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02


金色の目がキラーを不思議そうに見上げる。
オレンジ色の髪は顎のラインで切りそろえられており、濡れて頬にはり付いていた。
耳の形は魚のヒレに似ていて、人間のそれとは違う。
首筋にはエラがあり、うっすらとだが金色の鱗が見えた。
細身で、肌の色も白いが上半身の体つきは発達途中の青年のものだった。
そして、水の中で広がるオレンジの大きなヒレ。
それは光を受けて金色に煌めき、美しいドレスのように見えた。

……人魚、だ。

キラーは初めて目にする生きた人魚に、固まってしまった。
男ではあるが、美しい。
高値で取引される理由が分かったような気さえした。
人魚はキラーを恐がる事なく見つめ、そして首を傾げた。
続いて、ゆっくりと手を伸ばして来る。
まさか触れて来ようとするとは思わず、キラーは反射的に武器を構えた。
その素早い動きに、人魚が驚いたように固まる。
しかし、すぐに表情を緩ませた。
キラーの動きがおもしろかったらしい。
無表情だった時は大人びて見えた顔だったが、笑顔になった途端に幼さが滲む。
人魚はキラーの手にするものが、命を奪うものだと知らないらしい。
性懲りもなく、再びキラーへと手を伸ばして来た。
華奢な指先には、よく見ると水かきのような膜があった。

人魚、というよりも魚人に近いのだろうか。

人魚と魚人の違いがいまいち分かっていないキラーであったが、目の前のこれがどちらに属そうと、そんなことは特に気にならなかった。
どちらにしても、これは美しい生き物だと思ったからだ。
人魚の指先が、キラーの持つ刃へと近づく。
それが白刃に触れる前に、キラーは人魚の手を掴んで止めた。

「これは触るものじゃない」

掴んだ手首は細く、そして冷たかった。
人魚は今まで人間の体温に触れた事がなかったらしく、金色の目を丸く見開いていた。
ビクっ!と大きく肩が跳ねる。
言葉の意味を理解しているのか、していないのか、それは定かではなかった。
とにかく、人魚の興味は武器からキラーの手のひらに移ったようだ。
まじまじと穴が空かんばかりの勢いでキラーの手を見つめる。
そして今度は左手を、そっとキラーの手に近づけた。
キラーは武器から手を放し、その様子を見つめていた。
人魚の冷たい指先が、キラーの手の甲を撫でる。
そして、人魚はキラーの熱い体温に驚き、また、笑ったのだった。


それから人魚はキラーの手を引いて湖の中に入れようとしてきた。
まさか引きずり込んで殺す気だろうか、と危惧したキラーは慌てて人魚の手を解く。
すると人魚は不思議そうに首を傾げた。
大きなヒレをひらひらと水中で揺らす。
そのまま人魚はとぷんっ!と湖の中へと潜った。
水の透明度が高いので、キラーが人魚の姿を見失う事はなかった。
青く輝く水中を、信じられない速度で泳ぐ人魚の青年。
人魚は時折キラーを見上げ、金色の目を細めた。
そして一緒に泳ごう、とでもいうようにヒレを振る。

キラーは靴を脱いで湖の中に足を入れて見せた。
すると、人魚はすぐにキラーの近くに寄って来た。
好奇心旺盛な人魚だ。
武器の存在も知らなかったようだが、そもそも人間という生き物を初めて目にしたのだろう。
キラーの足を色んな角度から眺める。
そして、当然のように触って来た。
おそるおそる触る手つきがくすぐったい。

「おい、よせ」

キラーは水の中に手を入れて、人魚の手を掴んだ。
また、キラーの体温に人魚が目を見開く。
そして笑顔になった。
一体何がそんなに楽しいのか、キラーにはまったく分からなかったが、どうにも悪い気はしなかった。

「俺にはお前のようなヒレがない。だから、お前みたいに速くは泳げない」

人魚の手を掴んだまま、キラーが説明する。
が、人魚はその言葉を聞いても首を傾げるだけだった。
やはり、言葉が通じていないらしい。

人魚や魚人の言葉は人間と同じだと思っていたが、違うのだろうか。

この偉大なる航路で、全く通じない言語が存在するということはそこまで不思議ではないが、この島には人間が住んでいた形跡がある。
それなのに言葉が通じないというのは、何だか不自然な気がした。

するり、と人魚の手が離れる。
キラーが顔を上げた時、何を思ったのか人魚はその大きなヒレを思い切り振り上げた。
ざっぱーん!と凄まじい量の水が、キラーの頭にかぶせられる。
一瞬でずぶ濡れになったキラーは何秒間か固まっていた。
人魚はというと、なぜかとても嬉しそうに笑っている。
声こそ出していないが、その表情は輝いていた。
キラーのことを何も知らないからこそできる暴挙だ。
人魚は固まっているキラーを気にする事なく、またキラーの手を掴んだ。
そして、早く早く、と言わんばかりに湖の中へと引っ張り込もうとする。
どうやら人魚は、キラーのことを自分の仲間だと勘違いしているらしい。
水の中の方が居心地が良いから、完全に乾いているキラーに水をかけたようだ。
魚は陸に上がると死ぬ。
そのことは理解しているらしかった。

まったく悪気のない行為に加え、人間と言う存在を認識していない事実もあって、キラーは人魚に何も言う事ができなかった。
ただ、ずぶ濡れになった己の体を見下ろす。
そして、そのまま湖の中へと飛び込んだ。
仮面の穴から空気が漏れる。
視界は最悪だった。
しかし、金色に輝く人魚の姿は不思議なくらい鮮やかに映った。
オレンジの髪が水中に舞い、白い額が見える。
無邪気な笑顔で人魚はキラーの手を取った。
水の中でも人魚のひんやりとした体温が伝わる。
人魚はそのまま、ダンスを踊るように水中を泳ぎ始めた。
自分とは違ってヒレのないキラーのことを気遣ってか、先ほど見せたようなスピードは出さない。
水を切る心地よさに、自然とキラーも微笑んでいた。

それは鉄仮面の下に隠れていて、人魚には見えなかった。



キラーが水面を指差すと、人魚はすぐに浮上してくれた。
言葉は通じないが、簡単なジェスチャーは通じるらしい。
キラーは湖から上がると、シャツの裾を絞った。
ジャーっと音を立てて溢れる水を見て、それにすら人魚は驚いていた。
絞るなんて行動も生まれて初めて目にしたのだろう。
キラーはそんな人魚を微笑ましく思いながら、船に戻った時の言い訳はどうしようか、と考えていた。



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