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061. 桜
ザァァッー
春の風に煽られ木々が音を奏でる。
綻び始めた蕾は広がりを見せ華やかな色合いで人々を楽しませた。
桜並木が続く街道の一画に一際大きな桜の樹がある。樹齢三百年はいってるであろうその樹の下で、藍色に染められた着物を纏った黒髪の青年がいた。
少し気だるげな雰囲気を纏い幹に背中を預けている姿は桜よりも人々の視線を集めている。
「神田!」
道行く人々の中から一人の少年が走り来た。
その少年は一言でいうなら白。
髪も肌も、雪のような。
自然その珍しさから少年も人々の注目を集めた。
だが二人は気にすることなくお互いの逢瀬に笑いあい、手を繋いで何処かへ走り去った。
残された大木は、ザァザァ、と枝を揺らし僅かに花びらを散らした。
二人は河川敷を歩く。
「良かった!今年も神田に会えた」
「少し背伸びたか?」
「もう僕15ですよ?これからもっと伸びます!」
そのうち神田も抜かしちゃいますよ、と笑う姿にそうか、と神田は微笑んだ。
「ッッ///!」
「?、どうした、アレン?」
その笑顔を見た途端顔を赤くし俯いてしまったアレンを神田が心配そうに覗いた。
「〜〜っ!何でもないですッッ!…それより…今回はどれくらい居れそうなんですか?」
少しだけ弱くなる声。神田はそれを受けふと遠くを見た。
「そうだな…、長くて二週間、ってとこか…」
「二週間…そっか…」
アレンは繋いだ神田の手をきゅっと握りこんだ。
神田は桜の華が開花してから散る迄の間だけ人間の姿を取れる桜人。
幼い時自分の容姿から人々に罵られる度、あの桜の下で泣き続けた。
全て包むようなあの樹木にささくれ立った心が洗われそして癒された。
数年過ぎた何度目の事だったか、泣き疲れ春の穏やかさも手伝いそのままうとうとと寝てしまった時があった。
「おい、風邪を引くぞ」
ピタピタと頬を軽く叩かれ、渋る目を呻きながら開けたら、しゃがんでアレンを見つめている彼がいたのだ。
あまりの綺麗さに呼吸すら忘れて魅入った僕に、起きてるか?と神田は目の前で手を降った。
「お前よくここで泣いてるよな」
「えっ!!?」
誰もいないときを見計らって泣いていただけに見られていたことに恥ずかしく思っていたら、綺麗な指が伸びて来て頭を撫でられた。
「いつも俺のとこで泣くから気になってたんだ」
「俺のとこ?」
アレンはその言葉に首を傾げた。だって彼を見たのは初めてだ。こんな容姿を持つ人ならば気付かないわけがない。
そんなアレンの様子に神田はそうだった、と小さく笑い自分の正体を教えてくれた。
なんだか樹に抱き着いて泣いていたのに、目の前にいる男性に抱き着いて泣いていたことに変換すると物凄く恥ずかしくなりいたたまれなくなった。
「もうここで泣きませんからッッ!!」
「なぜ?」
「え!?いや、あの恥ずかしいし、神田だって迷惑、でしょう?」
「別に気にしない。寧ろ何処か違うとこで泣いてると思うほうが嫌だ」
お前と話して、そして涙を拭いてやりたいと思ったから人間の姿に成ってみたのだ、と神田は人間ならば恥ずかしくて言えないような言葉をさらりと言う。
アレンは更に恥ずかしなり、俯きながらも
「ありがとう」
と言った。こんなに他人から温かく優しくされたのは初めてでどうしたらいいか戸惑ってしまうけど、嬉しいことをされたらきちんと感謝の気持ちを言いなさいと、もう亡くなった父の言葉はしっかりと覚えている。
それからアレンは時間の許す限り神田の元へ行き様々な話を聞いてもらった。
神田から伝わるのはやはりあの樹と同じ包むような温かさ。
だがある日神田が自分の桜を見ながら、明日が限界か…と呟き、アレンに華が全て散ったら俺は人間の姿を保てない、と少し淋しそうに言った。
何故、とかどうしていきなり?とか、様々な気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合い何度か口を開くが言葉にはならなくて、俯いて嫌々をする幼子のように首を振る事しか出来なかった。
「また来年会えるから…、…お前が望むなら会いに来い」
アレンの頭を神田は優しく撫でながら続けて言う。
「それにお前に俺の姿や声は聞けなくても俺自身はここにあるから、お前の事はちゃんと見えて聞こえてるから…」
不条理だっ!と叫びたい衝動に駆られたがそれすら言葉にならなくて…。
その日はただ泣いて過ごした。
次の日の自分は大概ひどい顔だったと思う。神田に会いに行きたい思いと、目の前で消えてしまう恐怖が心の中で攻めぎあったが、神田に暫く会えないのに挨拶しないのは嫌だという思いが勝った。
ゆっくり、時間をかけて神田の元へ歩いていった。
そこにはほぼ葉桜だけとなった桜の樹と神田がいた。
その姿に胸が締め付けられるほど苦しくなって泣きたくなった。
神田は、また来年な、と小さく笑いまたゆるりと頭を撫でてくれた。
凄く凄く悲しいけどまた会える、それだけは確実。
アレンは精一杯の笑顔を浮かべた。
「うん、また来年、絶対会いに来ますから…。ありがとう神田」
その言葉と共に激しい風が吹き、思わず目をつぶった。
そして風が止み目を開けた時には神田はおらず、花びらも綺麗に散っていた。
それから三年、毎年桜の華が蕾からひらくときアレンは神田の元へ行っている。
たった二週間ほどの逢瀬。
だからこそ、アレンは出来得る限りの全ての思いを神田に贈る。
この気持ちが恋だと気付いたのは一年前。偏見を持たない友人のリナリーに神田の事を話してずばり、と言われた。
彼に会えるのは後数日しかないのだから会えるうちに言え、と半ば脅しのように言われ思わず頷いていた。
そして何かの会話の拍子に神田の横顔を見つめていたら、口から零れ落ちた言葉。
それまで考えていた流れや言葉は何処かへ行ってしまい、出て来た言葉は、
『好き』
という短い言葉。
驚いた神田の表情を見た途端思わず手で口を覆って見たが取り消すなんて出来やしなくて…。
逃げようと思わず後じさったら腕を掴まれた。
その瞳に映されるのが恥ずかしくて
答えを聞くのが怖くて
いつかのように嫌々と頭(かぶり)を振った。
そして温かさに包まれた。
思わず目を見開くと神田の腕の中にいた。
「あ、っ///、や、…!」
「逃げるな」
恥ずかしさからもがくアレンを神田は逃がさない。
「…俺は人間とは違うから愛情の仕方が違うかもしれないが、だが今のお前の言葉は胸が嬉しくなった、それに触れたい、とも思う、これは人でも同じか?」
神田の言葉に気恥ずかしくなりながらアレンはこくりと頷いた。
「そうか…」
神田はつぶやくとさらり、とアレンの頬を撫で頤を掴み上を向かせ、しばし見つめそっとアレンの唇を親指でなぞり、ゆっくりと己の唇を落とした。
そこから二人は『恋人』となった−−。
その時の別れはまた一層寂しかったけれど…。
恋人になってから初めての桜の開花。
さぁ、二人でどこに行こうか?
−−−−−−−−−−−−−−−
神田が偽物すぎ★
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