〆ショートストーリー/~3000字 『雪だるまと冬空の絆』 ぼくには、名前がないんだ。 ぼくはまだ、生まれたばかりだから、名前なんかない。 でも、とある日、とある女の子がやってきて、ぼくに名前をつけてくれた。 「あなた、今日から、ゆきちゃんね!」 こうして、ぼくの名前はゆきちゃんになった。 ◆ ◇ 「ねえ、ゆきちゃん」 名前がなかったぼくが、ゆきちゃんという名前をもらってから3日目。 ぼくに名前をつけてくれたこの女の子は、毎日飽きずにここに来て話しかけてくれる。 「あたしねー。真っ白な雪って、見てるだけですっごい、落ち着くんだー」 そうなんだ。 ぼくは自分の中でそう言葉を返す。 でも残念ながら、ぼくには口がない。声を出すことなんてできないから、女の子には届かないんだけど。 「ちょっと冷たいけど、でもこうしてる時間が一番好きなんだー」 見てみれば、確かに女の子の座ってるところは雪の上でお尻は濡れてすごく冷たそうだった。 でも、ぼくには何もしてあげることができない。 「大丈夫だよ。寒くないし平気、ゆきちゃんが溶けちゃったら困るからね」 なんでわかったの? 声なんて聞こえないはず、そもそもぼくには声なんて存在しないんだから。 そんな風に思って、でもわかってるんだ。ぼくの声なんて聞こえない。 ぼくがここに居て女の子の声をちゃんと聴いてることも、女の子は知らない。 知らないはずだった。 ◆ ◇ 「あのね、ゆきちゃん」 5日目。 冬は始まったばかりで、雪もまだ降りしきるそんな夕暮れ。 暗くなってきた雪道を女の子がやってきて、ぼくにそう声をかけてきた。 こんな時間にどうしたの? 伝わらないけど、ぼくは自分の中でそう、女の子に問いかける。 「えっとね……今日来たのは、あたし、明日引っ越さなきゃいけないからなの」 お引越し? それはつまり、ここには来れないってことなんだろう。 「そう、だからもう来れなくなるよ。ごめんね、ゆきちゃん」 理解したとおりにそう言う女の子の言葉に、首は振れないけど、ぼくは謝らなくていいよ。と自分の中でつぶやいた。 「うん、ありがとう……」 と、そこで初めて気付く。あれ? ぼくは今、この子と会話してる? 「それじゃ、ごめんね。これ、あげる」 今まで通じないと思っていたことが初めて、実は届いていたことを知って混乱するぼくに、女の子はそっと自分のマフラーをつけてくれた。 そして、ぼくが何かを言う前に去っていってしまった。 ◆ ◇ 「ゆきちゃん……」 とっくに引越しのトラックは荷物を積み込み出発し、後は自家用車が一台だけになった赤い屋根の一軒屋。 その前で少女はぽつり、自分がつけた名前を口にした。 「ほら、もう行くよ。来年には戻ってこれるから、それまで辛抱してね」 俯く女の子に、隣に立っていた両親がそう慰めて車に乗せる。 窓ガラス越しに見える朝の真っ白な雪景色も、顔を伏せたままの哀しげな瞳には映ることもない。 だが、ふと何かに気付いたように、途中で女の子は顔を上げる。 その道はいつも、自分が通っていた、おかしな雪だるまが置かれた道で。 一目だけでも見ようと顔を上げた女の子の瞳に、一瞬だけ「ゆきちゃん」が映った。 「またね! またね!」 動けないはずの雪だるま。 なのに何故かその体から伸びる腕代わりの木の枝は斜め上に持ち上がっていて。 風に揺られているのか左右に振られていて。 遠くて、絶対に聞こえないはずのその声が、自分に届いた気がして。 女の子は自然と、手を振った。 「またね、また会おうね、ゆきちゃん!」 届かないと知っていて、親からの視線も気にしないで女の子は手を振った。 また会おう、そう声が届くと信じて。 END [*前へ][次へ#] [戻る] |