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「三日後、ゴルツィネ邸を襲撃する」

隠れ家にはシンとアレックス達が集まっていた。アッシュの一言でその場の緊張が一気に高まる。
アッシュはタブレットの画像をプロジェクターで映した。そこにはゴルツィネ邸の見取り図があった。

「これは俺が書き出した見取り図だ。警備の配置はタコ野郎が屋敷にいる時の最大数になってるが、三日後はこれよりも格段に警備レベルが下がる」
「何でだ?」
「奴が李家と取引するために外出するからだ」

シンにそう答え、アッシュは侵入経路とメンバーの確認をした。

「警備のルート通り歩けばセンサーには引っかからねぇ。まず俺とショーターが北から侵入して武器庫を破壊する。それまでお前らは外で音を立てないよう見張りを殺れ」
「そーいうのは俺苦手だなぁ」

コングが困ったように頬をかく。それにシンが「俺に任せな」と答えた。

「あぁ、そのつもりだ。シン、お前は一番人数の多いこのエリアの警備を潰してくれ」
「おう。で、武器庫はどうやって破壊するつもりなんだ?」
「爆破する。それが合図だ。どこにいても分かるだろ」

アッシュはそう言って不敵な笑みを浮かべた。

「爆弾は武器庫にある。それを使って、この三か所を同時に爆破する」

見取り図の上を赤いポインターが滑る。アッシュはその光で温室の裏にある建物と、屋敷の中心部、それと駐車場を指した。

「駐車場の爆弾はアレックス、お前がセットしてくれ」
「爆弾なんか触った事ねぇんだが…」
「目覚ましのセットくらいできんだろ」

軽く言って、アッシュは続けた。

「ここは俺が行く。ショーターは屋敷の中心にあるこの大広間に行ってくれ」
「了解」

どのチームがどのルートで攻め込むか、細かくアッシュが指示する。シンとアレックスはそれぞれメモを取っていた。ここからアジトに戻って、今度は彼らがこの作戦をメンバーに伝えなくてはならない。

「この襲撃と同時刻に、オーサーのグループの幹部を潰す。もし勘づかれたら深追いする必要はない。メンバーの選出はお前たちに任せる」
「ボス、その日オーサーはどこにいるんだ?」
「タコ野郎にくっついてる。警備が固すぎて崩せねぇ。だから足元から崩すんだ」

「屋敷のチームとダウンタウンのチームが引き上げる時間は深夜0時。30分ですべてを終わらせろ」とアッシュが言うと、アレックス達は声を揃えて「イエス、ボス!!」と答えた。
その様子を眺めるシンの瞳が少しキラキラしているように見えた。アッシュのカリスマ性はすごい。あっという間にみんなの心を引き込んでしまう。

アッシュに見とれているシンを、ショーターが肘で小突く。そしていつものように笑った。

「シン、これから先はお前がチャイニーズのボスになるんだぜ」
「は、ぁ?何言ってんだよ、ボスはショーターだろ」
「…ゴルツィネが李家と取引するって言ってたろ。俺はアッシュを裏切ったりしない。上の奴らは俺を放逐するだろうよ」

その言葉にシンが目を見開く。そして勢いよく立ち上がった。

「そんなの黙ってられるかよ!上の爺どもが何と言おうが、俺のボスはショーターだ!!」
「お前、ホント俺のこと好きなー」
「ちゃかすな!!」
「ま、まぁ、シン落ち着いて…」
「こんくらいで取り乱してちゃ、先が思いやられるな」
「アッシュ!余計な事言わないでよ」

興奮するシンを連れて、ショーターが隣の部屋に移動した。これからのことをちゃんと話し合うことにしたのだろう。
それからアレックス達はリンクスのアジトへと帰って行った。


三日後。ゴルツィネ邸襲撃と同時に、オーサーの幹部が暗殺される。
当然ながら襲撃のメンバーに僕の名前はない。僕は昼の内にこの隠れ家を出て、リンクスのアジトに行くことになっている。ボーンズとコングが迎えに来てくれるから、それについて行くだけだ。
本当はアッシュとショーターと一緒に戦いたかった。僕だって銃は使える。でもアッシュはそれを許してくれなかった。
クラブ・コッドの時は僕に銃を持たせてくれたというのに、今回は銃すらくれなかった。
理由を聞いても「お前には必要ない」の一点張りだ。取り付く島もなかった。それにショーターまで賛成した。こうなったら僕が何と言おうとどうにもできない。

