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椎名 昴
Love you




「佐藤」
「はい」


扉に向かって彼が言うと、扉の向こうから即座に声が聞こえてきた。
ずっと外で待機していたのかな。



「彼女送るから車回して」
「かしこまりました」


私は扉に向けていた視線を、彼に戻した。
ねぇ、さっき言ったことって本気なの…?


恐る恐る彼の瞳を覗き込む。





「なに?別れが惜しいの?」

「な、何言って…!」


顔を真っ赤にして腕を思わず振りかぶった。


「あ、あのね!さっきからあなた一方的だけど、私には…私には好きな人だって…」

「…好きな人?」

「そうよ!合コンだって男の人に慣れるために行っただけで」

「ぶっ」

彼が吹き出して、口を押さえた。

「な、なによ」

「ういなぁ〜と思って」

「バカにしてるのね!?」
「してねぇって」



もう、この人何考えているのかサッパリわからない。
だいたい今日初対面の私を婚約者にするあたり、頭が狂っているとしか思えない!


「…用意が整いました」

扉の向こうから声が聞こえて、彼は「行こう」と言って、私の手を掴んで歩き出した。
「ちょ、はなし…」
私はその手を振り払うことができなくて、そのまま彼に引きずられながら部屋を出る。
部屋を出ると、先ほどのスーツ姿の男性が二人。
「ありがと。…ほら、行くぞ」
彼に案内されながら、下のフロアへ下りる。




よかった…。
椎名くんのお母さんの姿はもうない。





「あんたの家ってどこ?」
「…有栖川」
車に乗り込んで、渋々答えた。
「…ふぅん。…出して」
彼の一言で、車が発進する。
また夜の街を走り出した。











通り過ぎる街並みを目で追いながら、ただ黙っていた。
もう椎名くんとは話したくない!
強引だし、こちらの話全然聞いてくんないし!


車の窓に反射して見える、彼の横顔を見ながら、今日を振り返った。




私が、この人の婚約者?
今日の夕方まで知らなかった、彼の。

でもどうして彼も私を婚約者にしようとしたんだろう。
あんなにかわいい「唯」って婚約者がもういるのに。



わからないことが多すぎて、頭がパンクしそう。




何も考えまいと頭を振ると、彼がそれに気づいて、私に視線を向けた。


「…ねぇ、さっきの」

「え?」

頭を押さえたまま、彼を見る。
「さっきの?」

「好きなやつ」

「え?…あ、ああ…」

聞いていたんだ。
私に好きな人がいるってこと…。


「誰?どこのどいつ?」

「なんであなたに話さなくちゃいけないの?」

「当たり前だろ!未来のダンナだぜ?」

「バカ言わないでよ!」



大きな声で叫ぶと、バックミラー越しに佐藤さんと目があった。
やばい…皇族相手にひどい言葉言ったかな…。


「…もうやめて?強引だよ。婚約者とか」

心なしか小声で彼に訴える。

けれど彼はケロリとして、「なんで?」と問い返してくる始末。

「だって。…私はあなた好きじゃないもの」


「――――――俺は好きだよ?」






目を見開いて彼を見た。
優しく、少し意地悪な笑顔。冗談…?
「今日ずっと見てた。あんただけ」


返す言葉が見つからず、そのまま彼から目線を反らしてしまった。
今日ずっとボーッとしていたんじゃないの?


「柄園様、そろそろ有栖川に入りますが」

「あ、そこで右で、しばらく直進してください」

「かしこまりました」






再び、車のガラスを見る。
暗くて自分の顔がよく見えないけど、たぶん真っ赤だ。

なんであんなこと、この人はさらりと言ってのけちゃうんだろう。






「あ、ここでいいです!」
うちの近くの公園に差し掛かり、私は声を出した。
車が停止し、ドアを開ける。

「美乃里」



彼が私の名を呼ぶ。
勝手に呼び捨てするなっちゅーの!
でも…とても滑らかな呼び声。ずっと前からそう呼ばれていたかのように。


「…なに?」

「また、明日な?ほら、おやすみのキ―――…」


彼が笑顔で自分の頬を指さしたけれど、私はそれを無視してドアを力いっぱい閉める。

何を考えてんの、エロ皇子が!




車が発進し、有栖川を走っていく。
有栖川には不似合いな真っ黒のリムジン。
なんか今日1日で、とても疲れた。


私は自分の肩を揉みながら、家の中へと入った。







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あきゅろす。
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