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04.果てしない空虚感



転勤の話を聞いた後も私は変わらずに先生のいる部屋へと足を運ぶ毎日。
平気な訳がないけれど、なるべくいつも通りに、淋しいなんて言わないように、言えないように明るく振る舞った。
困らせたくない、ただその一心で。
それでも、机から少しずつ減っていく私物を目の当たりにして胸がちくり、と痛んだ。



「来週期末だろ、勉強してンのかよ」
「ちゃんとしてますよー、ほら今だって」
「…**名字**、家でやれ」
「まぁまぁ、カタイ事言わない言わない」

先生の机のすぐ側にいつもの様に椅子を付けて課題に手を掛けていた。
堂々と広げられた私の課題に溜め息ばかり漏らす先生が何ともおかしくて仕方ない。

(でも…もうすぐしたら、)

自分が引っ張り出した思考に自ら虚しくなって頭を横に振った。今はそれを考えてはいけない、と課題に目をやる。
けれど勉強意欲なんか出る筈がなくて。

「あーもーやだー」
「何がやだー、だ。やる気ねぇなら帰れ」
「先生ひど、っあ、何コレ?」

片付けの途中でたまたま出てきたのだろうか、少し古ぼけた写真が引き出しからはみ出ていた。
返事も待たずに写真を手に取ると映っていたのはジャージの姿をした女の人と犬を抱えた監督らしき人、そしてユニフォームに身を包んだ数人の男子生徒。そして女の子が一人、きっとマネージャーだろう。

「わぁ…!先生若っ!」
「まだ一年ン時のだからな、」
「この女の人は?」
「…あぁ、モモカン。監督」

一瞬何かの聞き間違いかと思いもう一度聞き直してみたが、やはりこのジャージ姿の女性が監督らしくて。
驚きの余り声を失った。

「ま、ままじですか?」
「おー。言ってなかったか?」
「うん、それは初耳」

まじまじと懐かしむ様に写真を眺めている先生の表情は、驚く程に優しくて何だかもやっとした。

―彼女。
マネージャーのこの女の子が彼女なのだろうか。と不意に思う。華奢で可愛らしい女の子、私から見ても可愛いと言える女の子。
マネージャーだもの、長い間同じ時間を共有したのだから当たり前だと言われれば、それまでの事。
だから少し羨ましくて、自分がもっと早く産まれてたら…なんて現実味のない空想まで辿り着く。
なんて、なんて馬鹿なんだろう。

「ほら、始めっぞ」
「……え…?」
「さっきから手、止まってる」
「…あ、バレてたか」
「どこだよ、分かんねぇトコ」

決して綺麗とは言えない男っぽい指先がレポート用紙の上を滑る。
私が書いた拙い文章に目を通してお決まりの赤いペンが要点をなぞって、解説してくれる。こんな一連の動きがスマート過ぎて、教師なんだと改めて認識した。
覗き込まれるようにして行われる一連の行為。先生の髪が、顔が目の前で息がかかるくらいで。

触れられそうで触れることないその距離感に最初の頃は戸惑いを隠せずにはいられなかったけれど、ここ数年でごく普通に接する事が出来るようになったのは、自分でも偉いと思う。
恋心を前面に出したところで相手にされなかっただろうし、何よりもこの人から軽蔑されるのだけは恐くて、必死だった。
そんな小さな努力の積み重ねも、今では無情なカウントダウンが始まってしまっている。







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