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桜ロックA(雲骸)











初めて恋をしたのです。

男の人だったけれど、彼に言わせれば、そんなものは全く関係がなかったようで。
無意味に何もかもが輝いていました。
少しの時間でさえも、同じ時を過ごしていました。


しかし大人になって、再びこの場を訪れた僕を待っていたのは、彼ではなく満開の桜と春風だけでした。

彼が待っているかもしれないだなんて、そんな幼い子供の夢のような期待なんて、これっぽっちも持ち合わせてはいません。
ただ懐かしさに足を向けた時期、それは丁度桜が満開に花開く頃だったのです。



(雲雀恭弥、僕は今でも勝手気ままに、散歩と称した逃走劇を繰り返していますよ。)


イタリアの地から逃げ出し、仲間に見つかるまで行き当たりばったりの散歩をして回る日々でした。
結局僕はいつまで経っても逃げる以外の術を知りません。
『帰る』と云う言葉が使えないままなのです。



あなたは先月結婚しましたね。
奥さんはとても素敵で強い女性でした。
イタリアの地に鎮座する偉大なるヘタレボスに集まった幹部の僕らはいつしか長いつき合いとなり、酒も飲めば女とも遊ぶようになった僕らは平気で血にも濡れ、色々なものと出会っては別れて、そしてまた出会って。
そんな繰り返しの中、いつの間にか過ぎ去っていた楽しかった頃を、振り返ったりもするのです。









「ただいま。」








僕は、

祖国へ戻れば嫌でも目にする雲雀恭弥にそう言いました。
現在の彼に言ったわけではありません。思い出の中に鮮明に残った、過去の彼に向けた言葉なのです。
ただいま――と。
自然とそう言えました。
僕の隣にいた頃の彼を、若く、かっこつけたがりの時期に現れたヒーローのような頃の彼に、僕は今でも惹かれます。



(だからと言って、今の僕には関係のないことかもしれませんね。)




十年前と同じ場所に腰掛けて、同じように寝転びながら空を眺めた。
携帯電話で、見たままの風景を写真に撮って、それをそのまま雲雀恭弥に送信する。
件名は『さて、ここはどこでしょう?』。
意外なことに、返信はすぐにありました。





〔君とキスした場所。イタリア語でなんだっけ?バーチャル?〕





僕は笑った。
独りで笑った。
桜も笑う。
知っている癖に、こう云う所だけいつまでたっても昔と変わらない。
僕はバチャーレですと返事を返し、彼は「そう、それ」とあの頃と変わらぬ返事をくれて。
メール嫌いの彼は、そこから会話を無理矢理電話に切り変えました。


『君、日本に居たの。早く帰らないとクローム髑髏が心配してるよ。』
「そうですね。少し心がタイムスリップしていたもので。」
『馬鹿なことしてないで早く帰っておいでよ。…まさか君、泣いてるんじゃないだろうな。』
「クハハ!さすがは雲雀恭弥。大正解です。なぜ解ったんですか?」



何故なのでしょう。
自分でも何がなにやらわからないのです。
涙を流すのは何年ぶりなのか、十年前のあの日以来のような気がしてなりません。
いい大人が桜を見上げて泣きべそだなんて、しかも普段は気取って感情を見せない不敵な男を装っているものだから余計に恥ずかしい。
そんなこと百も承知でも、其れはまるで僕の意識とは無関係に、桜の花びらのように、はらはらと気持ち良く地に落ちては消えました。


『大丈夫なの?』
「なにがです?」
『君がだよ。』
「平気ですよ。」
『平気な人間は泣いたりしない。君はいつもどこか脆い癖に妙に頑張るんだから、あんまり無理しないでよ。』
「子供扱いが抜けませんねあなたも。じゃあ少しだけ、懐かしくって寂しいんです。」
『僕が結婚したことが寂しいってこと?』
「クハハ!自惚れもほどほどになさいな。僕はもうあなたなんかこれっぽっちも愛しちゃいませんよ。」


