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消えない願い。(チア骸)

骸キャラソン『消えない願い』をイメージして執筆しました。
復活ノベルの骸幻想の直後という設定の話です。














(無様なものだ。)






いつからでしょう。
いつしか僕の立つこの場所は、純粋なものではなくなっていました。
否、元々そんな場所になど立っては居なかったのでしょう。
僕はただ自らの理想を現実のものとして、まるで徒かもそこに立っていたかのような錯覚を抱いていたのです。


幸せなものを描いて、理想と現実を履き違えて、闇の中に佇む今を振り切るように、ただそのまやかしの幸せを取り戻そうと、無様に足掻いていただけなのです。








「骸。」


「何ですか?先輩。」






黒曜ランド、劇場。
廃れきったそこの、廃れきったソファーに座す僕の背後から感じる視線に、僕は振り返らずに答えた。

仄暗いそこに感じる彼の視線と、そんな彼に背を向け深々とソファーに身を任せている僕以外には誰もいないその劇場に、ただただ無様に横たわるのは、無様な無様な生贄のヒツジ。
スケープゴートは薄汚い床に薄汚い制服を擦りつけて倒れ伏し、骨もなにもかもを砕かれた悲惨な有様の彼を、僕はただただ両の指を絡めて見下している最中だった。
「何か?」
僕は背後に問いかけた。




「気分が悪そうだな。」

「何を言い出すかと思えば、またおかしな事を言いますね。これほど気分のいい事は他にありませんよ。すべては僕の予想通りの結果となったのです。」






そう。
予想通りだった。

日辻真人。
黒曜の生徒会長たる彼は、全く笑えてしまうくらいに僕の用意した道を素直に歩み、それは素直に外道へと堕ちた。
そして今、愚かな夢を見た愚かな愚かなスケープゴートは、報復という名の正当たる暴力を受け、僕の前に横たわっている。


ただ純粋に、平和で幸せな学校生活を夢見ていた哀れなヒツジ。

哀れなヒツジは僕の甘い幻想に導かれるまま理想と現実を履き違え、誰にも信頼されぬ苦しみの闇の中に佇む今を振り切るように、ただそのまやかしの幸せを取り戻そうと足掻いた結果、何の迷いもなく暴力への道を走り出した。

(彼は、堕ちた。)

馬鹿なものだ。
引き返せば良いものを、暴力などという愚かな道を選んだが故に、彼の純粋で幸せな願いは、惨い現実を前に無惨にも崩れ堕ちたのです。

そう
一瞬にして。








「クフフ。何もかもが予想通りですよ。人間なんて、やはりこんなものなのでしょうね。」









廃れた劇場にやけに響く自らの言葉の余韻を忌々しく思った。
仄暗い劇場。
横たわるヒツジ。
そんな場所で先ほどからずっと僕を見つめ続けている背後の視線は更に忌々しいのだ。
『背後』は言った。


「お前はそれが気に食わないのだろう?」
「はて、どういう意味ですか?」
「確かにすべてはお前の予想通りだった。だがいつも結果は予想通りなだけで、お前の理想通りにはひとつもならない。違うか。」
「だとしたら?」
「だからお前は、」
「僕は?」


「悲しんでいる。」

「ほぅ、僕が悲しむ?この無様な彼に?それはまた面白いことを言いますね。」





僕は立ち上がった。
足元に転がっていたガラスの破片を踏みつける。
パキリと小さく音を立てて崩れた其れは、もはや修復不可能だ。
ならば全て壊してしまえばいい。全てを壊し、粉々に砕き、純粋なる血の海に変えてしまえばいい。
(それは間違っていますか?)




「ランチア。お前は今、僕の理想通りにはならないと言いましたね。では僕の理想とは一体何なのか、あなたに解るのですか?」
「それは、」
「僕の願いが、僕の求めているものが。あなたにそれが解りますか。」
(僕の願い。)
「骸、それは、」


――それは?
僕は背を向けたまま、無様な日辻真人を見下したながら彼に問う。
解るのか、
あなたに僕が。
解るのか、
僕の消えない願いが。

(解りますか?)
否、喩え解ったとしてもそれは――












「無駄なのです。」








骸、と小さく呟くランチアの呼びかけを聞き流し、僕は舞台を降りると日辻真人へと歩みを進めた。
歩く度にリズミカルに崩れてゆくガラスの破片が奏でる終幕の曲。
果てなき復讐の想いが繰り返す、無駄のない愚かで哀れな世界。
(人は、愚か。)



「これまで何度も試しました。だが全ては同じ結果となりました。あなたの仰る通りですよ。人は愚かな道から抜け出せやしない。無駄のない復讐と云う名の世界の循環図を前に、僕の理想こそ無駄なのです。」