…作戦の全貌を教えてもらえるだけ、まだ良いのかもしれない。
そう思って自分を納得させることにした。

『今まで』のアッシュは僕に大切なことを教えてくれなかった。それが僕のためだということも分かっている。だから僕は無理に聞き出すことができなかった。
僕たちは同じ世界に住む人間なのに、アッシュは僕に「住む世界が違う」と言う。いつでもそうだった。
アッシュと僕との間にできたガラスの壁が、もどかしくて…悲しかった。
僕にはその壁を壊すだけの力も勇気もなかった。

それを考えると、『今回』のアッシュは常に僕の側にいてくれる。「住む世界が違う」とも言わない。だから…きっとこれ以上を求めるのは僕の我儘なんだ。
一つを満たされたらもう一つが欲しくなる。
その欲をいつかアッシュに見透かされたら、と思うと少し怖い。

「…―英二?」

名前を呼ばれ、弾かれるように顔を上げる。アッシュがいた。不思議そうに僕の顔を覗き込んでいる。

「あ、ごめん。ぼーっとしてた。何?」
「いや…目開けたまま寝てんのかと思って」
「はは、考え事してただけさ」

僕はソファに腰かけたまま、結構な時間物思いにふけっていたらしい。言われてみればちょっと目が乾いているような気もする。
アッシュは僕の隣に座った。大きなソファだけど、ピッタリとくっついて座る。ガラスの壁なんて入る余地もない近さだ。それに安心もするし、ドキドキもする。本当にアッシュは僕の心を惹きつけてやまない。

「何」
「へ?」
「何考えてたんだ」

肩を抱かれ、体を引き寄せられる。アッシュは僕の耳元で囁いた。思わず肩が跳ねる。
僕が焦るのを見て楽しんでいるのだろうか。心臓が持たないからやめて欲しい。…嫌ではないんだけれど。

「教えてよ」
「…もう、そーやってからかうのやめろよ」
「からかってねぇよ」
「じゃあ何で笑うのさ」

睨みつけると、アッシュは心底幸せそうに笑った。本当に、天使みたいな笑みだ。これは、見とれてしまってもしょうがない。

「可愛いから」
「…は?」
「英二が、可愛いから笑ってんだよ」

そう言って、アッシュは僕の頬にチュッとキスをした。続いて唇にも、キスをする。軽く触れて、すぐに離れた。
僕が黙っていると、また唇を重ねてきた。顔の角度を変え、何度も何度もキスをする。
僕の手はいつの間にかアッシュの肩を掴んでいた。押し返しはしない。縋るようにシャツを握りしめる。
アッシュの右手が後頭部に回り、左腕が腰に回される。ぐっと引き寄せられ、僕らはこれ以上ないほど近づいた。
熱い舌に唇を開かれる。僕は導かれるままに口を開いた。アッシュの舌が僕の舌に絡みつく。口内を余すことなく舐め上げられ、体の奥がぞくぞくした。
はふはふと口を大きく開けて息を吸う。するとアッシュが少しだけ唇をはなして、「鼻で吸うんだよ」と笑った。
くしゃりと髪を撫でられる。その手のひらの感触も心地良かった。体から力が抜けていく。
アッシュは再び僕の唇をふさいだ。鼻で息を吸う、と言われたがどうにも上手くいかない。

何だか目の前が暗くなる。酸素が足りない。苦しいはずなのに、気持ちいいと思った。









英二に深く口づけると、後はもうひたすら貪った。呼吸もままならずに、快感に潤んだ大きな瞳で見上げてくる。その瞳に俺だけを映して欲しくて、深く深く舌をさしこむ。拙いながらも一生懸命に応える英二が可愛い。

その時、俺は『記憶』の中に入った。

…―キングサイズのベッドの上に、英二がいた。その上には男が倒れている。男は頭から血を流していた。俺の手には銃があった。これであの男の頭をぶち抜いたのだ。部屋はむせ返るような性のにおいが立ち込めていた。男の死体をベッドの下に蹴り落とす。英二は破れたシャツを肩に引っかけただけの格好だった。下半身は汚れ、黒い瞳には光がない。俺はこの目をよく知っていた。これは、昔の俺と同じ目だ。…―

英二を汚した奴ら全員殺してやる…!!

