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05


キラーはフィンの前で仮面を取る事にした。

理由は単純だ。
フィンがキラーの唇の動きを見て、真似し、声を出したからだった。

「い…ぃ、あー?」
「キラー、だ。キラー」

キラー、と何度も自分の名前を繰り返し言ってみせる。
今まで話すという行為をしたことがなかったのだろう。
フィンの声は小さく掠れていた。
耳をすまさないと聞き取れないくらいだった。

「き、ぁ…き…りゃ」
「そう、上手いな」

湖は太陽に照らされ、キラキラと輝いていた。
縁に腰掛けたキラーがフィンの手を取る。
フィンは水の中で嬉しそうにヒレを揺らした。


「きらー」

にっこりと笑うフィンに、キラーも微笑みかけた。
オレンジ色の髪をそっと撫でる。
撫でられたのが嬉しかったのか、フィンは何度も「きらー」と繰り返し言った。

もっとたくさんの言葉を教えようと、キラーは本を取り出した。
廃墟で見つけた物だ。
フィンは湖から上がり、キラーの隣に座った。
そして手元の本を覗き込む。

「これは、本だ。ほ、ん」
「ほ、ん?」

キラーは頷いて、本を開いた。
ページの端はすり切れているが、文字は問題なく読める。
キラーはゆっくりと文字をなぞりながら読み始めた。

「ラクアンテにのみ生息する、美しい金魚は黄金よりも価値がある―…」

―…その金魚はラクアンテの中心部にある湖を住処とする。優美な姿と高い知能を持ち合わせており、人の顔を覚えたり、簡単な言葉を理解する事ができる。
寿命は50〜80年ほどで、大きなものになると体長4メートルほどのものもいる。
美しい鱗は乱獲者の標的になっていて、ラクアンテの金魚たちは絶滅の危機に追いやられている…―

そこまで読んで、キラーは顔を上げた。
改めて湖の中を見る。
ラクアンテの中心部にある湖、というのは間違いなくこの湖のことだろう。
しかし、この手記に書かれてある美しい金魚の姿はどこにも見当たらない。
港町が廃墟と化していたのだ。
きっと、乱獲者たちに狩り尽くされてしまったんだろう。
隣に座るフィンを見やる。

「お前は無事で良かったな」

意味は通じていないだろうが、フィンは笑った。




日が暮れる。
暗くなる空を見上げ、フィンは寂しそうな顔をした。
キラーが船に戻ってしまう時間を覚えたらしい。
湖から見上げてくるフィンを撫で、キラーは仮面をかぶった。

「きらー…」
「フィン、また明日な」

そう言って立ち上がる。
フィンが水をかけてくるかと思ったが、そんなことはなかった。
雨の日に、小屋の中で火を使って見せたからかもしれない。
濡れた服を乾かしているキラーを見て、学んだのだろう。
キラーと自分との違いを。

フィンが物事を吸収する速度は、凄まじく早かった。





船に戻り、本を開く。
最初の方は金魚の観察記録が書かれていたが、ページが進むに連れて日記のような文体へと変わっていった。

―…町の者は皆、もっと大きな町へと移り住んでしまった。ラクアンテに残っているのは私一人だ。
金魚たちもほとんどが狩られてしまった。美しい鱗は、貴族のアクセサリーになっていることだろう。
私はここにいただけで、何もできなかった。
もう潮時だ。ここにはいられない。研究も続けられない…―

「何読んでんだ?」

いつの間にか背後に立っていたキッドが、キラーの手元を覗き込む。
キラーは反射的に本を閉じた。

「別に、なんでもない」
「あ?なら見せろよ」
「気にするな」

「気になるわ」と返すキッドをそのままに、キラーは椅子から立ち上がった。

「おいコラ、無視すんな」
「それより、今日は何か新しいものは見つかったのか?」

本を引き出しに直し、キッドを振り返る。
キッドはまだ本が気になっていたようだったが、諦めてため息をついた。

「なぁーんも無ぇよ。暇過ぎて砂で城作ったからな」
「何をしてるんだ」
「浜辺にあったやつ見てねーのか?」

キラーは、話題が完全に変わったことに安堵のため息をついた。
が、キッドはそれを呆れと取ったらしい。

「ちょっとこっち来い。レベル高いからよ」

暇過ぎてどうしようもない今のキッドが、『ラクアンテにしか生息していない幻の金魚』の話を知ればどうなるか。
キラーには簡単に想像する事が出来た。
島の中心部まで行って、あの湖を探すに決まっている。
別に金魚には何の興味もないだろうが、この島に何も無さ過ぎるというのが悪い。

キラーはキッドの後に続いて部屋を出た。
そして、泣く子も黙るキッド海賊団の面々が作り上げた妙にクオリティの高い砂の城を見て、脱力した。
全く、良い歳した男が何をやっているんだ。

「明日はお前も手伝えよ」
「断る」

ラクアンテに到着して10日目のことだった。
あと20日、フィンの存在を隠し通せるだろうか、とキラーは思った。



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