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02.超えられない壁


阿部先生は中等部の三年間、私のクラスの数学担当の先生だった。
冷たくも見える顔立ち、たまに漏らす先生とは思えない言葉遣い。だけれども厳しくも解りやすい授業。
それは回りの子供っぽい男子とは比べものにならない位の存在で。全てが憧れだった。

今思えば初恋だったのかも知れない。姿を見かける度に目で追って、もっと近付きたくて、たくさんいる生徒達の中で私だけを特別視して欲しかった。
数学の授業を人一倍頑張り、質問があるからといつもこの部屋に訪れては先生を観察していた。
皺一つないシャツ、きっちりと締められたネクタイ、不機嫌な時に見せる皺を寄せた眉間。

知れば知るほど先生が好きになって。

他の生徒にも平等に接する先生に苛々ばかりが募って、ヤキモチばかり焼いていた。子供の独占欲だと分かっていても、先生を自分のものにしたくて仕方が無かった。


その思いを我慢出来なくて、私は人生で初めての告白をした。

でも、フラれた。

当たり前だとは分かっている、先生と生徒。ましてや先生は成人を迎えた人が中学生成り立ての私の告白を受け入れる筈など無い。
いつもの口調で馬鹿にしたように突き放される事が怖くて耳を塞いでいた私に、先生は何故か「今好きなヤツいっから、」と馬鹿正直に話してくれた。


「俺が学生ン頃の時のヤツで…さ、だからお前の気持ちには応えてやれねぇ…ごめんな。」


その時は本当に辛くて、毎晩泣いて、合わせる顔もなくて。だけどそんなんじゃ駄目だって、いつしか前を見れるようになった。
先生が、変わらずに私と接してくれたから。

私は先生の元へ通う事をやめなかった。



そして三年間。
長い年月を経て私達は先生と生徒では言い表せれない程に仲が良くなった。
親のような、兄のような、身内に近いような間柄だと私は感じている。

先生はどうなのだろうか。


「あ、この曲!」

先生の携帯から流れたのは聞き覚えのある音楽。曲名も歌手名も分からないけれど、どこか優しい、暖かくなるような曲。
この曲が流れる度、彼は決まって厳しい口調ながらも優しい顔で話をしていた。

(きっと、彼女だ。)

その姿に胸が痛まないと言えば嘘になるが、ずっとその彼女を大事にしているのが伝わってきて。
凄く、先生らしいと思えた。
それからも度々その曲を聞くようになって、前には怒鳴り付けるような罵声を大声で発した時には正直驚いた。

「高校ン時のヤツでさ、俺とバッテリー組んでたヤツ」

眉間に皺を寄せながらも懐かしむように話す先生が凄く可愛らしく、おかしくて思いっきり笑ったのを覚えてる。
その後こってり怒られたけれど。

彼女だけではなく、家族や大切な友人からの電話の時だけこの曲が流れるらしい。
誰が歌っているの、とか聞いても教えてはくれなくて英詞ばかりの曲を完全に覚える事は出来なくて一時期必死で英語を勉強したりもした。
意味なんて分からないけど、だけど私にはこの曲が好きで、忘れられなかった。







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