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キッドとキラーが青年の元を立ち去り、辺りは静まり返った。
防風林がザワザワと揺れる。
青年は目を閉じたまま動かなかった。
下半身は辛うじて上の服で隠されているが、太股に伝う血と精液が生々しい。
明らかに凌辱の痕を感じさせた。


それは月が空の真上に来た頃だった。


紅い目が、闇の中で光る。
青年はユラリと体を起こした。
射られた胸を押さえ、汚れた下肢を忌々しげに見つめる。
ふと、懐に入れていた笛がなくなっていることに気づいた。
周りを見ても落ちていない。


「…あの人間…絶対殺してやる」


唸るように呟いた。











キッド海賊団はほとんどもぬけの殻となった港町を占領し、好き放題に荒らしていた。
家の中に潜んでいた住人を殺し、女を犯す。
酒を飲み、食料を食い散らかした。

そんな中、キッドは一人つまらなさそうな顔をしていた。
空になった盃を見た船員が、町娘をキッドの方へ押しやる。
娘はガタガタと震えながら酌をした。
飲み屋の床には、娘の両親だろう人間が穴だらけになって倒れている。
キッドがふと娘を見た。
娘の目は虚ろなものだった。
目の前にある恐怖を認識しないように、自己防衛本能が働いているようだ。
その瞳は、キッドを苛立たせた。

違う。
自分が求めているのはこんなものではない。

キッドは盃の中身を娘の顔にかけた。
耳障りな悲鳴を上げて娘が倒れる。
生き残った住人の中で一番見目が良かったからキッドの酌をやらされたのだろうが、それでもあの青年の方が何倍も美しかった。
床に倒れて両目を覆っている小娘には、欠片も魅力を感じられない。


「酌する女はいらねぇ、目障りだ」


キッドの一言で、娘の命は尽きた。




*




遠くで火薬の弾ける音がする。
合戦があっている時はよく耳にした。
人間が作った武器の音だ。

私は思わず眉をしかめた。
ただでさえ脆弱な存在に過ぎない人間は、どうしてその人間同士で殺し合うのか。
殺したからといって力を得られるわけではない。
それなのに、どうして殺し合いを繰り返すのだろう。
いくら考えても理解出来そうになかった。


私は水の音を頼りに川を探し出し、その水で体を清めていた。
あの人間がしてきた意味の分からない行為は、とにかく屈辱的で気分が悪かった。
人間の排出した白い液体が股を汚しているのを見た瞬間、吐き気が込み上げてきたくらいだ。
あの行為には一体どんな意味があったのだろう。
私を殺そうとしていたにしては、妙な言動が多かった。
思い出すと胸がムカムカする。
私は深いところまで行って頭まで水に浸かった。
痛いくらいに冷たい水が肌に刺さる。
胸の傷はしばらく治りそうになかった。
あの巫女は相当の手練れだったようだ。
矢が抜けた今もなお、傷口から私を浄化しようとしている。
あの人間がもし矢を抜かなかったら、今頃は息絶えていたかもしれない。
私の力ではあの矢を抜くことは到底出来なかった。
それだけは、幸運だと言えるかもしれない。
生きてさえいれば、復讐できる。
憎い人間を消すこともできる。

たとえそれで誰かの恨みを買おうとも、構わない。

ざぶっ、と水から顔を出す。
自分の体から臭う人間の臭いに、私は舌打ちをした。


「この臭い…取れぬ」


忌々しくて仕方がない。
私は再び川の中に潜った。
水中に月の光が射し込む。
それは細い絹のように揺れた。


そこでふと思った。

私はどうやってあの巫女と妖怪から逃れたのだろうか。

あの時は絶体絶命だった。
胸を破魔の矢で射抜かれ、妖怪に追い詰められ、もう殺されるしか道は残されていなかった。
それならばせめて道連れにと、持っている力を全て注いで炎の柱を作ったのだ。
己の身ごと燃やし尽くすつもりだった。
煉獄の炎と謳われる炎鬼の炎に焼き尽くされて逝くのであれば、正に本望であった。


しかし私は生きていた。


炎は確実に放ったはずだ。
灼熱に包まれた記憶はある。


…これは父上のお導きなのだろうか。
私はまだ父上と母上の仇を討ちきれていないのだろう。
ならば、天命に従うより他に道はない。


まず真っ先に消すのは、あの人間だ。



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あきゅろす。
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