[携帯モード] [URL送信]
39
薄暗い照明の下でも燃えるように赤い髪。
目元を仮面で隠し、服もいつもとは違う上品な物だったがヤクニには分かった。
キッドだ。

キッドとヤクニの目が合う。
その間も、ヤクニの値段はどんどんと跳ね上がっていった。
ヤクニはキッドの方を見つめたまま、妖艶な笑みを浮かべた。
その美しさに、会場の興奮はさらに高まる。

キッドの前の方に座っていた太った男が、唾をまき散らしながら叫んだ値段は、信じられないものだった。

ヤクニがキッドに向けた視線を、自分に向けられたものだと勘違いした男は完全にのぼせ上がっており、興奮した様子で書類にサインを書いていた。
太った男に落札されたヤクニは、鎖を引かれステージ袖へと消えていく。
最後に一度振り返り、キッドに向けて唇だけ動かした。
その言葉を読み取ったキッドはニヤリと笑った。

「あの豚野郎は俺が殺すからな」

キラーの肩を軽く叩いてそう呟く。
豚野郎と呼ばれた男はキッドに殺意を向けられていることにも気づかず、鼻の下を伸ばしてヤクニが消えた舞台袖を見つめていた。
キラーはため息混じりに「分かっている」と答えた。




ヤクニに続いて出て来たのは、このオークションの最大の目玉商品だった。

「さてさてお待ちかね!最大の目玉商品!35番」

鎖に引かれてステージ上に現れたのは、キッドが街で見かけた少年だった。
しかし、昼間に見た無邪気な笑顔はなく、絶望に染まりきっていた。
何か酷いことをされたのだろう。少年は恐怖で小さな肩を震わせていた。
少年の両脇には大柄な男たちが控えており、なぜかそれぞれ大きな桶のようなものを手にしていた。
司会者が少年の顎をステッキですくう。
無理矢理に顔を上げさせられた少年は、大きな瞳を涙で潤ませていた。
それが観客の嗜虐心を刺激する。

「この少年、愛らしい顔をしているでしょう!性格は大人しく従順、敬語も遣えます。しかしそれだけではないのです」

両脇に立つ男たちが少年の肩を掴む。
その時、観客席の左側で誰かが立ち上がりかけたのがキッドの目に止まった。
しかし立ち上がる前に回りに座っていた者たちから押さえられる。
あれがさっきキラーが言っていた『取り返しに』来た連中なのだろう。

男たちはステージ上で少年の衣装を剥ぎ、発達途中の細い肢体をむき出しにした。

「この少年は、水を浴びると性別が変わるという特異体質なのです!」

司会者の説明に会場内が一気にざわめく。悪魔の実の能力者か?と言い合う声があちらこちらで上がり、好奇に満ちた視線が少年に集中する。
そして、震える少年の頭上に掲げられた桶が、返された。
少年の体が一瞬にして形を変える。平らな胸が膨らみ、体が縮む。
緑色の瞳からは、完全に光が消えた。
濡れた少女の肢体に、会場中が歓声を上げた。

「キッド、何か来るぞ」
「あぁ」

二人はいつでも動き出せるように構えた。
ステージの後ろから、何かが来るのを感じた。
一際大きな少年の声が会場に響いたのと同時に、ステージの壁が何者かによって破壊された。
会場が大きく揺れ、瓦礫が客席に飛ぶ。
オークション会場は一瞬にしてパニックに陥った。
キッドは瓦礫の中の鉄骨に力を込め、逃げ惑う客や黒服の男たちに叩き付けた。
大きな塊を頭上に浴びせられたのは、ヤクニを落札した太った男だった。

「ステージ裏に行くぞ、キラー」

ステージ上では緑髪の男が少女を抱きかかえていた。
男の服装はボーイのそれだった。
キラーの予想通り、あのボーイは無傷では済まなかったようだ。
司会者の男が何やら叫んでいるのを横目に、キラーはキッドの後に続いた。





誰かが舞台を破壊したらしい。
それだけしか分からなかったが、今の私にはそれだけで十分だった。
牢に戻された私達を監視していた男たちが、焦ったようにあちらこちらに駆けていく。
地震でも起きているかのような揺れに、牢の鉄格子が軋んだ。
日の出まではあとどれくらいだろうか。
もう間もなく、力が戻る気がする。
私は目の前の鉄格子を掴んだ。力をこめて握る。
すると思ったよりも簡単に鉄格子が曲がった。
腕力はだいぶ戻っているようだ。
そのまま広くなった鉄格子の隙間から体を出すと、他の牢の鍵が開いた。
開いた、というよりも開けられたというのが正しい。
ただ、妙な事に牢の鍵を開けたのは『手』だった。
手だけが、鉄格子に生え、鍵を使って錠を外していたのだ。

…あれは、妖の一種だろうか?

キッドに会ってから今まで、妖らしき存在といえば海の中であった巨大な主くらいなものだったが、人間たちを助ける妖がいるとは。
手だけの妖は、鍵の束を牢にいた人間に渡すとあっという間に消え去った。
人間たちが喜びの声を上げる中、私は着物を着替えさせられた牢へと足を向けた。
いつまでもこんなふざけた格好をしているつもりはない。

牢はすぐに見つかった。鉄格子を両手で押し広げる。
さっきよりも簡単にそれは曲がった。
夜明けは近い。
手足の鎖を千切り、着物に着替える。
そのまま牢を出ようとした時、目の前に数人の男たちが立ちはだかった。
眼前に何やら小さな物を突きつけられ、私は動きを止めた。

「お前は一番の高額商品なんだ、逃がすわけねぇだろ。逃げられるくらいなら、消してやる」

男はそう言いながら、赤くて丸い突起物に親指をかけた。
そしてそれがよく見えるようにさらに私に突きつける。

「なんだ、それは」

私はそれが何なのか分からず、手を伸ばした。
武器には見えない。
男は私がそれに触れようとした事に酷く驚いたようだった。

「お前、頭がおかしいのか!?」
「それで私を消せるようには思えぬが…あぁ、もしやこの首輪を爆発させるというやつか?」

いまだにはめたままの首輪に手をかける。
すると周りにいた男たちがざわめいた。

「お、おい、コイツ殺したら損害取り返せねぇぞ?」
「ヤバいんじゃないのか?」

赤い突起物に指をかけたままの男に、周りの男たちが囁く。
どうせ今頃私を買ったという人間はキッドに殺されているだろう。
高額商品だか何だか知らないが、コイツらの言う損害を取り戻すことなど不可能だ。
私は首輪を触りながら、男たちの方へと歩み寄った。

「安心しろ、貴様ら全員私が殺してやる」

笑ってそう言うと、鉄製の扉が勢い良く開かれた。
同時に心臓がドクリと高鳴る。
体が芯から熱くなるのを感じた。
男が赤い突起物を指で押し込むのと、キッドが私の名を呼んだのはほぼ同時だった。





[*前へ][次へ#]

40/53ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!