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04

朝から雨が降っていた。

これならば濡れていても特におかしくないだろう。
そう自然とキラーは考えていた。
皆が船に残っている中、外へ向かう。

誰にも見られていないことを確認し、キラーはそのまま森へ入った。

雨雲の向こうで太陽が光っている。
眩しい空の下、湖が大きく揺れた。






「フィン」

キラーがそう呼ぶと、人魚は首を傾げた。
人魚に手を引かれるまま、キラーは湖の中に入っていた。
キラーは人魚の髪を撫で、再び呼んだ。

「…お前の名前だ。ないと不便だからな」

続けて説明するも、人魚…フィンには人の言葉が分からない。
ただ、キラーに撫でられて嬉しそうに目を細めた。
唇に触れると、素直に口を開く。
しかしフィンの口から声が出る事はない。
声帯が存在しないのだろうか。
キラーが口の中を覗こうとすると、流石に押し返された。
ちょっと嫌だったらしい。

「悪い、もうしない」

フィンに睨まれ、キラーは両手を軽く上げて見せた。
そのジェスチャーの意味もどれだけ伝わっているのか、定かではない。

雨が段々と激しさを増す。
気温も下がって来た。
体の芯から冷えきってしまい、キラーはフィンの手を引いて陸に上がる。
今はフィンの方がキラーよりも体温が高かった。
キラーの手が前よりも冷たくなっていることに気づいたのか、フィンの表情が曇る。
体を打つ雨は、痛いくらいの勢いになっていた。
空を見上げると、もう眩しさはない。
代わりに雷を抱いた黒い雲が渦巻いていた。

「フィン、お前歩ける…わけないか」

ゴロゴロと雷の音がする。
フィンは雨を浴びて楽しそうに尾ヒレを揺らしていた。
このヒレで陸地を歩けるわけがない。

「嵐の時も、この湖の中にいるのか…?」

湖の中を底まで泳いだが、他の場所に繋がる穴らしきものは存在しなかった。
もしもこの湖に雷が落ちでもしたら、絶対にフィンは死んでしまう。
今まで生きていたのだから大丈夫なのかもしれないが、一度その考えが浮かぶとどうにも放っておけなかった。
ぱしゃぱしゃと尾ヒレで水面を叩いて遊んでいるフィンを、一気に持ち上げる。

「くっ…!?重いな、お前」

華奢な体つきからは想像出来ない重量だった。
だが、運べない重さではない。
キラーに持ち上げられたフィンは、強く掴まれた腰が痛かったのか、眉間にしわを寄せた。
バシバシと巨大なヒレを動かす。
その反動で思わずキラーはよろめいたが、何とか踏みとどまった。

「じっとしてろ、雨宿りをするだけだ」

そう言っても、フィンはヒレを動かすのをやめない。
キラーは仕方なく、フィンのヒレを押さえ込むように抱え直した。




森の中に残されていた小屋に入る。
最初はジタバタしていたフィンも、初めて見る周りの風景に気を取られて大人しくなっていた。
至る所から雨漏りしていたが、屋根があるのとないのとでは雲泥の差だった。
ベットの上にフィンを下ろす。
キラーは大きなため息をついた。
湖からこの小屋までの距離は大したものではない。
が、なかなかに重たいフィンを抱えての移動はかなりきつかったようだ。

小屋の中をキョロキョロと見回すフィンの隣に、キラーも腰を下ろす。
すると、フィンはキラーの仮面をペタペタと触って来た。

「なんだ、これが気になるのか」

キラーが仮面に手をかける。
フィンはその様子をまじまじと見つめた。

濡れた服を乾かすついでだと、仮面を取ると、金色の目が間近にあった。
それは驚きに見開かれている。
キラーの仮面を、すっかりキラーの顔だと思い込んでいたらしい。
フィンの顔色が見る見るうちに悪くなる。
そんなフィンに、キラーは慌てて仮面を顔にあてて見せた。

「お、おい…そんな顔をするな」

フィンは確かめるように、何度もキラーの仮面に触れる。
顔が取れてしまったというのが恐かったのだろう。
なかなか顔色は良くならない。
仕方ないので、仮面をつけ直した。

「ほら、これで良いか」

怯えてしまったフィンに、出来るだけ優しい声音で話しかける。
すると、フィンはようやく笑ってみせた。



時間はかかってしまったが、小屋の中にあるものを使ってどうにか火をおこした。
濡れてしまった服を脱ぎ、乾かして行く。
一連の作業を、フィンは飽きる事なくベットの上から眺めていた。
生まれて初めて見る火に、フィンの瞳はキラキラと輝いている。

「絶対に触るなよ」

伝わらないとは分かっていても言いたくなる。
それくらい、フィンは火に興味を持っていた。
野生動物であれば本能的に火を恐れるはずだ。
しかし、フィンにそんな様子は欠片もなかった。
人の形に近いだけあって、感覚も似たものを持っているのかもしれない。

乾いた布を手に取って、体を拭く。
先ほど仮面を取って恐がらせてしまった手前、また仮面を取るのはと考えたが、長時間濡れているせいで仮面の中が蒸れて来た。
キラーがフィンに背を向けると、フィンはずりずりとヒレを動かした。
恐がっていたくせに気になるらしい。
キラーはそのまま仮面を外して、顔を拭いた。
チラリと振り返ると、ヒレをどうにか動かしてキラーに近寄ろうとしているフィンが目に入る。
そんなフィンを見て、キラーは笑った。

「そんなことをしていると落ちるぞ」

もう、キラーの顔を見てもフィンは驚いていなかった。

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あきゅろす。
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