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〆ショートストーリー/~3000字
『たんぽぽの空』

 いつものように目が覚めて、気持ちを良い朝を迎えることができた。

 今日も一日、頑張ろう。

 僕の日課は、飼っている猫に餌をあげることと、もうひとつ。

 今の時間だと餌をあげることだけなんだけど。

「ふわぁ……」

 朝はやっぱり眠いや。

 でも、太陽が昇る頃に起きて動き始めると、なんだか気分が良くて僕は年寄りくさいと言われても早起きをやめる気にはなれない。

 朝の用意と朝食を済ませて、僕はいつもより早めに家を出る。

 最近ちょっとだけ、学校に行く前に少しだけ寄る所ができたんだ。


「お、今日も綺麗に咲いてるなぁ」

 家から大体20分、バスに乗って辿り着いた場所に待っていたのは、僕の大好きな春の野草──桜並木も好きだけど、この小さな小さな春の花が僕は一番好きだった。

 たんぽぽ。

 人に言ったら笑われるかな? 良い年した高校生の男が、たんぽぽが好きなんて。

 でも見てて心がすごく暖かくなる気がするんだよ!

 僕の趣味は他人に笑顔をあげること。

 大層な趣味だ。お笑いと同じようなことしかしてないんだけどね。

「いいなぁ、たんぽぽ」

 じぃーっと、目の前に並ぶたんぽぽに視線を向けて、その場に座り込んで。

 周りの視線もなんのその。

 学校に間に合うぎりぎりの時間までここでたんぽぽを見ているのが最近の僕の日課になった。

 この花を見ていると、どこか自然と笑顔が沸いてくる。

 黄色くて儚くて、でも力強く咲くこの花が、僕は好きなんだ。

 学校に着くと、僕はまず最初にクラスメイト達を見る。

 おはようと挨拶を交わし、今日の色をよく見るようにする。

 僕にとってこの教室という場所は──いやどこでもそうかもしれないけど──空だった。

 一日一日、いろんな色を僕に見せてくれる。

 あるときは晴れ。皆楽しそうに過ごしている。こういう日が僕は好きだ。

 あるときは曇り。晴れている人もいれば、悩んでいる人もいる。難しい。

 あるときは雨。悩みを抱えている人たちがあちこちに見受けられる。

 僕は、人を笑わせることが好きだ。

 だから、雨の日は学校が終わるまでに、この空にお日さまの光が照るようにしたい。

 それが出来るかはさておいて……そういう努力をするのが僕は好きなんだ。

 この空の中で僕は今、何色になってるんだろう?

 ふとそんなことを思うことがある。でもそれを考えると、決まっていつも僕は自分に黄色い

 イメージを思い描く。

 なんでかと考えてみて、実に簡単な答えなんだと思った。

 僕はたんぽぽみたいになりたいんだ。

 黄色くて儚くて、でも力強いあの花みたいに。

 見てるだけで小さな幸せを感じれるようなあの花に、僕はなりたい。

 だからこそ普段の僕は、たぶん意識していないところでもそんな風に、たんぽぽのように人に小さな笑顔を与えられたら……って考えてるんだろう。

 好きなものの力って怖いね。


 次の日も、その次の日も、僕の日課は変わらない。

 朝、太陽が昇る頃に目を開けて、いつも通りに猫に餌をやり支度を整えて。

 今日も僕はちょっとした朝の寄り道をする。

 小さなたんぽぽ畑は今日もそこにあって。

 僕が今日見る空をちょっとでも変える力をくれる。

 勝手にもらってるから、今度なにかしてあげたいな。

「あれ、今日もこんな所でぼけーっとしてるよこいつ」

「ん?」

 ふと後ろを振り返ると、クラスメイトがいた。

 くすくすと笑いながら、こっちを見て通り過ぎていく。

 まぁ笑われたっていい。今はこの小さくて綺麗な世界に浸っていよう。

 小さくて健気なこの花を、もうしばらく見ていよう。

 今日のクラスメイトの空は、思わぬ形で晴れになった。

 最初学校についたときはまだ曇り空だったのが、休み時間になって今朝、僕を見たクラスメイトが、朝の話を皆にして──

 小さな笑いが起こった。

 悩んでた曇りの人の顔に、小さな光が宿って。ちょっと晴れた顔になったのを見て。

「今日の僕って、たんぽぽだ」

 つぶやいてしまう。

 それを聞かれてまた、爆笑の渦が起こったのは内緒。

 帰り道。僕はふと思った。

 たんぽぽひとつ。たんぽぽふたつ。

 そこに咲いている小さな花のおかげで、いろんな人たちが幸せになれる。

 少なくとも僕はこの小さな花のおかげで、とても幸せな気分になれたから。

 クラスメイトたちの心の空も、少しでも晴れにすることができたから。

 明日もそんな風に、誰かにとってのたんぽぽになれるといいな。


 そして今日もいつものように目が覚める。気持ち良い朝を迎えることができた。

 今日も一日、頑張ろう。

 END

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