抱きしめる腕に力が入る。英二は苦しそうに眉を寄せた。それでも俺を押し返しはしない。英二は綺麗だ。どこまでも綺麗で、優しい。俺を受け入れてくれる。
右手で後頭部を固定し、角度を変えてより深く口づける。気持ちが良い。ずっとこうしていたい。
柔らかな髪に指を絡ませ、真っ赤になった耳に触れる。熱い。体温まで愛しいと思った。
どれくらいそうしていたのか、正確な時間は分からない。ふいに英二の体から一切の力が抜けた。俺に縋りついていた両手が、パタリとソファに落ちる。後頭部を支えていた右手に、一気に体重がかかった。

「英二…?」

英二が俺の胸に寄りかかってくる。崩れ落ちるようだった。名前を呼んでも反応がない。
俺は慌てて英二の呼吸を確認した。…息はしている。次に胸に耳を押し当て、鼓動も確認した。…心臓もちゃんと動いている。
どうやら酸欠で意識を失っただけらしい。
ベッドに運ぼうと英二を横抱きにした時だった。シンを見送りに行ったショーターが部屋に戻って来た。そして俺たちの姿を見て固まる。

「え…、何それ」
「………べつに」

流石にキスしすぎて酸欠になって落ちた、だなんて言えない。俺はショーターを振り切るように、英二を抱えて寝室に急いだ。しかし、それで誤魔化せるわけはなかった。

ベッドに英二を寝せる。背中に感じる視線が痛い。俺が振り返ると、入口に立ったショーターが指をちょいちょいと曲げて見せた。あっちの部屋で話そうということらしい。
寝室を出て、ドアをそっと閉める。ショーターはどっかりと椅子に座り、物凄く長いため息を吐いた。

「うるせぇな」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「ため息がうるせぇ」

責められる理由がハッキリしているだけに、居心地が悪い。俺はショーターの正面に座って、視線を横にそらした。

「……口、赤くなってんぞ」
「……っ!」

そう言われ、思わず口を手で隠す。ショーターが呆れた目でこっちを見たのが分かった。

「お前、英二に何してんの…」
「……英二は別に―…」
「嫌がってなかったって?」

先回りされて言葉に詰まる。ショーターが続けた。

「恋は盲目っつっても限度ってもんが―…」
「『恋』…?」

俺が聞き返すと、ショーターの動きが止まった。阿保みたいに口をぽかんと開けている。

「おい、おいおいおい!ここまできて自覚ねぇは通らねぇぞ!?」
「何に通らねぇんだよ」
「なんにでも!だ!お前おかしいだろ、だって…」
「『恋』なんかじゃない」

俺が英二を思う気持ちは、『恋』なんかじゃない。それよりも、もっと大きくて、激しくて、重くて…―苦しい。

「…そんなんじゃ、ねぇよ」

ショーターはもう何も言わなかった。





次の日は英二が起きる前に家を出た。ショーターと入れ替わりでボーンズとコングが来ることになっているので、英二が一人になる心配はない。
チャイナタウンに仲間を集め、オーサーのグループを襲撃するメンバーと作戦の確認をする。

それから、ディノのIDとパスワードを使って財団のシステムに侵入し、汚い裏金を巻き上げてやった。同時に脱税の証拠も引き出しておく。これは後でマックスに渡せば良い記事を書いてくれるだろう。

ユーシスからの情報によると、マックスと伊部は俺たちの不在に気づいてすぐロスを出たという。おそらく、襲撃が終わった頃にはこちらに着くはずだ。
二人が頼れる人物はチャーリーくらいだろう。マックスは監視から逃げ出しているし、伊部は不法滞在者だ。
チャーリーの自宅を仲間に見張らせておけば、すぐ連絡はつく。



そして、反撃の日が来た。

ベッドで目を覚ます。英二とショーターの姿はなかった。もう起きて朝食の準備をしているのだろう。
俺はゆっくりと体を起こし、そのままバスルームに向かった。シャワーを浴びて完全に目を覚ます。
リビングに行くと、なぜかシンもいた。朝からわざわざここまで来たらしい。

「大事な日だっつーのに遅起きなんだな」
「………何でお前がここにいんだよ」
「アンタの仲間がここに来るまで、英二と一緒にいろって言われたから朝から来てやったんだぜ?」

それにしたって来るの早すぎるだろ…。と思ったが、面倒だったので言わずにおいた。
英二の作ってくれた朝食を食べ、武器の確認をする。そして家を出る前に英二を呼んだ。この前気絶させてしまったのもあり、警戒されるかと思ったが、英二はすぐ俺の側まで来てくれた。

