
「な、なにを、」
「なにをってキスだよ。イタリア語で何だったかな、バーチャル?」
「バチャーレ?」
「そう、それ。」

突然すぎて、僕はもう振り回されてばかりだ。
なにを考えているんですか、同意も無しによくそんなことが出来ますねと支離滅裂な言葉でやっと伝えれば、目の前の彼はなんとも不敵にかっこよく笑って、







「自身満々だからね」







と、言った。











NEXT





第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!