[通常モード] [URL送信]
7
薬を飲まずに済むようになってから、主はますます子どもらしくなっていった。単語を繋ぐだけだった拙い話し方も変化し、意味の通る文章を話せるまでに成長した。否、この場合成長したというには語弊がある。主はもともとそれだけの言葉を話せる知識を持っていたのだろう。
言葉が流暢になるとともに現れたのが、新たに仲間になった者たちに対する人見知りだった。感受性が豊かになった証拠か、見知らぬ者と顔を合わせることに恥ずかしさを感じるようだった。そして主が人見知りをするようになってからというもの、鍛刀の際はできるだけ山姥切が傍につくようになった。山姥切と一緒でなければ嫌だと主がぐずったのだ。
今日も山姥切は主の手を引いて新たな仲間との顔合わせに向かう。一度に何振りも降ろしていては主が緊張しすぎてしまうため、最近は一日に一振りずつしか顕現させていなかった。それでも緊張するものはするらしく、主は山姥切の手をぎゅっと握ってこちらを見上げる。

「どんなひと、くるかなぁ…?」

「確か短刀だったから、そんなに緊張することはないと思う」

そう言ってやれば小さく頷いた。岩融と太郎太刀を呼び出した時はまだ人見知りをしなかったのでよかったが、この状態で彼らのように体躯の大きな者がきていたら確実に泣いてしまっていただろう。
二人が鍛刀部屋につくと、そこには一振りの短刀が置かれていた。山姥切は主の肩を軽く押して前へ進むよう促す。主はやはり気が進まないようだったが、山姥切の布の端を掴んだまま短刀へと歩み寄った。
短刀の柄に軽く指先を触れ、力を込める。淡い光とともに現れたのは、銀髪を緩く波立たせた儚げな少年だった。足下には五匹の仔虎を連れており、垂れた金色の瞳は心なしか潤んでいる。

「僕は、五虎退です。……えっと、その…主様は……?」

少年…五虎退はおずおずと名乗ったが、彼が顕現するとほぼ同時に山姥切の背に隠れてしまった主を見て困惑しているようだった。主は山姥切にぴったりと張りついたまま五虎退の様子を窺っている。挨拶をする気配もない主に五虎退はもとから潤んでいた瞳をさらに潤ませた。

「あの、僕何か粗相を……?」

「いや、何も問題はない。…俺は山姥切国広だ。近侍をやっている」

山姥切は簡単に名乗ってから後ろにいる主を五虎退の前へと引っ張り出した。「挨拶はちゃんとしろ」と言えば、もぞもぞと体を揺らしながらもそこに正座する。五虎退は主が自分よりも小さな子どもであるのを見て驚いていた。

「……ごこたい」

「はっ、はい!」

「おれはここの主、です。……よろしく」

「よ、よろしくお願いします、主様」

主がぺこりと頭を下げるのに合わせて五虎退も頭を下げる。ふわりと揺れた白い髪に同じく白い仔虎がじゃれつくように飛び乗った。それはいつものことなのか特に五虎退は気にする様子もない。それに反応したのは主の方だった。
主は楽しげに鳴き声を上げる仔虎たちを見て大きく目を見開く。

「ねこだ…!」

「えっ! 主様、この子たちは虎さんです…」

「とら……? でもちっちゃいよ?」

興味はあっても触るのには勇気がいるのか、主は仔虎たちを見つめるだけで手を伸ばそうとはしない。山姥切はその隣に膝立ちで近寄り、五虎退の傍らに座っていた一匹の仔虎を指さした。

「猫にしては手足が大きいだろう。顎も」

「……ほんとだ。ねこより、つよそう」

猫と比べられても、と思ったが五虎退はそう言われて少し照れていた。気弱そうな態度からして、刀としての強さにはあまり自信がないのかもしれない。

「…主様、よかったら虎さんたち、撫でてくれませんか?」

頭の上に登っていた仔虎を抱き上げ、そっと主の方へ差し出す。急に距離を詰められて主はびくりとしていたが、確かめるように五虎退を見やった。

「さわっていいの?」

「はい。あ、主様がよかったらですけど…」

五虎退はなかなか動こうとしない主に不安げな顔をする。押しつけがましいことをしてしまったのではないかと焦っているのがすぐに分かった。が、五虎退が仔虎を引っ込めるよりも先に主がそっと手を伸ばした。
猫よりもがっしりとした鼻先に小さな手のひらを当てて匂いを嗅がせてから仔虎の頭を撫でる。仔虎はもとより警戒などしていなかったが、優しい手つきで撫でられて満足げに喉を鳴らしていた。動物には触れ慣れていないのではないかとも思ったのだが、予想とは反対に主は力加減を知っていた。

「ふわふわだ……かわいいね」

主は仔虎の顎下をくすぐって小さく笑う。そのまま離れていこうとした手を仔虎が捕まえ、あむあむと甘噛みした。

「わっ、噛んじゃダメ! 主様、大丈夫ですか…?」

五虎退はすぐに手を伸ばして甘噛みを止めさせるも、うっすらと赤くなっている主の手を見て半泣きになる。甘噛みといっても虎の牙だ。まだ薄く柔らかい主の手には少しばかり鋭すぎたようだった。山姥切はすぐ主の手を取って様子を確かめた。

「少し引っ掻いただけだが……消毒しておくか?」

「ううん、いたくないよ。だいじょうぶ」

主は笑って首を振り、半泣きになっている五虎退の頭をぽふぽふと撫でてやった。仔虎を撫でたことで五虎退に対する人見知りはもうなくなったらしい。自分よりも小さな手に撫でられて五虎退はきょとんとした顔で主を見ていた。

「だいじょうぶだから、泣くな」

その仕草も言葉も、いつしかの山姥切を真似たものだった。まだまともに言葉を話せなかったはずだが、かけられた言葉はしっかりと覚えていたらしい。それが何だかくすぐったくて、山姥切は布を引き下ろして表情を隠した。よく分からないが緩んでしまっているような気がしたのだ。
主にひとしきり頭を撫でられ、五虎退は目じりに滲んでいた涙を拭って笑った。

「はい。ありがとうございます、主様」

「うん。わらったほうが、いい」

にっこりと笑う主が眩しい。そんな主を見ていると、あの人形のようだった日々が一気に遠のいていくのを感じた。





[*前へ][次へ#]

7/24ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!