トリップ/関西弁受け


 俺が覚えとるんは、薄暗い路地裏、目の前を走る怪人アルデンテ。麺が絡まった気持ち悪い身体の怪人で、うんこみたいな頭をしとる。

 もうちょい追い詰めたら変身してぎったんぎったんにしたるでハハハ! 今回の主役は俺や!

「待てやこらーっ!」
「シツコイ! コレデモ喰ラエー!」

 アルデンテもというんこ頭が振り返りざまに腕を突き出した。そこから目が眩むような光が放たれて、俺は腕を翳して呻く。

 なんや光だけかいな、と内心馬鹿にしとったら、うんこ頭が焦りの声を上げた。

「シマッタ! 力ノ制御ガ出来ナイ!」
「は?」

 記憶があるんはここまで。
 イエロー! と仲間が俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。


***


「どこや……ここ」

 光がおさまって瞼を開いたら、景色ががらりと変わってもうとった。路地裏におった筈やのに、今は建物の中におる。
 それもえらい綺麗で高級感のある部屋や。楕円形のテーブルの左右にソファが置かれとって、その奥にはパソコン付きの仕事机みたいなんが五つ並んどる。

「わけわからん……うんこ頭はどこ行ったんや?」

 きょろきょろしとったら扉がガチャッと開いた。見慣れた茶髪の男前が入って来て、俺は安堵に頬を緩めた。

「レッド!」
「ああ? 何言ってんだテメェ」

 ……あれ?

 なんかおかしい。俺の知るレッドは熱血でいつも笑顔で、こんな風に極悪人みたいな顔はせえへん。
 つーかなんでブレザーの制服着とんねん。俺らレンジャーは全員大学生やで? コスプレか?

「テメェ、なんだよそのチャラチャラした格好は。制服はどうした」
「は? いやそれはこっちの台詞なんやけど!?」
「寝ぼけてんだったら一発殴って目を覚まさせてやる」
「なんやねん意味不明や! そうやそんなことよりレッド、うんこ……怪人アルデンテを見ぃひんかったか!? 絶対そこらにおるで!」
「はぁあ?」

 ひっ! レッドの顔めっちゃ怖い! レンジャーのセンターポジションがそんな顔したらあかんって!

 ああでも格好ええな、って思ってまう俺はほんま阿呆や。……レッドはピンクのことが好きやのに。

 胸に去来する切なさに唇を引き結んだ次の瞬間、俺はレッドに胸倉を掴まれとった。レッドの顔が至近距離に近づいてって、俺の阿呆な心臓はどきんと派手に脈打つ。

「テメェ、俺様をからかってんのか? 念の為訊くが……テメェは碓氷恭介(うすい きょうすけ)だろ?」
「そやで。そんでもって怪人の脅威から世界を守る正義のヒーローレンジャー、イエローや!」
「…………」
「なんやその痛い子を見るような目ぇは! そっちこそ訊くけどな、お前は緒方旭(おがた あさひ)やろ!? 俺らのリーダー、レッドや!」
「確かに俺は緒方旭だが、そのレッドは余計だ。まあリーダーっつうのは間違ってねえが」
「どういうことや?」
「知るかよ。俺はこの学園の生徒会長で、お前は会計。レッドとイエローじゃねえ」
「そんなっ、嘘やろ!」

 レッドちゃうんか? 顔まるっきり一緒やん。強いて言うならちょっとこっちの男のほうが若々しく見えるってことぐらいで。

 混乱しまくる頭やけど、暫くして一つの可能性を見出した。

 あの時、うんこ頭の手から放たれた光。あれが俺を……例えば別の世界に飛ばしたとしたら。
 飛ばすだけやったらまだここまで話はややこしくなってへん。もしも、別の世界の碓氷恭介と俺が入れ替わったとしたら。

 血の気がサァッと引いていく。思わず目の前の男――旭を突き飛ばそうとした時、部屋の外からドタドタと騒がしい足音が響いてった。
 旭がチッと盛大に舌打ちを漏らして、俺の身体を乱暴に引き寄せる。

「え……んんっ!?」

 なんでや?

 なんで俺、こいつにキスされとるんや!

 舌を絡ませる濃厚なキスに頭が真っ白になっとったら、扉が勢い良く開け放たれた。
 涙で潤む俺の視界が捉えたのは、旭と同じ制服を着た小柄な少年やった。黒もじゃの頭で、目には今時ありえへんような黒縁眼鏡。

「わ、悪ぃ! 邪魔したな!」

 そいつは頬を赤らめて急いで回れ右をした。足音が遠ざかっていくと、旭が俺を解放する。

「はぁ……っは、なんちゅーことしてくれんねん……!」

 俺はレッドのことが好きやった。いや過去形とちゃう、今も好きや。ピンクとの仲を祝福しとると見せかけて、心の中ではいつも嫉妬しとる。

 レッドと同じ顔の男にキスをされた。せやけどこいつはレッドとちゃう。こんなんむなしいだけや……わからへん、気持ちがぐちゃぐちゃで、わからへん。

 涙が零れ落ちそうになるのをぐっと堪えて睨んだら、旭は目を見開いて瞬きを何度も繰り返した。

「テメェ、マジで恭介じゃねえのか」
「そうやな。お前の知っとる恭介とはちゃうみたいや」
「まだ完全には信じられねえが……もしそうなら、さっきのアレ勘違いすんなよ」
「は?」
「この前やって来た転入生が所構わず絡んできてうざくてな、俺と恭介は恋人のフリをして遠ざけてんだよ。別に恋愛感情があってああしたわけじゃねえ」

 嗚呼神様、こんな仕打ちないわ。

 ほんまに別の碓氷恭介と入れ替わってもたなら、俺は元に戻る方法を見つけるまでここで高校生として過ごさなあかん。

 失恋相手と同じ顔をした男と、恋人のフリをしながら?

 あのうんこ頭、今度おーたら八つ裂きにしたる!


end?


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あきゅろす。
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