「アッシュ…気をつけて」
「あぁ」

頬に手を添える。すると英二は静かに目をつぶった。唇にキスをする。

…―柵に寄りかかり、海を見ていた。隣には英二がいる。「…君は、運命を変えられる」…―

見えた『記憶』はそれだけだった。しかし、その一言は俺に大きな力をくれた。
俺は英二とともに運命を変えてみせる。

シンがこちらを凝視していたが、気にならなかった。








アッシュとショーターを見送る。ドアを出る前、アッシュは僕にとても優しいキスをしてくれた。
というより、さっきのは僕の方からして欲しいとアピールしてしまったというか…。とにかく、アッシュはそれに答えてくれた。
シンからまた「本当に付き合ってねぇのかよ」と言われたが、今度は笑って誤魔化した。

ソファに座るとどうしても三日前にされた激しいキスを思い出してしまう。キスされる前に何か考え事をしていたような気がするのだが、もう思い出せなかった。それくらい、アッシュのキスは…その…すごかった。
だから僕はソファに座らず、椅子に座った。

それからボーンズとコングが来るまで、シンの話を聞いていた。シンの話は9割がショーターのことだ。優しくて強くてカッコいい、シンにとっての最高のボスがショーターなのだから仕方ない。
でも、話しているうちにだんだんとシンの顔がくもっていった。

「シン…?どうかした?」
「俺さ、やっぱり納得できねーんだ」

ぎゅ、と両手を握りしめる。何に納得していないのかは聞かなくとも分かった。

「ショーターはこの先絶対自分が放逐されるって、分かってるみたいに言ってたけど、何でそんな事が言い切れるんだよ。やってみなきゃ分かんねぇじゃねーか」
「シン…」
「ショーターは今までずっと爺たちにも礼を尽くしてきたんだ。それなのに、アッシュに味方したってだけで見捨てられるのか?」

どう言えばいいのだろう。
シンはショーターがボスでいてくれないと嫌なんだ。それは良く分かる。でも、このままの状況で行くと高確率で…と言うよりも、確実にショーターは李家に反乱分子として認定されてしまう。

「上と直接掛け合えば、きっと…―」
「それはだめだよ」
「…え?」

きっぱりと断言した僕に、シンは驚いていた。
でも、その考えは本当に悪手だ。李家は人情に訴えてどうにかなるものではない。もしそれが通じるのであれば、ショーターをバナナフィッシュの実験体としてゴルツィネに引き渡したりしなかったはずだ。
あいつらは、人の姿をした化け物だから…話なんて通用しない。だから、ユーシスだって…あぁするしかなかったんだ。

「李家に頼み込んだとしても、ショーターの件を大目に見てもらうことは絶対にできない」
「な、何でそんなこと言い切れるんだよ」
「分かるから」
「はぁ?」

人とは思えない所業を知っている。僕は『何度も』見て、聞いた。

「…とにかく、ショーターの命を第一に考えるなら、ショーターの言ったとおりにして欲しい」

シンはとても賢い子だから、いつかはこの『繰り返し』のことを話さなければならなくなるかもしれない。でも、それは今じゃない。今は、戦いに備えなければならない。
やっぱり納得はできないようだったが、シンはどうにか頷いてくれた。

それからほどなくして、ボーンズとコングがやって来た。
シンと別れて、車に乗り隠れ家を後にする。ボーンズとコングはスキップから僕の話を聞いていたらしく、会ったその日から気さくに話してくれた。

「今から行くのはリンクスのねぐらの一つだ。俺と、あと数人待機組がいるからよ、安心していいぜ」
「ありがとう、ボーンズ。コングはどこの配置なの?」
「あーっと、俺は確か東口だったな!」
「馬鹿!東じゃなくて西だってさっきも確認しただろ!」

ハンドルを握ったボーンズがコングを怒鳴る。これで行くと警備のルートは覚えられていないだろう。
他のメンバーが覚えていてくれることを願うしかない。
リンクスのアジトに到着し、僕はコングの陰に隠れるように車から降りた。周りを見回す暇もなく、コングに手を引かれる。

「英二、こっちだ。足元気をつけろよ」

子どもではないと最初に言ったのだが、どうにも子ども扱いが抜けない。悪気がないのは分かっているので、僕は笑って「ありがと」と返した。
薄汚れた部屋に入る。ストリートキッズのヤサというのはどこもこんな感じなのだろう。一瞬、嫌な光景を思い出し、肩を震わせた。