僕は笑った。
泣きながら笑った。
笑い泣きなのか、泣き笑いなのかわかりやしない。
それは本当です。
本心なのです。
僕は丘に寝転んだまま空と桜を交互に見比べ、やがて目を閉じて。
瞼の裏に、昔のあなたを思い浮かべて。







「僕が愛したのは、後にも先にも、あの日のあなた1人だけです。」










桜が頬に乗る。
眠ってしまいそうだ。
心地よい日差しと風と花の香りが、目を閉じた僕の暗い世界を彩ってくれる。

大丈夫だ。
僕はもう大丈夫。
(もう、自分だけで自分を支えられる。)
そう思った。
あの日、この場所で、彼に支えてもらわないと立ち上がることすら出来なかった自分はもう居ない。
(僕も変わったんだ。)


繋がったままの電話も気にせずにうたた寝をしてしまった僕が目を覚ますと、なんと雲雀恭弥が目の前に居ました。
それも、どういう手段でここまで来たのか、シャツやネクタイが物凄い乱れようだったのです。




「君は馬鹿か!」


そして息乱るる彼はそのまま開口一番、僕を怒鳴りつけました。
僕はとにかくびっくりしたまま固まって、イタリアから彼がここに到着した事実を目の当たりにし、何日寝ていたんだと考えながら携帯電話を開いてみたが日付は変わっておらず、時間もほんの三十分程度しか経っていない事が判明しました。


「なぜここに?」
「ここは並盛!僕が居ちゃ悪い?」
「だってクロームが心配してるって、」
「そんなもんは帰国前に見た彼女の様子からわかるじゃないか!君は国際電話をしているつもりだったのかこの馬鹿!」

言いたい放題だ。
何を怒っているんだ。
しかしこの時期に帰国したのなら理由があるはず。恐らく同じ日本人である奥さんの実家にでも挨拶をしに来たのではないか?
「君のおかげで義理の両親の僕への印象がガックリ下がったよ!」
ほら見ろ。当たり。
僕は頭の中で勝手に会話を成立させた。
しかしそうもいかない、聞かなければ理解できない事が多すぎる。


「どうしたんですか。そんなに急いで現れたりして。僕のせいって、僕何かしましたっけ?昼ドラみたいなドロドロの不倫関係は嫌ですよ。」

「やっぱり馬鹿だ!この馬鹿!君と昼ドラな関係なんて出来るわけが無いだろう!なぜなら僕は嫁さん一筋だからだ!あのねぇ、電話が繋がったまま急に返事が無くなったりしたら、誰だって心配しないかい?いいや君だからだ!君は人一倍、僕を心配させてくれる!最悪だ、この馬鹿!」


一気にまくし立てた後、息を切らしながら雲雀恭弥は馬鹿である僕の右肩に額を寄越して膝をついた。
まるであの日の僕のように、頭で体を支えているかのように、彼の体積は僕の右肩に委ねられている。

「心配、で?」
素直に嬉しい。
雲雀は僕の肩に埋もれて、片腕を僕の首の裏に回して息を吐いた。
「当たり前だろう。悔しいな!寝てるとは思わなかった。こめかみに風穴が空いた君を何度も想像したじゃない。」
「そこまで行くと少し悲しくなりますね。」
やっぱり?
そう言う彼は、僕の肩から顔を上げずに、少しだけ笑ったような気がした。


「とりあえず、よかったよ。以後うたた寝は謹んでほしいもんだね。」
「大丈夫ですよ。そんなに心配してくれなくても、僕はもう大丈夫ですから。」
「なにが?」
「もう自分で自分を支えられます。あの頃の僕はもう居ません。だから、」

「だから?」
「だから…、」



(だから何だ?)
僕は何が言いたい?
おかしい。
誘導されている。
いつかと同じだ。
いつだ。
(あの日だ。)



「だからもう僕に構うのはよして、夫婦二人で仲良く暮らして下さい。かな?」

「また…ハマってしまいました。あなたはやっぱり侮れない。」
「当たり前じゃないか。僕は何年たとうと僕なんだから。君とだって何年の付き合いになると思ってるの。悲しいことに、僕の愛する奥さんよりも長いんだから。」
「クハハ、」



