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03

キラーは人魚のことを誰にも話さなかった。

こんな何もない島で人魚を見つけただなんて事を言えば、絶対に売り飛ばされる。
それ以上に酷い目にあわされるかもしれなかった。
キラー自身悪人ではあるが、あの無邪気な人魚が酷い目にあうのは嫌だと思った。

それに、あの人魚を見つけたのは自分なのだ。
他の誰かにそれを盗られるのは癪だった。

全身ずぶ濡れだったことについては、岩場で足を滑らせた、と適当に嘘を吐いた。
キッドは「お前がァ!?」と大袈裟に驚きひとしきり笑っていたが、特に怪しんだ様子はなかった。





そして、今日もキラーはあの湖へと足を運んだ。

湖に行く前に、廃墟の探索をして船員の目を誤摩化す。
直行してしまえば誰かに見つかってしまうかもしれないからだ。

キラーはある家で一冊の本を見つけた。
それは何かの記録を書き留めたものだった。
読み進めると、ラクアンテにしか生息していない希少な金魚についての記録だと分かった。

…人魚ではないのか。

そうだと分かると一気に興味は薄れ、しかし調べた証拠にと、キラーはその本を持って湖へと向かった。
昨日木につけた印を確認しながら、進んで行く。
湖の光が見え、キラーは歩調を早めた。
湖の縁にある岩に、人魚は座っていた。
昨日のキラーを真似しているのか、ヒレを左右バラバラに動かそうと四苦八苦している。
そんなことは出来るはずがないというのに、人魚は一生懸命だった。
キラーが人魚に近づくと、人魚はぱっと顔を上げた。
そしてキラキラと目を輝かせる。
キラーと一緒に泳いだのがよほど楽しかったらしい。
湖の中に飛び込んで、すぐにキラーが立つ縁へと近づく。
そしてキラーに向けて手を伸ばした。

「今日は泳がんぞ」

そう何回も足を滑らせるわけにはいかない。
かと言って、服を脱いで泳ぐだなんて選択肢はもちろんなかった。
人魚には当たり前だが通じておらず、なかなか近づいてくれないキラーを不思議そうに見ていた。
キラーは水をかけられないよう距離を保ちながら、人魚に話しかけた。

「お前、話せないのか?」

人魚は再び首を傾げた。
言葉が話せないにしても、声帯は機能しているのではないだろうか。

「なんでも良い、声を出してみろ」

この美しい人魚の声を聞きたいと、キラーは単純にそう思った。
しかし、人魚はなかなか湖に近づいてくれないキラーに焦れたのか、むっと眉間にシワを寄せた。
そして湖の中へと潜る。

怒らせてしまったか。

キラーがそう思っていると、ドッシャア!!っと凄まじい水しぶきが上がった。
人魚の仕業だった。
金色に光る大きな美しいヒレは、優美なだけではなく力も強いらしい。
そのヒレがあってこそのあの速度だ。
水が届かないだけの距離を保ったつもりだったが、どうやらキラーの考えはかなり甘かったようだ。

昨日のように頭からずぶ濡れになったキラーは、しばらく無言のまま固まっていた。
人魚は、濡らせばキラーが入って来てくれる、という風に学習したらしい。
頭は悪くないようだ。





「キラーだ。キラー」

キラーは手始めに自分の名前を呼ばせてみる事にした。
人魚はキラーが湖に入ると打って変わってご機嫌になった。
キラーに唇を触られ、むず痒そうに動かす。
瑞々しい唇は冷たく、触り心地が良かった。
キラーは「声を、」と言いながら、人魚の唇を指で割った。
そして真っ白な歯列をなぞる。
人魚はキラーの体温が口内に触れたことに驚き、ビクリと肩を跳ねさせた。
しかし、キラーの指に噛み付くようなことはしなかった。

結局その日、人魚が声を出すことはなかった。







「………また滑ったのかよ」

誰にも見られぬよう気配に気をつけながら船内を歩いていたのだが、タイミングが悪かったのか簡単にキッドに見つかってしまった。
キッドの右手には、普段なら絶対読まないようなジャンルの本がある。
港町を調べる事にも飽きて、柄にもなく読書を始めたらしい。
この島に次ぎの島へのエターナルポースが存在しないというのは、もう明らかだった。
どれだけ騒ごうが、喚こうが、一ヶ月をここで耐えるしかない。
そのことをキッドも充分理解していた。
そして、昨日に引き続き全身ずぶ濡れで帰って来た船のナンバー2に、訝し気な視線を向ける。

「……いや、今日は…いつ海に落ちても良いように、泳ぎの練習をしていた」
「んなことしなくてもテメー泳げるだろぉが」
「備えて悪い事はあるまい」

「そうだけどよ…」と続けるキッドの言葉を遮るように、キラーは一歩大きく踏み出した。

「悪いが、今からシャワーを浴びに行く。通してくれ」

キラーは無理矢理話を切り上げると、キッドの横をすり抜けた。
キッドもそれを引き止めるようなことはせず、ただキラーの背を見送る。

「…どうしたんだ、アイツ」

ぽつりとこぼしたキッドの呟きを聞く者は誰もいなかった。





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