「どうした英二、寒いのか?」

ボーンズに聞かれ、慌てて首を振った。

「ううん、大丈夫!…ちょっと、緊張してるだけ」

そう言うと、コングが「ボスは最強だ!心配することなんかねぇぜ!」と明るく笑う。

「そう、だね…うん、そうだよね」
「おう!じゃあ俺はもう行くな。なんかあったらすぐ連絡しろよ」

ゴルツィネ邸襲撃チームに入っているコングは、すぐに部屋を出て行った。部屋は僕とボーンズの二人きりになる。さっき言っていた待機組というのは、また後から合流するのだろう。

「にしても、待機ってのはやることなくて暇だよなぁ」
「なんか、ごめんね?僕がいるから…」
「何で英二が謝るんだよ」

椅子をギコギコと鳴らして、ボーンズが笑った。「日本人がよく謝るって本当なんだなぁ」と言われ、僕も苦笑した。向かい側の椅子に座り、汚れた壁を見つめる。そこにはいくつもの下品な言葉が落書きされていた。
小さなテーブルは、酒の空き缶とピザの箱でほとんど埋まっている。床の上にも色んなゴミが散らばっていた。
僕がその惨状を観察していると、ボーンズが得意げに言った。

「ボスがよ〜英二は綺麗好きだからっていうもんだから、昨日俺たちで掃除したんだぜ?」
「そ、そうなんだ!どうりで片付いてると思った」
「だろ〜?こんなに床が見えてんの久々だからな」

そう言われてしまうと、「掃除しても良いかな?」とはとても言い出せない。

「ありがとう、ここまでしてくれて」
「まぁな!!」

でも、嬉しそうだから…まぁ、良いか。
胸を張るボーンズに、笑い返す。この状態で綺麗にした、ということは前は目も当てられない状況だったのだろう。いくらスキップを助けたと言っても、僕が彼らにとって得体の知れない日本人であることに変わりはない。ここまでの気遣いをしてくれるのが、不思議なほどだ。

「な、時間もあるし日本の話でもしてくれよ」
「え…」

何気なく言われたその一言に、僕は言葉を詰まらせてしまった。
日本の話…どこか遠いもののようにしか思えない。自分が日本人であるということは分かっている。だが、それだけだ。
伊部さんから聞いた話を思い出そうとしたが、それもなぜかできなかった。
僕の様子が変わったのに気づいたボーンズが、心配そうな目でこちらを見る。

「英二…?俺、何かダメなこと言ったか…?」
「えっと、いや、そうじゃなくて…」
「…悪ぃ。故郷の話なんざしたくねぇってのは俺もなのに、何も考えてなかった」

ボーンズが足元に視線を落とす。どうやら僕が日本にトラウマがあると勘違いしたようだ。そういう理由で話せないわけではないのだが、自分の故郷をまったく覚えていないというより自然だった。なので、ボーンズには悪いが勘違いしたままでいてもらうことにした。

「謝らないで、ボーンズは悪くないよ。その、僕の事よりさ、君たちの事教えてくれない?どうやってアッシュと会ったの?」

話題を変えると、一気にボーンズの目が輝いた。この話は『今まで』の世界でも何回も聞いた話題だ。みんなアッシュの武勇伝を語る時は少年らしくキラキラと目を輝かせる。

僕はアッシュの話を聞きながら、強く祈った。

…―どうか、誰も傷つきませんように。









ゴルツィネが屋敷を出た。その知らせを受け、俺たちは一気に配置についた。気取られることのないよう、少人数のグループに分かれて屋敷を目指す。オーサーの幹部たちの居場所も監視していたので、全員把握済みだ。
手早くメールを送り、各チームのリーダーに最終確認を取る。
…今まで散々虐げられてきた。俺自身もそうだし、『今まで』の英二もそうだ。人として扱われず、汚された。だが、それも今日で終わりだ。俺たちを苦しめるもの全てを消し去って見せる。

…―反撃開始だ。

シンが音もなく見張りの首を締め上げる。それと同時に針のようなものを投げ、離れたところにいた見張りのうなじに突き刺した。男たちはものの数秒で悲鳴すら上げることなく地面に沈む。
俺とショーターはそこから屋敷の中へと侵入した。屋敷内の警備は思っていた以上にゆるいものだった。一か所に三人も集まってくだらない話をしている。俺はサイレンサーつきの銃でさっさとそいつらを撃ち抜いた。
廊下を駆け抜け、武器庫に降りる。パスワードを打ち込んでロックを解除し、爆弾を三つ取った。そのうち二つをショーターに渡す。

