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01.平穏の中に潜む変化



「…え?」
「付き合ってよ、俺と」

ほんの少し上にある二つの瞳に従うがまま、私は何も言わずにただ、頷いた。

しわしわのシャツ、だらし無く腰までずらしたズボン、重力に反するかの様に整えられた無造作に跳ねる髪。
ただ、クラスで一番仲良かった。
優しくて、気が合う男の子。


高校生活一年目の夏が過ぎた頃。
本当に曖昧ないきさつの中、私に彼氏というものが出来た。

「ありがと、…**名前**」

じんわりと体に伝わる熱に瞼を閉じながらバレないように苦笑を漏らした。

―彼氏が出来た。
彼は、阿部先生はどんなリアクションをするだろうか。と不意に思う。
驚くだろうか?
それとも「あっそ。」といつもの呆れた顔で言われるだけだろうか。












「あーべーティーチャー」

私の通う高等部のすぐ隣りに位置する中等部、一階の一番端の教室。
恐らく小テストの採点でもしているであろう先生に窓から声を掛けた。

本当ならちゃんと昇降口から校内に入ればいいのだけれど、高等部の制服はここでは場違いな格好。目立たない筈などない訳で。
返事も待たずに窓に手を掛けると、不服そうな表情を浮かべた先生が「どーぞ、」と棒読みで一言漏らした。

窓枠を乗り越えて部屋へと足を踏み入れると大袈裟なため息が返ってきた。
何度も「窓から入んな、」と注意を受けて来たがわざわざ遠回りをする事など面倒過ぎて従う気にもなれず。
ずっと同じ手ばかりの私に呆れたのかいつしか何も言われなくなり、窓の鍵も閉められる事は無くなった。

「いま忙しいの?」
「これが暇そうに見えるか?」
「…見えません。お邪魔なら帰り」

言葉を言い終わる前に目の前に差し出された手には缶コーヒー。どう見ても中身が入っている様子はなくて。

「買ってこい、と?」
「阿呆か、待ってろ。取ってくっから」

机の上にあるテストを見えない様に折りたたんで立ち上がった先生の背中を見つめながら、今では私専用になっている折りたたみの椅子に腰掛けた。
帰って来るまでの間、興味本位で二つ折りにされたテスト用紙に目をやると過去に戻ったかのような懐かしい感じが私を支配した。
遠慮無しに跳ねられた赤は間違いなく先生が書いたもので、笑いが込み上げた。


(躊躇いなし…先生らしいけど、)

「何してんだよ、ほら」
「あーありがとうございまーす」

差し出された缶を受け取ってもう一度お礼を言うと、何も無かったかの様にコーヒーを口にする先生の姿。
どうやら採点は一時中断のようで、先程くるくると回していた手から赤ペンは消えていた。


「で、今日は何の話?」
「聞いて驚け!」

彼氏が出来たの、そう言うと目を見開き絶句する先生。
あぁ、こういうリアクションか。
思ってたのと違う。
一呼吸置いてから「騙されてんじゃねぇの?」と減らず口というか心配というか…先生らしい言葉に何故だか凄く安心した。

「大丈夫、イイヒトだから」

頭も良くないし、ちゃらちゃらしてて、好き好んでコーヒーなんか飲まないような人。

阿部先生とは、正反対。

わざと選んだ訳じゃない、けど私はそんな人を選んだ。好きなのか、と問われれば答えに詰まるのが事実だけれどそんな事は口が裂けても言えない。

「先生こそどうなんですか?」

彼女とうまくいってるのか、と話題を逸らすと先生は反射的に眉間に皺を寄せた気難しい表情を浮かべた。

「その事なんだけどさ、」
「はい?」
「いずれ**名字**の耳にも入るだろうから、今言っとっけど」
「なに、なんのこと」

いつもと違う雰囲気に高鳴る私の心臓。
どきどきを抑えるようにして缶に口を押し当てると、真剣みを帯びた瞳で先生は口を開いた。




:)next...



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