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017. 呼ぶ声






薄いまどろみの中。鼻をくすぐったのはあるはずのない甘い薫り。

はらり、はらりと足元を覆い尽くすほどの花びらが空から舞落ちてくる。

「チッ」

これは夢だと把握するにはさほど時間もかからない。何度も見た景色だ。

ゆるりと視線を巡らすとその先にあの人がいた。

あの時から変わらぬ笑顔のままで。

その姿を見る度に胸に広がるのは切なさとか愛しさと言われる感情。
一言で言うなら『哀愁』。
自分ではない元の感情がざわりと騒ぐ。
何年たっても慣れないそれに自嘲から唇を歪ませた。

訳もなく『戻りたい』と泣きたくなる。
泣いたところでどうなる訳でも無いことは痛いほど知っているけれど。


ふわり。と先程とは別の匂いが鼻をくすぐった。
その匂いに誘われるように薄いまどろみから目を覚ます。

開いた窓から春の風が優しく頬を撫で去りその感触を味わっているとふと肩にある重みに気づく。

見遣ればいつの間に来たのかアレンが自分にもたれ掛かり気持ちよさそうに寝ている。銀灰色の柔らかな髪をふわふわと風に遊ばれている様が神田の心を和ませた。
まどろみから目を醒まさせたのはこの少年の薫りだったようだ。
キラキラと輝くまばゆさに目を細める。

その瞬間消えたはずの幻影がゆらりと姿を現した。

『ネェ、マタアノバショニイキマショウ』

幻影の彼女がとても嬉しそうに笑う。

それをしばらく見つめ、隣に眠るあどけなさの残る少年を見た。

「悪いな。もう『俺』は『俺』であって貴女の『オレ』ではなくなっちまった」

もう貴女のものではないのだ。
『自分』は選んでしまったから。
緩く首を振り、その白い幻影に見せ付けるように神田は隣に眠るアレンへと口づけた。

「俺は、もうこいつのものだ」

そう決別を言い放ち固く目をつぶり開けた先には彼女は消えていた。

「ん…、神田?」
「悪い。起こしたか?まだ寝とけ」

優しく撫でてやると余程眠たかったのか程なく寝息が聞こえてきた。



またすぐ出てくるのだろう。
そう思いつつ神田もアレンにもたれかかりそっと目をつぶった。



今は。

今だけは。

隣のぬくもりをただ感じたかった。











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