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03.狭間に零れた涙の跡



先生の話の内容は私に衝撃を与えた。
彼がこの学校からいなくなる、その言葉に頭の中が真っ白になった。

「校長の奥さんが関西で学校を経営してるらしくてな。んでまぁ簡単なハナシ、俺に来て欲しいんだと」

やっと俺の良さに気付いたか、と自慢げに話す先生の顔などとても見れなくて。
俯いたまま目の前に差し出されたその学校のパンフレットを凝視した。
新設校で設備も良くて、…そして何よりもこことは違い、野球部がある。
その事実から目を背けたくとも目の前にいる彼の意思は聞かずも目に見えている。

「か、かのじょは」
「んあ?」
「彼女はどうする、の」
「あー…」

一瞬だけ見せた複雑そうな歪んだ顔に胸がずきん、と痛む。段々と滲む視界に腹が立って、抑えようと必死に下唇を噛み締めた。
そんな私の様子を見て頭をぽん、と叩く先生の優しさが嬉しくて、凄く痛かった。

「連れてかねぇよ。」
「……え…っ?」
「ま、正しくは連れていけねぇって事だ」
「え、なんで…っ!」

あんなに大事にしていたから、てっきり連れていくのだと思っていた。
それに、もしかしたらこれを機に結婚するとか言い出すのかも、とまで考えていたのに。
目の前で笑う先生は私には開き直っているような、仕方なさそうな笑みを浮かべていて。

また胸が、痛くなった。

「ンな上手いこと物事が進まねぇのが現実なンだよ。そのうち分かるさ、**名字**にも」
「…………うん。」
「ほら、飲まねぇのか?」

差し出された見慣れた缶コーヒーをただ受け取る事しか出来ず、甘いはずのコーヒーが今日だけは、凄く苦く感じた。






先生にフラれてから後の私達の関係は心地良いほど穏やかで、これから先もずっとこのままが続くと思っていた。
私が高校を卒業して、進学しても社会人になってたとしても。
あの場所の鍵は変わらず開いていて、先生が不機嫌そうな顔をしながらコーヒーを飲んでいる。そんな日々が。

ずっと、ずっと、続くと信じてた。

なんて馬鹿で、幼稚で、浅はかな考えなんだろう。
変わらないものなどこの世にないのに。
時間の流れは絶対に変えられないのに。
春なんか来なけりゃいいのに、と思った。

先生がいなくなったら、きっと私は毎日泣いて、生活感のない日々を過ごすかもしれない。
それくらい、辛い。泣きたい。


「**名前**、どした?」
「……え、あ。なに?」
「何かあった?泣きそうな顔してるけど」

優しい私の彼氏。
隠し事はしたくない、だけれど彼に阿部先生と自分の関係について話した事は一度もなかった。
高等部からうちの学校に来た彼には阿部先生との面識も無ければ、顔も知らない全くの赤の他人。そんな彼に私達の間柄をどう伝えるべきなのか、私には分からなかった。

だから、半分、嘘を付く。

「身内の…親戚の、人が。来年から引っ越すらしくて…それがちょっと、ね」
「…そっか、遠い?引っ越し先」
「うん、関西だって」
「ありゃ…簡単に会いに行ける距離じゃねぇなぁ」

握り締められた手がさらに締め付けられて、そこだけが凄く熱くなる。
ふわり、と包み込まれて体をそのまま預けると望み通りに回された腕に、甘えてしまう自分が凄く嫌になる。
降ってくるキスも、与えられた熱も、全て私にくれているのに。頭の中ではここでは不謹慎過ぎるほどに別の事ばかり考えていて。


「このまま時間が止まっちゃえばいいのに」


ただそれだけ口にして、腕を回して彼の胸を涙で濡らした。






:)next...



あきゅろす。
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