「・・・。」

「導き出される結果は僕の理想とやらを悉く否定し、それを更に遙か遠くへと遠ざけてゆきました。しかしその結果は、僕という復讐者の存在のみを肯定した。つまり、」



日辻真人。
あなたは正解なのだ。
あなたの成したこの無様で哀れな悪行は、決して間違ってはいない。
世界の道理だ。
僕は虫の息の彼にそっと微笑みかけた。



「暴力こそが正解なのです。人間なんてこんなものなのでしょう?ヒツジさん。」
「それは違うっ、」
「どうして。」


解っている。
お前の言いたいことは聞きあきるほど解っているんだ。
だからそれ以上何も言うな、ランチア。


「人間は、そんなものではない!」
「そうですか。ならば証拠を見せて下さい。僕が導き出した予想通りの結果を覆す程の証拠を。」
「証拠は・・・」
「見せられますか?そんな夢物語のような幻想の戯言を、この現実を前にしてもまだ、あなたは口にできますか?」
「骸っ、」

「ならば見せてみなさい。今すぐこの目に、僕に見せてみろ、見せて下さいよ!」









見せてみなさい。
見せて下さい。

この忌々しい右目に焼き付けるように、焦がれるように、あなたの抱く素敵な人間だけの理想の現実を見せつけてみればいい。
そんなものがあるのなら僕は喜んで己の予想など捨て去れる。
理想を持てる。



(無様なものだ。)


理想と予想は違う。
現実を前に、甘い理想は只の愚かな幻想に成り下がるのです。
いつしか僕の立つこの場所は、純粋なものではなくなってしまった。否、元々そんな場所になど立っては居なかったというのに。
僕はただ自らの理想を現実のものとして、まるで徒かもそこに立っていたかのような錯覚を抱いていたのです。
幸せなものを描いて、理想と現実を履き違えて、闇の中に佇む今を振り切るように、ただそのまやかしの幸せを取り戻そうと足掻いていただけなのです。
はじめから僕は、闇しか持ち合わせていないというのに。

(それ以上何も言うなランチア。あなたの優しく甘い理想は、現実の前に余りに無力で痛々しい。)








「何を思い描こうと、現実の前にすべての願いは無駄なのですよ。」









誰か、
(誰かお願いだ。)

誰か日辻を否定しろ。
誰か僕を否定しろ。
試しに試した結果は全て、僕や日辻という復讐者の存在のみを肯定するのだ。
暴力のみがすべてと知ってしまった哀れなスケープゴートに、誰か救いの否定を下さいよ。

あんな日々を送るくらいなら、全てを壊し、その場を血の海に染める他に方法はなかった?
あの頃の幼く清らかな手を、薄汚い血の色に染める以外、どうすることも出来なかった?
全ての結果はそれを惨いほどに肯定する。
誰も、誰にも否定出来やしない真理。
人はそんなものなのか。人はそんなものなのだ。
人は、愚か。




(それでも僕は、)













「僕は・・・」















静かな劇場。

惨劇の場。


散らばるガラスは終幕の曲を奏で、僕の願いは壊されてゆく。
ただひとつ、またひとつと手に入れる度に、ただひとつ、またひとつと遠ざかるその願いは無意味なものだと知りつつも抜け出せない。
抜け出せやしない。


「それでも僕は、これからまだ幾度も幾度も、」
「・・・」
「同じ結果を見ると解りきってはいても、それでもまだ諦めきれずに、理想の結果を見つけ出すまで人を試してゆくのでしょうね・・・。」
「骸、お前は、」



「言わないで下さい。解っていますから。解っているからどうかそれ以上、何も言わないで・・・。」




僕は、哀れそうに僕の背中を見つめるランチアの言葉を遮った。
尊い願いだけを並べた言葉は必要ではない。
幻想は無意味だ。
全ては現実のみぞ知るのだから。











「消えないのです。いつまで経っても、幾度現実を目の当たりにしても、馬鹿で夢見がちなスケープゴートの願いはね。」










(懸命に風紀を変えようと頑張っていた日辻真人の幻想が、僕は嫌いではありませんでしたよ。)
















消えない願いを夜空の果てに、結果は変わらぬと解ってはいても、この量の手で放つのです。

数多の結果に見せつけられる現実を幾度理解しようとも、それでも愚かなスケープゴートは、甘い幻想を抱いたまま眠りにつきたい。
信じてみたい。


そんな戯言のような願いはどうせ、やがては消え去る運命だとしても。












(それでも僕は、)


















消えない願い
信じてみたい。

いつか幻想が現実に。
そんな願いを抱きながら、僕は無様に足掻いて今を生きている。








愚かな願い。


(僕の、幻想。)















END



song by『消えない願い。』

2009 0318

森野夕。







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