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5:魔女の晩餐。

5:魔女の晩餐。

「今宵の舞踏会を前に、晩餐などいかがでしょうか。いえ何も仰らなくて結構でございます」

 という有無を言わせない迫力のメイドさんの言葉に、一旦は部屋に案内されたもののすぐに連れ出されて向かった先は、大食堂とでも言うべき『大部屋』だった。

 長方形に広がった空間、奥行きも高さも申し分ない空間に二列並べられている長テーブル。

 純白のレース模様のテーブルクロスは皺ひとつない綺麗な様に、天井から吊り下げられたシャンデリアからの明かりも跳ねかえすような、惚れ惚れする色合いで遊海を魅了する。

 それでも遊海が扉を抜けた先で固まってしまっているのは、その食卓に並べられた多彩な料理の数々だった。

「この料理……え、料理ですよねこれっ」

 何を見たのか。危うくキャラさえ壊れそうになる遊海の視線の先にあるのは、とりあえず大量に積み上げられ蒸し焼きにされたように思える"トカゲの丸焼き"。

 横には黒々とした液体の中に見え隠れする白いもの──骨?

 等間隔に並べられたグラスに注がれているのは赤ワイン、と思いきや鉄さびっぽい匂いを発するどう考えても『危険な代物』。

「勿論。当屋敷の専属シェフによる、それはそれは美味しい料理の数々でございます。本日は奥様のご意向で"魔女の晩餐風"に手を加えた、との事ですけれど」

「なるほど! 魔女ってこんなの食べてるんですね……?」

 素で引く遊海に、即答で言葉を返すメイドさん。

「いえ。奥様はもっと豪華で、一流なイタリアン等を好まれます」

「魔女なのに?」

「当然です」

 素知らぬ顔で言われ、これ以上は無駄かなと悟った遊海は全体的に様子を観察。

 流石に、こんな得たいの知れないものを食べるほど無鉄砲でもないが、とりあえずこの料理にも何か意味があるのかもしれない。

 それに、未だに直接『奥様』と顔を合わせていないのも気になる。

 気になるといえば、『舞踏会』だというのに自分以外に来客の姿が一人も見えないのも、口には出さない気になっている要素の一つだった。

 屋敷内に入ってから出会ったメイドも、すぐ傍に控えている毒舌仕様のメイドさんただ一人。

「つかぬ事を聞いてもいいですかっ」

「どうぞ」

「わたし以外の探偵とか、来客さんってどこにいるんですかねっ」

「さぁ?」

「………………。」

「冗談でございます。ふふっ、お許しくださいませ。本日、来客を予定されておりましたのは三葉遊海様、ただお一人ですので、他のお客様がやってくる事はございません」

 無表情にやられたら腹も立つが、笑顔でやられると──やっぱり腹が立つ。

 とはいえ『探偵は決して暴力を振るわない』のが遊海流。最低限の自分ルールなのだった。

「暴言メイドさんに聞きたい事がっ! メイドって皆、そんな感じなんですか!? 怪力?」

 代わりに『言葉の暴力』は可。

「晩餐会の最中、奥様からこれを渡すようにとご指示を受けておりました」

 無視された。

 若干へこみながらもそこは探偵。メイドから渡された黒い封筒を丁寧に切り開けると、中からは一枚のメッセージカード。


『舞踏会が始まり、終わるまでに当館から脱出せよ。さもなくば貴殿の命は奪われる』


 黒い下地に金色の文字で描かれていたのは、ただそれだけの一文だった。

 沈黙。

 顔を背けたまま肩を抱きかかえ、震える遊海に微笑を浮かべ、メイドさんは、

「怖くなりましたか、三葉遊海さま? まぁそれも当然──っ」

「やっと来たのですよ待ってたんですよ? 探偵を罠にかける醜悪な魔女っ! それに知恵と知識と洞察力とほか色々なもので乗り越え、事件を解決するわたしっ! 素敵っ! 最高っ!」

 不意にテンションの爆発した遊海に、呆気に取られてしまう。

「ふふふふ。メイドさんが真犯人という説もありますが今は置いといてっ! 脱出なんかよりも呼び出された真相を暴くほうが大事なんですよっ! あぁ脳細胞が疼く……っ」

「三葉遊海様。盛り上がっておられる所、申し訳ないのですが、これはゲームではなく」

「知ってますよ! むしろこんな場所まで呼び出して美味しいご飯も出してくれず! ただのゲームやる為に呼びましたとか言われたら怒りますよ! そこらへんの調度品壊します!」

「そっ、それはやめてください!!」

 ……こほん。

 思わず取り乱したメイドさんは、呼吸を落ち着かせるべく、ひとまず咳払い。

「何故に私の方が乱されているのかわかりませんが、説明があります。よろしいですか?」

「大丈夫ですっ! ノーヒントで真相を暴──」

「──肩を折られたくなかったら、聞いてもらえると幸いなのですが」

「聞きます。」

 急にしおらしくなった遊海に、メイドさんは新しくもう一枚の封筒を手渡すと言葉を続ける。

「現在、この屋敷は完全に封鎖され普通に出る事は叶いません。脱出手段のヒントがその封筒の中にありますので、舞踏会が始まり、終わるまでに脱出をお願い致します。なお、舞踏会はこれより20分後の開始を予定しており、その1時間後に終了します」

「……つまり。制限時間は1時間と20分というわけですねっ」

「その通りでございます。もし万が一、時間内に脱出できなかった場合は、先ほどのメッセージカードに記載されている通りとなりますので……ご注意を」

「了解ですっ」

 それと──とメイドさんは、探偵家業の人間にとっては有名な幾人かの探偵の名前を上げていくと、最後に二言を加えた。

「彼等も当館に挑まれ、現在は皆様、『行方不明』となっております。それをお忘れなきよう、精一杯、頑張っていただきたいものです」

 締めくくられたその言葉に遊海はほんの一瞬寒気を感じながらも、しかし、それでも探偵。

 不敵な笑顔でヒントの書かれた紙をめくった。

 →6話へ続く。

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