その笑い声を皮きりに、僕は再び泣きました。
ただ、漠然と悲しくなったのです。

僕は今でも勝手気ままに、散歩と称した逃走劇を繰り返している。
(何も変わっちゃいないのです。)
イタリアの地から、
何か怖いものから逃げるように、仲間に見つけてもらえるまで行き当たりばったりの散歩をして回る日々。
結局僕はいつまで経っても、現実を前に逃げる以外の術を知りません。
逃げることしか出来ません。
どこかに帰ると云う安心の言葉がいつまで経っても使えない、どこに帰るのか、帰る場所が在るのかどうかもわからないまま。

「僕は、」

自分が何も変わっていなかったと云う事実を知りました。
ひとつも成長していなかったと云う事実がただ悲しくて、漠然と寂しくなったのです。
全ては僕を置いてけぼりにして流れてゆく。
沢田綱吉らボスの周りに存在する輝きなんて、僕はひとつも持っていなくて。

(僕は常に、もうずっと前から、何の進歩もなく立ち止まったままなのですね。)

雲雀は、小刻みに震える僕の背中を何度かあやすように撫でました。




「あーあ。だから無理はするなって言ったのに。君は僕からすれば年の離れた弟みたいなものなんだから、いつまで経っても安心なんかしないんだよ。大丈夫だとか言って妙に背伸びをしている君が一番どん底の状態だってことを、君よりもよく知っているからね。また自虐の食物連鎖が頭の中で起きているね。まったく、僕に分けてよその後ろ向きな性格。君は馬鹿だから上手な甘え方も知らないし、僕が甘やかさないで誰が君を甘やかすのさ。」


嫁は嫁。
弟は弟。
どっちだろうが好きの気持ちは同じだって言っただろう?
雲雀はそう言いながら、静かに泣きじゃくる大きな子供を甘やかし続けた。
甘やかし方もおかしかった。
君は馬鹿だとか、不器用すぎるとか、そんなことを言う癖に、とても優しく僕の背を撫でていて。
疲れが出たのか何なのか、気分が悪くなった僕を介抱してもくれて。
立ち止まる事は悪くないし、何より君は立ち止まりやしないだろう。動きまくって足掻きまくって、いつも僕や沢田綱吉を困らせている癖に!

そう嘆く彼はどこか本気のようで、励ましではなく事実なのかもしれないと、なんだかそう思えたのです。




「落ち着いた?」
彼の上着を枕に横になっていた僕に、彼は無表情のまま問いかけました。

「恥ずかしすぎます。僕は今年でいくつになりますか。」
「2ヶ月後に、25じゃなかったかな。」
「…なんでこうも不安定極まりないんでしょう。自分に呆れますよ。」
「そんな調子なのに裏社会でやんちゃをしているからじゃない?マフィアを辞めてしまえばいい。」
「本気で言ってます?」
「僕はいつでも本気だよ。でもまぁ、君は所詮、何処で何をしていようがそんな調子なのかもね。自分は傷つきやすい癖に、敵相手には精神的な攻撃を難なくこなしてしまうような奴だし。つくづく君って面倒くさい男だな。変な所で器用な癖に肝心な所で不器用なんて、君は強いの弱いのどっちなの?結局はどうにかこうにか巧いこと自分の性格と付き合っていくしかないんだから、あんまり焦っちゃいけないよ?」








「僕が一緒に居るんだし。」











彼がさらりと言ってのけた言葉は、僕が一番欲していたものでした。



「桜が綺麗だね。」

再び涙が溢れ出してくる僕の耳に、その言葉はもう届きやしません。
桜が散って、僕らの上に積もります。
毎年毎年、これからもずっと、僕はあなたに支えられながらでしか、生きていけはしないのでしょう。
(それも、いい。)

帰る場所は、常にあなたとなりました。
あなたの伴侶に迷惑がかからない程度にお世話になりますから、どうぞこれからもよろしくお願い致します。




















(僕が逃げたら、ちゃんと追いかけて来て下さいね?)

(望むところさ。君ってほんとに、女より面倒くさい男だね。)









END


BGM/桜ロック
2009 0416
森野夕。







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