「アレックスと合流してくれ」
「あぁ」

残りの爆弾をその場にセットする。3分後に起爆するようにして、武器庫を出た。

「アッシュ、絶対に死ぬなよ!」
「お前もな、ショーター!」

俺たちはそれぞれ目的の場所に駆け出した。
俺が屋敷の外に出た時、ちょうど三分が経過した。武器庫の爆弾が爆発する。他の火薬類にも引火し、その爆発の規模はかなり大きなものになった。これなら、どこで待機していようがすぐに分かる。
覆面をつけた仲間たちが、一気になだれ込んでくる。事態を把握できていない敵はあっという間にハチの巣にされた。

「お前たちはこのまま正面へ進め!!」

チームのリーダーが声を上げる。俺はそれを横目で確認し、温室裏の研究室へと向かった。
屋敷のいたるところから銃声と悲鳴が聞こえる。研究室に入ると、その騒音が一気に遠いものになった。入口の前でたむろっていた見張りを撃ち殺す。そのまま階段を下りた。

手術台が目に入り、なぜか急激に吐き気を覚えた。ここの場所の『記憶』は見ていない。だが、ここで恐ろしいことが行われたのだと俺は感じていた。言葉にするのもはばかられるほどに、恐ろしい事が。

「さっきの揺れは一体何だ!?こっちは大事な実験を…−な!誰だお前は!?」
「こんばんは、エイブラハム博士」

研究室の奥から憎い男が出てきた。グリフにバナナフィッシュを打ったクソ野郎。エイブラハムの叫び声を聞いて、他の研究員も出てくる。俺はすぐにそいつらを撃ち殺した。正確に眉間を狙って撃ちぬく。
エイブラハムは壁に縋りつき、腰を抜かしていた。ゆっくりと歩み寄ると、聞いてもいないのにダラダラと話し出す。

「こ、殺さないでくれ!!く、薬が完成したと嘘を吐いたことは謝る!で、でも本当にあともう少しなんだ!!もう少しだけ時間をくれ…!」
「…アンタ、俺を誰だと思ってんの?」
「ご、ゴルツィネがよこした、掃除屋…じゃ、ないのか…?」

そうか、『今回』は俺がグリフの弟だと知らないのか。
エイブラハムは自分が用済みになったと勘違いしたらしい。それに、「薬が完成したと嘘を吐いた」と言った。

「薬が完成してないってのは?」
「さ、サンプルが必要なんだ!もとになるサンプルが…!あの、クソ医者がそれを盗んで…だから!」
「未完成品をゴルツィネに渡した、と」

俺がそう言葉を続けてやると、エイブラハムは頭を抱えた。

「し、仕方なかったんだ!期日に間に合わなかったら、殺される…!」
「安心しろよ」

にっこり笑ってやると、エイブラハムは体から力を抜いた。俺が助けてくれるとでも思ったらしい。

「完成させたって、殺すから」

俺は、奴の両脚を撃ち抜いた。グリフがマックスに撃たれたところと同じ場所だ。耳障りな悲鳴が上がる。時計を確認すると、目標の時間まであと15分をきっていた。
上半身を必死に動かし、這いずって外へ逃げようとする奴の両肩を撃ち抜く。

「うぁぁぁあぁあっ…!!!」
「いちいちうるせーな」

ジタバタのたうち回るエイブラハムの目の前に、爆弾を置いて見せた。涙を流していた目が絶望に大きく見開かれる。俺は奴に見えるよう、爆弾のタイマーをセットしてやった。

「や、やめろ…頼む、お願いだ…し、死にたくない…!」
「グリフィンは良い奴だったろ?」
「は…?え?」
「きっとアンタにも優しかったはずだ。優しい兄さんの事だから…」

そう言って、奴の手が届かないギリギリのところに爆弾を置いた。

「お、お前…グリフィンの…おとう、と…?」

それに答えることなく、背を向ける。エイブラハムはまだ命乞いをしていた。が、それも聞こえないふりをした。
研究室の重たい扉を閉める。そして、俺は再び屋敷の中へ戻った。

残り時間は、あと10分。




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